~苦楽つれづれ草紙~

本音でトーク
ニュース・文学・政治・経済破り読み!
フリーライター・三文コラムニストの夢前孝行です。

アフリエイトで月50万から70万円の小説家の卵

2016年02月29日 22時59分06秒 | 日記
もう10年ほど前に
ネット上で知り合ったのだけれど
自分のホームページを
金儲けの場にして
大型トラックの運転手だけれど
副業のアフリエイトで月50万円から70万円稼いでいた。

私が今はなくなったヤフーのメーリングリストで
頭になって40人ほどの仲間で
シュートショートや小説を書いたのを
私が見て手直ししてやっていた。
私は二流、三流の小説家だったが
40人もの仲間が集まってきてくれた。

その中に彼がいたのだ。

彼は早速私のホームページを
ネット上から見て内容を変えてしまっていた。

あなたのホームページは
見た目は良いが
儲けられるhPじゃない。
わたしがつくってあげたHP出稼ぎなさいと言われたが
私は断った。

私は
稼ぐためにHPを作ったのではないので
申し訳ないが辞退した。

彼今悪戦苦闘している。
アフリエイで稼げなくなってきたからだ。

でもかれのIT技術は素晴らしい。

ショーとストーリー 自殺してくるねパート2

2016年02月29日 22時38分56秒 | 日記
                  ★ 自殺してくるね パート 2


 先日、『自殺してくるね』って言うショートストーリーを読んだけれど、正直言ってうらやましいと思いました。
 ボクは身体障害者で思うように歩けもしなかったし、手も思うようにいうことが利きませんでした。
 と言いますのは今から十年前、交通事故で下半身が麻痺してしまいました。
 脊髄骨折でした。
 ボクは絶望の余り、ベッドの上で何度も自殺しようとしました。
 でも、自殺しようにも自殺できませんでした。
 体の自由が利かないからです。
 人の手を借りなければ自殺できませんでした。
 人の手を借りるってことはもはや自殺ではありません。
 その上、病院じゃ自殺できないことを思い知らされました。
 何分監視の目が四六時中光っていて、自殺なんて夢の夢で到底出来ませんでした。
 死ぬのでさえ自由に死ねません。
 死にたいと思ったとき、即死ねる自由もボクにはありませんでした。
 死ぬのを誰もが賛成してくれて、死んだら残った家族が一年間暮らせる金が貰えるなら、
ルンルン気分で楽しく死んでいける、あのシュートストーリーを読んでそんな時代が早く来ないかと切に願いました。
 そんなおいしい話なんてこの世にあるのですか。
 と思う一方、これを書いた作者はあまりにも非常識すぎると、腹が立ちました。
 人間の命を何と心得ているのでしょう。
 こんなことを書くから、ネット上の自殺サイトで自殺者を募集し、集団自殺することなく、
自殺志願してきた人を殺して喜んでいる奴が世の中に出てくるのです。
 とは言っても、ボクはどうしても『自殺してくるね』って言うショートストーリーを否 定することは出来ません。
 常識ある人はおそらく、このショートストーリーを毛嫌いし、眉をひそめ、声を大にして、非常識きわまりないと叫ぶでしょう。
 モラルも欠如し、人の道に外れていることは百も承知ですが、ボクはそんなに声を大にして叫ぶほどのことではないように思うのです。
 これはジョークと取れば、角を立てて怒るようなことでもないのです。
 でもボクはジョークと取りませんがね……。

