さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 アーグラー その5

2012年01月23日 | 海外旅行
アーグラー城見学の続きです。

ジャハーンギール宮殿の奥に進んでいくとローシャン・アラの館に出ます。

ローシャン・アラの館は、5代皇帝シャー・ジャハーンが娘のために建てたもので、屋根が黄金色なので、ゴールデン・パビリオンとも呼ばれます。





この付近には、女性のための部屋が並んでいます。風とおりと目隠しのため、壁には透かし彫りの窓が設けられています。



回廊からは、少し遠くにタージ・マハルを眺めることができます。



カース・マハルの皇帝用の寝室です。



しっくい塗りの天井には、一部金箔も残されています。



天井にも、見事なモザイク模様が見られます。



ムサンマン・ブルジュ(ジャスミンの館)



建物は鉄柵で囲まれて入場できないので、外からの見学になります。



シャー・ジャハーン皇帝が、愛妃ムムタズ・マハールの寝室として建てた八角の塔を持つ建物です。シャー・ジャハーンは、74歳で亡くなるまでの七年間をここで過ごしました。




この建物は、シャー・ジャハーン皇帝が建てたため、タージ・マハルと同じ、大理石のはめ込み模様で飾られています。





タージ・マハルでは巨大な建物に大理石細工が施されていますが、ここでは細かい模様が施されています。



アングリー・バーグと呼ばれる庭園。



美しい建物が庭園を囲んで建てられています。





ディワニ・アーム



皇帝が一般市民と接するための建物です。



正面奥に皇帝の玉座が置かれています。



イスラム様式の柱が並んでいます。



モティ・マスジッド 

城の奥には白大理石の美しいモスクが建てられていますが、一般公開はされていません。

アーグラーの街は、ムガル帝国の第三代皇帝アクバルが都をおいて栄えましたが、1638年に第五代シャー・ジャハーンが都をデリーに移すと衰退していきます。

その後の略奪やセポイの反乱によってかつての栄光を失い、さらに19世紀にイギリス軍に占領されると、アーグラー城は兵舎として使われ、建物の一部が壊されてバラックの兵舎が建てられてしまいます。現在でも旧兵舎部分はインド軍が管理しており、アーグラー城の公開部は一部になっています。



城や皇帝の運命など知らぬ顔で、猿が遊んでいました。

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