楽天爺さんの気まぐれ日記

・田舎暮らしを楽しんでいます。

心に響く!!名経営者の言葉No.131

2018-09-15 | 先人の知恵に学ぶ

PHP『心に響く・名経営者の言葉』
     第9章 人材とは? 人生とは?・No.006


「私利私欲の人、自己顕示の人は全然評価しない。
  大きなスケールでものを考える人は、
    右であれ、左であれ、共感を覚える」
      中山泰平  経済同友会終身幹事
         「財界の鞍馬天狗」の異名を持つ(1906~2005)

 中山素平は、東京で生まれた。東京商科大学(現在の一橋大学)を卒業すると、
日本興業銀行へ入行。
 東大卒の同期や後輩がエリートコースに乗るなかで窓際に取り残されたが、彼は
焦らなかった。
 終戦後、中山は39歳の若さで再建準備室長に抜擢されたが、当時、興銀は
GHQによって解体の危機に直面していた。
 再建準備室はその矢面に立だされる部署だったから、いわば「貧乏くじ」を引かさ
れたかたちだった。だが、彼の本領はここで発揮されたのである。
「興銀の葬式を出してやる」と息巻くGHQと、それに面と向かって異を唱える中山……。
 GHQとの息詰まる交渉は一年以上にわたって続いた。
やがて、アメリカ政府の方針が「共産主義との戦いに組み込むため、日本経済を発展させる」
という方向に傾き始めたため、ついに興銀の存続を認めさせることに成功したのだった。
 この功績が認められ、中山は41歳にして理事となり、「興銀のプリンス」と呼ばれた。
そして、常務取締役や経済同友会代表幹事を務め、ついには頭取となった。
 素平の名は、「白より白い、清い人間になってほしい」という願いによってつけられたもの
だった。その願いどおり、彼は周囲の雑音に左右されることのない清い考えの持ち主だった。
GHQとの交渉も然り、そして昭和25(1950)年に川崎製鉄が150億円を超える融資の
依頼をしてきたときもそうだった。
 ほとんどの理事たちは「資本金5億の会社のくせに生意気だ」と主張した。
しかし、中山は川崎製鉄の計画が優れたものだということを理解し、理事たちを説得して融資
の許可を取り付けたのである。

 正しい考え方や優れた計画を聞かされても、相手の地位や身分が先に目に入ってしまい、
それを受け入れられないことがある。
 しかし、正しいものは素直に正しいと認められる目を持っていなければ、
決断を誤ることになるだろう。

 

 

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