 ボクは約一年、病院で過ごしました。
 先生はリハビリをすれば、きみはきっと元通りに歩けるようにもなるし、手も良くなると言ってくれました。
 でもボクはそんなことなど不可能に近いと信用していませんでした。
 それでも病院を退院してからも、リハビリに毎日通っているお陰で、
何やしら、僅かながら体が動くようになってきたような気がしてなりません。
 もし歩けるようになれば、思いっきり百メートルを走ってみたいし、サラリーマンとして会社にも行きたいのです。
 ボクの望みはそんなに大きくありません。
 先ほども言いましたように普通のサラリーマンで良いのです。
 朝起きて顔を洗い、パンなんか食べて、急いでスーツを着て会社に飛んでいく。
 そんな平凡な夢がいつしかボクの大きな夢に成長していました。
 健常者になれば海外旅行も行きたいし、サッカーだってやりたい。水泳だってやりたいのです。
 ボクは十九才まで健康な体でいましたが、今は健康な体であったときの感触なんて全部忘れていて、
思うように手足が動かされたら、どんなに毎日が楽しいだろうと、あれこれ夢見ていました。
 夢は果てることがありませんでした。
 何も、高望みはしません。
 神様! ボクは普通の人間で良いのです。
 結婚もして、子供も二人か三人作りたいのです。
 嫁さんと、どっちが先に風呂に入るか入らないかで、
ささいな喧嘩もして、それでもすぐ仲直りして、その夜はベッドの中で仲直りの挨拶がてら、
オスとメスになってくんず、ほぐれずに体を絡ませあい、仲直りの交合とやらもしたいのです。
 そんな夢がありましたものですから、毎日病院に通いリハビリに精を出していました。

 治りたい一心で、病院通いをしていますと、それが一日の日課になり、
いつしか病院に通うことが苦痛にならないようになってきました。
 精神に張りも出てきたのです。
 ところが最近どういう訳か手足が思うように動くようになってきました。
 この病院の先生が言ってくれたように治ってきたのです。
 リハビリの先生もこれは奇跡だって言ってくれています。
 自分でも信じられませんでした。
 日に日に元通りの体になっていくのですが、ボクは車椅子から降りるのが怖いのです。
 先生はリハビリ場で、一人で歩いているのに、何故家でも一人で歩かないんだ、と怒りますが、一人で歩く勇気がでません。
 それに、自由に歩けるって、こんなにつまらないものかと思うようになってきたのです。
 あれほど、もし歩けるようになったら、水泳とかサッカーとかやりたいと思っていたのですが、そんな気分になれません。
 百メートルも走ってみたい気なんてさらさら起こりません。
 歩けるようになったら何てつまらないのでしょう。
 これじゃ車椅子に乗って、ごくごく平凡なサラリーマンになりたいと、
夢を抱いてリハ ビリをしていた頃の心の充実が懐かしいのです。
 歩けるようになるってこんなにつまらないものでしょうか。
 車椅子に乗っていた頃の充実した日々と、心の張りはどこかに飛んでいってしまいました。
 あれほど憧れていた歩ける人生ですが、職も見つかりませんし、サラリーマンになるってことも、そう簡単にいきません。
 生活保護を受けながら暮らしていた車椅子時代がやたらと懐かしく、バラ色に輝いていた人生だったと思うのです。
 女の子だってこんなボクに感心ありません。
 と言う訳で、明日か明後日かの内にボクは自殺します。
 体の自由が利かなかった頃と違い、自殺が自由に出来るって夢のようです。
 死ぬ自由って素敵です。
 自殺しますねって言うショートストーリーを読んだお陰で、死ぬのに罪悪感がなくなりました。
 あんな楽しい死に方があるなんて信じられません。
 一寸そこまで行く気分でボクも死んでいきます。
 じゃ、また天国で会いましょう。
 死にそこないをしないように、ボクもどこかの断崖絶壁から身を投げて死にます。
 では……。

再アップ  自殺してくるわ

2016年02月29日 21時50分46秒 | 日記
以前にアップしたのだけれど
履歴を見ていたらあったので
このショーとストーリーを再登板させました。
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              自殺してくるわ


この国には人口が増えすぎて、ほとほと困り果てていた。
田畑は何年も荒れ果て、食料は思うように手に入らない。
子供たちが飢餓に苦しみ、栄養失調のため死んでいく。
それでも、人口はどんどん増えていっていた。
そこで、この国の政府は市町村に自殺奨励課を新設し、
自殺してくれれば日本円で五万円を支給して、自殺を奨励していた。
五万円あればこの国では一年間暮らせる。
そんな国での話なんです。

