さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 西夏王墓 その2

2019年09月05日 | 海外旅行
歴史パノラマを展示した建物のあるエリアの庭には、西夏文字と漢字との相対表が置かれていました。





西夏文字は、漢字よりも画数が多くて、書くのも覚えるのも難しいですね。



庭には仏塔も置かれていました。





仏塔には細かい装飾が施されていました。



旗に書かれている「大白高国」とは、西夏の別名です。



漢字や西夏文字が記された碑が並ぶ中、王墓に向かいました。



東西4km、南北10kmのエリア内に9つの皇帝陵や70余りの陪葬墓が並んでいますが、その中でも最大の三号稜を見学しました。



三号稜は、西夏王国の初代皇帝である李元昊の墓です。なお、1号稜は李元昊の祖父、2号稜は父の墓になります。



壁に囲まれた長さ600m、幅400mの敷地内に陵墓が設けられています。



入口の両脇には物見やぐらの塔が置かれています。



ゴミ箱。面白い形です。



陵塔に向かう参道の両脇には、碑亭が設けられていました。



外城と内城の間には、月城と呼ばれる土塁で囲まれたいっかくがあります。



月城を抜けると、広場になった内城にでます。



陵塔の手前には献殿があります。





陵塔も次第に近づいてきました。



陵塔に向かって延びる土盛りは、墓室に通じる墓道の跡のようです。



彫刻の施された焼き物が地面に転がっていました。



陵塔が近づいてきました。



陵塔の前に穴がありましたが、墓室への入り口があったのでようか。



ようやく陵塔の下にやってきました。陵塔は、高さ24m、下部の直径34mの大きさで、下に立つ人と比べないとスケールが把握しづらいです。もともとは八角形でしたが、風化して現在の形になっています。



陵塔には多くの穴が開けられていますが、レンガや石が表面に張られていたのでしょうか。



陵塔を振り返りながらシャトルバス乗り場へ引き返しました。



シャトルバスは行きとは違った道で入場口へ戻りました。



シャトルバス乗り場から出口の間には土産物コーナーが設けられていましたが、民間の店が入るらしい建物はまだ準備ができておらず閉鎖状態になっていました。
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