囲碁とロック

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「入門書の歴史」第2回の序論。

2022-02-21 22:36:43 | 囲碁の入門書

「普通の能力を有する者に在りては婦女子と雖(いえど)も此一編を篤と熟読研究せば
棋道が如何なる趣味有るものなるかを知了せん事蓋し疑ひを容れざる處なり」
(1909年 『大日本囲碁解釈』井上保申)

 

「チェスや将棋は、完膚なきまでに相手を打ちのめすゲームですね。その点、囲碁は、相手も地を取りますが自分も地を取ります。
「完膚なきまで……」という息づまる戦いではなく持久戦。チェスや将棋が短距離走なら、囲碁はマラソンに例えられるでしょう。
女性に向いているという所以は、こうしたゲームの性質にあるのではないかと、私は思います。」
(1995年 『これだけで碁が分かる 入門から初段まで』石倉昇)

 

「最近は、女性や入門初心者が行きやすい“囲碁が打てる場所”が増えています。」
(2014年 『女性のための囲碁の教科書』)

 

 

入門書を調べていると、ときたま「女性」について言及した文章がでてきます。
でてきます、とわざわざ書いたのは、「男性」という文字のほうは、わざわざ出てこないためです。

 

2月27日(日)の第2回「入門書の歴史」

その内容を少しお見せしたいと思います。

残席まだまだありますので、ご予約いただけたら嬉しいです!

 


1、『大日本囲碁解釈』と明治の女性

 


「婦女子といえども」。
囲碁をする人は男性なのが普通で、女性が囲碁をやるのは珍しい、という背景を感じます。
そして、ここでの「普通の能力」とは。

明治時代の女性の立ち位置を「良妻賢母主義」というキーワードで振り返り、
この入門書の2年後、平塚雷鳥らが立ち上げた『青鞜』という雑誌の活動、
(「元始、女性は太陽であった」の創刊宣言、その意味を読み解きます)

同時期に活躍した囲碁の「天才」喜多文子氏について紹介し、
前書きの文章の背景、井上師の心情を探ってみました。

 


2、「現代入門書」と女性、そのはじまりと問題点

 

 

囲碁教室での指導を活かし、現代的な水準の入門書を定着させたひとり、石倉昇プロ。
彼は同時に、やはりその体験から「女性」への囲碁普及に積極的になっています。

しかし、ここで引いた石倉プロのコラムには、言いたいことが山ほどあります。

将棋やチェス?「囲碁が女性に向いている」ことの理由付けは?
分析すると、「明治」が現代に蘇ってくるはずです・・・!
囲碁の世界に残る問題を、ここでは批判的に考えてみます。

 


3、誰が入門書を作ってきたのか、作っていくのか

 

 

『女性のための囲碁の教科書』

これは「おっ」と思わせる、思い切ったタイトルだと思います。
大変におすすめの入門書。囲碁を始めるために必要な内容がきれいにまとまっています。

そのうえで、女性にフォーカスしている。

本書の書き手が誰であるのか。男性が書いたとしたら、女性が書いたとしたら。

そしてその方針をしっかり見ていくと、ある問題意識をもって囲碁の世界を見ている、

注目すべき仕事がそこにはありました。

 

4、「女流」の囲碁界的な意味

 

「入門書」からは少し離れることになりますが

以上の三冊について検討したうえで、囲碁の世界において「女流」と名指されるものとは何か、考えてみたいと思います。

果たして囲碁の歴史は、「囲碁をするのは男性が普通」という格差を打ち破ることができるのか?

 

 

おおむね以上となります。

乞うご期待!!!

 

参照文献(囲碁関係以外で)

『良妻賢母主義から外れた人々』関口すみ子 2014年 みすず書房

『良妻賢母の世界』仙波千枝 2008年 慶友社

『『青鞜』 女性解放論集』堀場清子編 1991年 岩波文庫



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