「お母さん、ぼくちょと行いてくるわ」
「何処へ行くの」
「決まっているじゃないか。自殺しに行くんだよ。その方がお母さん楽になるだろう」
「そう、お母さん助かるわ」
「だろう」
「それはそうと、市役所の自殺奨励課に行って来たの? 
あそこに行って来てから自殺してよね。でなければお金が支給されないから」
「やっぱりそうか。そう思って、この前書類取り寄せてあるよ」
ポケットからしわくちゃになった用紙を取り出して、お母さんに渡した。
「この用紙には保護者の処に判を押すようになっているはずよ。
判がなければ自殺奨励課も受け付けてくれないと思うし、お金も下りないわ」
「そう言えば、お兄ちゃんが自殺したとき、届けてなくてお金くれなかったものね」
「そうよ。届け出もしないで自殺しても無駄死にだわ。おまえは孝行息子だよ。
受取人の処はお母さんの貯金通帳の口座番号書いておくわね」
「そらそうだよ。お父さんにすると、酒代やギャンブル代に化けるから……」
「で、死に方は決めているの。まさか鉄道自殺じゃないでしょうね。それだけは止めておいてね。後が大変だから」
「高いビルの屋上から飛び降りるつもりだよ」
「駄目よ。それも後が大変だから。四年ほど前おまえのお兄ちゃんが飛び降り自殺して、頭がぐちゃぐちゃになるわ、
おなかは破裂するわで、大変だったでしょう。体を縫い合わせてから、葬式だしたの覚えている。後で手の掛かるはごめんだわ」
「あっ、そうか。そうだったね」
「とにかく家の近辺で自殺するのは止めてよね。金ほしさの自殺と思われるのは心外だわ」
「じゃ、しんどいけれど三十キロほど歩いて行って、グッバイ岬から飛び降りるよ。そしたら何も残らないから」
「そうしてくれれば助かるわ。弟たちや妹たちによい見本になるわ」
 判をついて貰った用紙をお母さんから貰うと、
「隣のベッキーちゃんも誘ったら。ベッキーちゃんのお母さんも喜ぶわ」
「駄目だよ。ベッキーちゃんはぼくの初恋の人だよ。道づれにするわけにはいかないよ」
「実を言うとねえ。心中すると自殺奨励課から倍の十万円が貰えるのよ。お母さんを助けると思ってベッキーちゃんと心中してちょうだい」
「分かった。そんな事情があるならベッキーちゃんを誘っていくよ」
「お利口ね。くれぐれもお父さんには内緒よ」
「うん。じゃ行ってくるわ」
「くどいようだけれど、グッバイ岬に行く途中必ず市役所の自殺奨励課によって、書類をだしてから行ってよね。でないとお金貰えないから」
「分かっているよ。ぼくはお兄ちゃんと違うよ。無駄死にはしないから」

横浜に住んでいた頃知ったクレーマー術

2016年02月29日 21時24分02秒 | 日記
私は20歳前後の3年間ほど横浜の東横沿線の
日吉に住んでいた。

日吉には慶応大学の教養部と高校生が
通う学校があった。

私はその日吉に住んでいたが
慶応ボーイではない。

あるプラスチックの会社で
調色師をしていた。
若さにあふれていた。
気も心も青春だった。
この一年先に地獄が待ち受けているとも知らずに
調色師の仕事に誇りを持っていた。

