あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

消えてなくなっても 

2019-01-21 13:21:52 | 

 主人公の水野あおのは、ある地方のタウン誌の編集を担当する23歳。幼い頃に両親を喪い、伯母夫妻の養子として育てられました。彼がバーバー杉崎で髭剃りをしている時に、膝の痛み、歩けなかった杉崎婆さんが誰の助けもなく、歩いていました。河童山の先生に診てもらったお蔭らしい。そこは神話の世界のような山中にある、どんな病気でも治してしまうという鍼灸治療院でした。取材を申し込もうとお邪魔したあおのは、キシダ治療院。院長の岸田節子はあおのを視るだけで、彼の異状を察知します。彼はストレス性の病を患っており、タウン誌の職場の先輩の配慮もあって、キシダ治療院で療養することになりました。

 彼よりも一歩早く、平井つきのという名の24歳の女性が家事手伝いとして居候し、3人の生活が始まります。節子先生は、鍼灸マッサージだけでなく、気功や心霊判断も出来、やっかいな患者の治療にあたり、魔法の持ち主だと考えられています。節子の施術を見学し、その不思議な状況を理解している中、彼自身も見えないものが見え始め、節子が気配を感じる、治療院の庭に来る河童「キヨシ」とも友達になりました。そして、あおのの状態も徐々に回復していきます。その過程で多くのことを節子やつきのから学びます。

 「祈りっていうのも案外効くの。(中略)言霊も祈りも大切だよ。あとは笑顔。いつも笑っていることが大事。」
 「人の生はとぎれることなく、脈々と受け継がれている。死もまた然り。」
 「運命。その言葉があおのは苦手だった。けれどキシダ治療院に住むようになってからは、運命を受け入れるという考えも悪くないことだと思うようになっていった。」
 「定めのなかで、自分がどう生きるかが大事なんだよ。そのときのふるまいでその人の人生が決まる。運命を恐れちゃいけない。精一杯生きるんだよ。」

 彼は治療院の庭にある植物に関心を寄せ、町の図書館で借りてきた植物図鑑で、その名や生態を調べていきます。自分の名前の謂れがあるが明確には知らないと思う所から、エンディングでは、大きな運命が待ち構えます。彼がキシダ治療院に訪れたのも引き寄せの法則に則ったのかもしれません。

 椰(や)月美智子さんの作品の中では、河童や妖怪や怨霊など、怪しい存在が登場する毛色の変わった設定ですが、「生きる」という本質を知ることのできる物語です。逆に、怪しい登場人物(人物ではなく、存在かなぁ?)がそれを理解できる道筋を描いてくれているのかもしれません。

『消えてなくなっても』(椰月美智子著、角川文庫、本体価格600円)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする