ぱんや店ちょ~の「兵庫県神社巡り」セカンド。

兵庫県に約9000ある神社を巡ってます。

「小さな神社」を「すくいとる」ように丁寧に巡っていきたいと思ってます。

神社巡り

2016-06-29 08:37:41 | 日記
本日「神社巡り」です。

神戸市北区岡場辺りから南側を巡ります。

「九州・熊本地震」での、1日も早い日常の回復と、復旧復興の願いとともに「参拝」していきます。
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溝口皇太神社

2016-06-26 18:24:14 | 日記
三田市溝口251にあります「溝口皇太神社」です。


「鳥居」です。


「手水舎」です。


「本殿」です。


「境内社」です。






創立年不詳。

伊勢の国より御師或は太夫が神宮の御札を広めに廻っていたが、当地方宿泊の家には、黄色の畳縁の一段高き太夫の間が作られていた。
その御師或は太夫の出身地が伊勢の溝口であったため、此の地も溝口と云う地番になり、当時より「伊勢神宮」を祀る「皇太神社」があったとも伝わる。

この神社の主祭神は「天照皇大神 アマテラススメラオオミカミ」です。

「アマテラススメラオオミカミ」は、日本の総氏神として活躍する太陽の女神です。
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長坂戎神社

2016-06-19 17:28:25 | 日記
三田市長坂57にあります「長坂戎神社」です。


「鳥居」です。

「境内」入ります。

「手水舎」です。

「境内鳥居」です。

「拝殿」です。

「本殿」です。


「境内社」です。




この地は、もと僅か五戸だけの小村で、耕地少く皆手工業を主業として野菜作りを副業とする村落であった。

正和の頃、戸頭の権太夫等が、霊夢に、よって西宮戎神の神託を受けら、荻生谷に池を築き水路の溝を開き、原野を開拓。

村の一本松の下に神殿を造り、西宮戎神社の分霊を、勧請し、産土神と崇敬。


慶長6年(1601)、領主左伺馬之介山崎恒政が鷹狩して、祠前に休憩して時、この神社の神徳を聞き、神仰して神領を寄進し永く微租を免じた。


この神社の主祭神は「蛭子命 ヒルコノミコト」です。

「ヒルコノミコト」は「恵比寿さま」の、ことです。
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神社巡り

2016-06-15 08:09:52 | 日記
「神社巡り」です。

「淡路島」東浦から南に下って行きます。


「九州・熊本地震」による、1日も早い「復旧復興」の「願い」とともに「神社巡り」して行きます。
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東山八幡神社

2016-06-14 17:41:07 | 日記
三田市東山449にあります「東山八幡神社」です。


「鳥居」です。

「手水舎」です。


「狛犬」です。




「拝殿」です。


「本殿」です。

播州白旗城の城主であった赤松氏が亡くなった時、赤松氏の一族及び遺臣が遁れこの地に来たり。

隠樓して東山部落をなし、旧主家赤松氏の氏神で白旗城の鎮護神であった八幡宮を鎮護さて此の地に移し、東山の産土神として奉齋したのが創りである。

後、播州三木城主別所氏が織田氏に滅せられた時に、別所氏の累家一族も此の東山に隠れ入り、鉄砲と太明阜遷の皿二十枚を八幡宮に奉納した。


この神社の主祭神は「八幡大神 ハチマンオオカミ」です。

「ハチマンオオカミ」は「武神」から「日常生活守護」の神になった日本の文化的な基礎を築いた「文武の神」です。
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