そこに勤めていた同僚だが
後輩で年上の田丸さんという人に
靴をいかに安く
買うかという術を教わった。
この術は実は何でも通用するのだ。

ここでご披露するのはもったいないが
勇気を持って書きます。

でもマネをしないで下さい。
下手するとご用になりますので…。

それは靴屋に気に入った靴があれば
二日ぐらいに一遍の割合で通い
その靴に小さな傷をつけて帰ってくるのだ。

そしで一ヶ月後
その靴がまだ店頭にあれば買う。

買うとき店主に
この靴小さい傷がいっぱい付いている
だから負けろと言って
半額で買う術だ。

自分で二日に一遍傷つけた靴を
買うのだ。

おまえもやってみい。

と言われた。

凄いな
この田丸さん。

この術を私がやったかどうかは
伏せておきます。

西田敏行 ドラマでは座っているシーンばかり

2016年02月29日 20時46分00秒 | 日記
昨日も香取慎吾の「家族のカタチ」を観ていたけれど
西田敏行は今年の4月に腰かどこか知らないけれど手術するらしいが
兎に角立ってはおれないので
座っているシーンばかり。

たの番組でも座っているシーンばかり。

激やせで
立っておれなくて
散々らしい。

お気の毒に。

4月と言わずに
すぐに手術をやれば良いのに。

自分の体と
番組に穴を開けるのと
どちらが大事なんだ。


西田敏行ファンとしては

座ったシーンじゃなくて
健康になって
完全な体でテレビに出て貰いたいものだ。

クレーマーゆめさき 爆発 コウホウ堂編

2016年02月29日 18時43分52秒 | 日記
先のブログを書いている途中に
コウホウ堂という出版社から電話があった。
実を言うと私が外出しているときに
一度電話があり
かみさんが私が外出中だと言うと切ったと言っていた。
「未達の夢」を出版された夢前さんですね
とかかってきたが
兎に角外出中だと言ったので切ったらしい。

すると先ほど電話がかかってきて
「私の夢」を出版された夢前さんですね
と言われたので
出していませんというとすぐ切った。
「コウホウ堂」と名乗っていた。

この出版社は悪徳業者なのだ。
私の詩一遍と24万円振り込んで貰えれば
関東地方の産経新聞に載せます」からと
2年前に電話があったのだ。

当時は産経新聞ですが
と名乗っていた。

二年前のその日にすぐに
産経新聞の東京本社に電話を掛けて
コウホウ堂なのに産経新聞と名乗って
こういうことを言われたと
24万円の原稿のことを言ったのだ。

するとコウホウ堂は産経新聞と関係ありません
とぬかしおった。

そんなら何でコウホウ堂は産経新聞と名乗るねん

とねじ込むと

うちの下請けです。

と渋々返事した

こう言う詐欺まがいのことを
産経新聞ですと名乗って
原稿を勧誘しても良いのか

とねじ込むと
済みません
と謝っていた。

あの日から2年
今度は産経新聞と名乗らずに
コウホウ堂と名乗っていた。

2年前に私が産経新聞東京本社に
電話を掛けたために
今回は産経新聞と名乗らずに
コウホウ堂と名乗ってきた。

第一「未達の夢」は私が出したが
「私の夢」は私じゃない。
この男はいつも東北なまりだから

かみさんは「未達の夢」は確かに出版しているが
このコウホウ堂の奴は「未達の夢」と言ったつもりだが
私には東北なまりだjから「私の夢」に聞えたのだ。

私のところには全国いろいろな人から
電話やはがきが届く。
ちょっとは名が売れてきたのかな
と思う今日この頃。

クレーマーゆめさき 爆発 家電量販店編

2016年02月29日 18時15分03秒 | 日記
ついに三日前から
私が寝ている布団の
電気敷き毛布が調子がおかしく
暖まらない。

そこで今日
家電量販店やイオンの家電売り場を回っていたが
どこももう売り切れていてない。
そこで一昨日行って
カードに名前が書いていなければ
カード決済は出来ません
と言われた店に行った。
ここには6コもあった。

再びそれを持ってレジに向かうと
又レジ担当者に
カードを見せると
名前が書いていないカードは
使えませんと言われた。
じゃいりません
と言って出た。
次に同じ系列店にいる
懇意にしている担当者のところに行って
こうこうこう言うわけで
売ってくれなかった。
と言った。
この担当者にこの二、三年のうちに
70万円ほど買ってやっている。
その頃はデビットで決済していた。
でも今はクレジットカード払いにしている。

だから電気敷き毛布をカードで決済して下さいというと
この担当者も出来ませんという。

そこで又切れた
何でやねん
このカードでJRの切符も買っている
名前なんか書いていなくても
JRなら切符を売ってくれるンや!!!

