楽天爺さんの気まぐれ日記

・田舎暮らしを楽しんでいます。

心に響く!!名経営者の言葉No.138

2018-09-22 | 先人の知恵に学ぶ

PHP『心に響く・名経営者の言葉』
   第9章 人材とは? 人生とは?・No.013


「人生はマラソンなんだから、
  百メートルで一等をもらったてしょうがない」
     石坂泰三  元経済連会長(1886~1975)

 日本財界の巨星・石坂泰三は、明治19(1886)年に、
東京上野の質店の息子として生まれた。石坂は、明治44
年に東京帝国大学を卒業し、逓信省へ入省。その後、第一生
命保険や東京芝浦電気(現在の東芝)の社長を経て、第二代
経済団体連合会(経団連)会長となり、12年以上にわたって
日本の財界の羅針盤となったのである。
このような順風満帆な人生を送ってきた成功者から励ましの
言葉をもらっても……と思うかもしれないが、石坂はあちこち
で大きな障害に突き当たり、それを自力で突破して成功をおさ
めた人物なのである。
たとえば、中学受験時もそうであった。小学校五年のときに城
北中学校(後の旧制東京府立第四中学校)を受験した石坂は不
合格になった。ふつうならここですっかり気落ちするところだ
が、彼は「それなら、もっと難しい中学に入ってやろう」と一
念発起し、翌年に東京府尋常中学(後の旧制東京府立第一中学校)
に合格を果たす。終戦直後には、吉田茂から大蔵大臣就任を打診さ
れたが、「官に尻尾は振らない」という信念でそれを拒否。
かわりに彼が選んだのは、当時、倒産の危機に直面していた東芝の
社長の座だった。石坂は、みずから組合と長い長い交渉を続けた結
果、6000人の首切りを納得させ、みごとに東芝を再建させたのだ
った。また、経団連会長時代に80歳を超えて引き受けた日本万国
博覧会協会会長時代も、あちこちで官僚たちの強い抵抗にあい、ま
ったく先の見えない状況に陥った。しかし、石坂は、東京都の副知
事として東京オリンピックの開発計画をまとめあげた実績を持つ鈴
木俊一 (後に都知事)を事務総長に据え、二人がかりで頭の固い
官僚たちをねじ伏せ、大阪万博を大成功に導いたのだった。

 近年、人生の終盤にひどい失態を演じ、それまでの実績や成果を
ふいにするという政財界人が少なくない。
そんな彼らにぜひ聞かせてやりたい言葉ではないか。

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 心に響く!!名経営者の言葉N... | トップ | 心に響く!!名経営者の言葉N... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

先人の知恵に学ぶ」カテゴリの最新記事