さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 コルドバ その1

2013年07月30日 | 海外旅行
コルドバ駅からバスで移動し、メスキータの北西部の城門からユダヤ人街に入りました。

コルドバは、ローマ時代には属州ヒスパニア・パエティカの首都としてローマ文化の中心地として栄えました。711年にイスラム教徒によって占領されると、その首都はコルドバに置かれ、後ウマイヤ朝の時代に最盛期を迎え、10世紀には世界最大の人口を持つ都市となりました。1236年にカスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服されると、キリスト教的な改築が行われましたが、現在でもイスラム的な雰囲気が残されています。



市街地は城壁によって囲まれています。



コルドバとセビーリャは、スペインの中でも気温が高くなるようで、この日も40度越えの暑さになりました。城門の入り口に、オレンジ・ジュース売りがおり、果実からしぼったオレンジジュース1杯が1ユーロでした。この安さは、オレンジの産地だけのことはあります。街歩きに備えて、ジュースで元気を補充しました。



門の脇に、セネカの像が置かれていました。セネカは、紀元前1年頃のローマ帝国の政治家、哲学者、詩人で、第5代ローマ皇帝ネロの幼少期の家庭教師としても知られています。セネカは、ローマ時代の代表的人物ですが、ここコルドバで生まれています。



門をくぐると、その先は、白い壁の街が広がっていました。



白い壁には、ブルーの鉢が取り付けられて花が飾られていました。





壁にユダヤ人街と書いてありました。ユダヤ人は、経済を支える存在として歴代カリフによって厚遇されてきましたが、レコンキスタ終了後の1492年に布告されたユダヤ人追放令によってこの街から姿を消しました。



迷路のような道を歩いていきます。









ユダヤ人の礼拝所のシナゴークが残されていました。





一般開放されている中庭。パティオと呼ばれ、花で美しく飾られています。



コルドバでは、毎年5月にパティオ祭りが行われて、庭の美しさが競われるようです。



壁には、キリスト教的な絵が描かれていました。



テラスのアーチはイスラム的です。



再び白い壁に囲まれた路地を進みます。



オレンジの木があり、黄色い実がなっていました。残念ながら、この実は昨年のもので、飾りとして残されているようです。



壁の鉢飾り。この鉢は、壁に取り付けて飾るため、半円状で背面は平らになっています。



少し広い通りに出てきました。



白とブルーの取り合わせが印象的です。







土産物屋が並ぶようになって、中心地のメスキータが近づいてきたようです。







コルドバのユダヤ人街は、白い壁に囲まれた迷路が続き、見ごたえがありました。
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