私は反撃した。

事実JRの切符はこのカードで買っている。

この恩知らず。

家電量販店なんていっぱいあるンや
もうよそで買うわ!!!

と言って
店を出た。

まだこの続きはあるが
長くなるので
ここでいったん切ります。

長文は書く方も読む方も疲れるので……。

クレーマーゆめさき 爆発 ポリ公編

2016年02月29日 17時43分43秒 | 日記
昨日私はイオンに買い物に行って
クルマでかみさんと帰ってきていると
ある交差点にさしかかった。
すると右横を走っていたパトカーが
Uターンして又来た方向に戻っていった。
こう言うパトカーを見たのは二度目だ。
今回は切れた。
右折れの矢印のあるところの信号機があるところは
Uターンしても良いが
普通の信号ではUターンは出来ないと
昨年自動車教習所で教えて貰っていた。

だからUターンしたパトカーに切れたのだ。
帰ってくると早速警察署の交通課に
電話を入れた。
くそ業が湧いたのである。
「パトカーが二度もUターンしたらアカンところで
Uターンした」
とねじ込んでやった。

自動車教習所で教わったとおり話したら
信号の手前にUターン禁止の看板がない場合は
Uターンして良いのですよ。

と軽くあしらわれた。

そんなら自動車教習所で習ったこととは違いますね
と言うと
そういうことです。
分かりました
私もUターン禁止の看板が立っていなければ
Uターンします。

結局私の負けだ。

まぁでも良い勉強になった。
これで一つ賢くなった。

Uターン禁止の事を教えてくれた
自動車教習所は
この3月いっぱいで
閉鎖されるのだそうだ。

事情は分からないけれど。

かみさんは町の顔役

2016年02月29日 11時30分16秒 | 日記
私は母の胎内にる時に
神戸から転居してきて
3ヶ月後に生まれたのだけれど
姫路や町にはなじめなかった。
いつもよそ者扱いで
ひがんでいじけた子供だった。
至って暗い子供で目立つのが嫌いな子供だった。

ところが結婚して
子供が出来
その子供が保育園に行きだした頃から
かみさんは町の人と交流をはじめた。
私は地の者でなかったので
大きな顔をい一切することなく
小さくなって生きていた。

息子が小学生になると
委員長や副委員長になることが多く
それによって
PTAの役が回ってくる。

小学校と中学校でズーッとPTAの役員をしていた

そのために顔が広く
私の同級生などとも交流があって

「おまえ処のおとっつあんも偉かったやンケイ」
と言われていたが
私は小学生と中学生の頃目立たなかったのに
同級生が覚えていてくれたのはビックリだった。

そんなわけで私は町のはぐれ者だけれど
かみさんは息子が優秀だったので
PTAの役員をし
町の者や地の者と一歩も譲ることなく関係を築いていた。

私は未だに
何の世界でも

はぐれ鳥だ!!!

ホームページの未使用ファイル200件ほど削除した

2016年02月29日 10時55分53秒 | 日記
              さくら文学通り      

私のホームページは過去15年間に
未使用ファイルが200件ほど溜まっていた。

今まではそのファイルを削除すると
ホームペーにに影響が出たら困ると思い
よう削除に踏み切れなかった。

しかしつい先ほど削除した。

現在確認したが現在のHPには
何の影響もなく
ホッとしている。

何故削除したかと言えば
現在借りているサーバーが
10G以上の容量になると
料金が年5万円もいるからだ。
今は年1500円に消費税だけれど。

これで当分ファイルを増やしても
使える。

まだまだ追加したい
ファイルがたくさんあるから~

なんぼのの人間やねん

2016年02月29日 07時28分17秒 | 日記
              なんぼの人間やねん

彼は社会人になった頃
貧乏人のくせに
こ生意気でプライドが高くて
同僚と口論になると
「おまえはなんぼの人間やねん」
とよく言われていた

その言葉がこの年になって
ふっと蘇ってきて
あの時どう応えたのか
思い出してみるが思い出せない

「おまえはなんぼの人間やねん」
考えてみるとお金で自分の価値を言えって
言っているように思うが
その頃お金に直して応えたような気もしない
その上にこの言葉は
高額な価値のある人間のように言っているが
その裏側では
人を見下している言葉である
半ば軽蔑した人間に言う言葉だったと思う
だから彼はそう言われると
黙って退散してしまったのだと思う
つまりその言葉で彼は負けてしまったような気がするのだ
何分貧乏人であると彼は自分で自分を卑下していたから

「おまえはなんぼの人間やねん」
果たして今なら彼はどう応えるのだろう


寝る前に一言 若い頃チンピラと喧嘩して引き分けた

2016年02月28日 22時23分37秒 | 日記
私の若い頃は
もう何も失うものもなく
金もなく
人間の底辺で生きていた。
すでに若くして人生を降りていた。
だから
入社すれば即戦力のガソリンスタンドを
3度も転職した。

その頃店長兼セールスマンで
顧客とはいざこざがよくあった。

そんなある日にチンピラに絡まれたのだ。
何で絡まれたか忘れたが

「おまえなんぼの人間やねん。しばいたろか」
と胸ぐらを捕まれたのだ。
「やるんやったらやってみ」
私はチンピラの目をジーッと睨付けて言ってやった。

「このくそガキ」

と胸ぐらを締め上げてくる
私は後ずさりしながら
相手の目をにらみ続けて
一言もしゃべらなかった。
ひたすら睨付けた。

そして15分後
解放された。

相手も私に睨付けられて
ビビってしまったのだ。

そしてこの喧嘩は引き分けだった。

今は物騒な奴に絡まれたら
ひたすら逃げるか
誤り倒す。

家族があると無茶は出来ないからだ。

西田敏行 急にやせたな!

2016年02月28日 21時15分01秒 | 日記
                    4月治療専念 ベッドから転落し「両手両足が麻痺」   


今 TVドラマ香取慎吾主演の「家族のカタチ」を見ているのだけれど
その中に出てくる
西田敏行が激やせだ。

その理由が上記の記事で分かった。

このドラマ面白いね!!!

コマーシャルの間に書いた。

芥川賞作家 羽田圭介

2016年02月28日 20時24分51秒 | 日記
  


兎に角この人は面白い。
あのピース又吉とダブル受賞したのだが
最初は又吉がよくテレビに出ていたが
最近は羽田圭介の方が良くテレビに出ている。

この人は天才だ。
14歳にして文芸賞たる賞を貰っている。

彼の行動もテレビで見る限り
又吉より面白い。

特にダウンタウンの浜田が司会している
夏井なつきの俳句を書くのが面白い。

特待生になったかと思えば凡人になったり
俳句の才能があるようでない。

だから俳句を習いかけた私も
芥川賞作家が凡人になったりするのだから
小説と俳句の才能は違うのだ。

何もかも中途半端で
凡人の域を脱せられない私は
うらやましいのだ。

この羽田圭介が!!!!

長句を連日書いている

2016年02月28日 20時13分52秒 | 日記
                 



昨年の8月に鈴木漠さんの連句の会に入れて貰ってから
毎日が楽しい。

漠師匠は容赦なく訂正する。
偶数月は連日ファックスが入ってくる。
この月は2月だから
こう言う句を書け
って言ってくる。

私は今までにない句を詠みたいのだが
漠さんはそれが気にくわなくて
訂正の連続である。

でも楽しい。

漠さんに気に入られる句が書けるのはいつの日か?

漠さんが
おまえ才能ないから
止めてくれ
って言うまで
ひつこく粘る。

上記の句は今回提出した。