株式会社 文化財保存活用研究所 Blog

大分県を中心に文化財の保存修復をメイン事業として活動している「株式会社 文化財保存活用研究所」の企業ブログです。

文化を護る 未来へ繋ぐ 株式会社 文化財保存活用研究所

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竹田市の磨崖仏

2012-09-30 09:00:00 | 日記

どうも、ウメです。

暑かった夏も終わり、最近は涼しくなってきました。というより、朝晩に関しては肌寒い気温になってきました。

9月も今日で終わりですので、気候的にも暦上でも本当に秋になってきたなと感じさせられます。ただ、台風きてますね。皆さん、外出する際は雨風に気をつけてください。

 

今回は大分県竹田市にある磨崖仏を紹介したいと思います。

一つ目が長湯の線刻磨崖仏です。

こちらは長湯温泉近くの県道沿い、竹田市大分市間を走る際に長湯温泉の方を抜ける道の途中にあります。道路に看板が出ておりますが、道路から少し下がった所にあるため、意識してないと見落としてしまうようなところです。私もこの道を何度か通ったことはありますが、気づいたのは今回が初でありまして・・・。

写真の右側が県道になります。看板が出ている所に車を止めるスペースがあります。

凝灰岩の壁面に写真のように仏様や梵字が彫られております。

 

二つ目は碧雲寺線彫磨崖仏です。

こちらは岡藩主中川家の歴代墓所があります「おたまや公園」の敷地内にあります。

上記写真のようにお墓が並んでます。

その公園内の奥に少しわかりにくいですが線彫磨崖仏があります。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが・・・。ちなみに上記2つのほかにもう一つ仏様が彫られております。

 

「磨崖仏といえば大分」というほどに大分県内には多くの磨崖仏があり、それらは彫られている場所や彫られた時代、彫られ方などいろいろな種類があります。もっと地元大分の方に磨崖仏の存在を知っていただき、「大分といえば磨崖仏」といわれるようになったらいいなと思う今日この頃であります。

 

 

 

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大分の魅力とは

2012-09-21 19:06:28 | 日記

こんにちは

最近はすっかり秋らしくなって、カーステの音楽もしっとり秋モード

別府市の塚原高原ではススキの穂がたくさん揺れていてドライブには最高な季節になりました

いづれも別府市瀬の戸湿原の写真

城島遊園地から湯布院方面に行った道路沿いにある場所です

NPO法人瀬の戸湿原保全の会の方が地道にこの湿原を護ってくれています

ここだけ山道の雰囲気が違っていたのは湿原だったからだったんですね

この道は幼いころからレジャーでよく通っていましたが

その度にここの雰囲気の良さにふけっていたものでした

この先の三叉路で湯布院方面、塚原方面に分かれるんですが

まあ、どっちに行ってもおススメです だって大分ですもの

 

 この1週間、オンオフ含めて会合が4つあり、異業種あり、ママ友あり、文化関係ありと

視野が広がるいい機会ではあるものの胃と肝臓の負担が半端ではない今日この頃ですが

秋にふさわしく実りの豊かな会合ばかりでした

 

以前のブログで大分のキリシタン墓事情は少しご案内したと思いますが、

大分を語る上で、磨崖仏と同じ位キリシタン墓は外せないコンテンツなんじゃないかと思うのですね

豊後府内に南蛮文化を栄えさせた武将大友宗麟は晩年キリシタンとなり、キリスト教の布教に尽力を注いだといわれるだけあって、

鎖国時代に唯一外国との貿易が栄えた長崎よりもキリシタン墓が多いとか

しかも禁教時代をかいくぐるべく幕府に見つからないようにキリシタン墓であることがばれないようにクルスを刻んでいることから

まだ見つかっていないキリシタン墓もあるんじゃないかとロマンが膨らむお話を耳にしました

 

今大分では豊後のヒーロー(?)大友宗麟が静かなブームになっています

大友氏が栄えた頃の遺構が続々発掘されていて

今こそ大友宗麟を知り、自分達が住んでいる大分、豊後のルーツを学ぼうじゃないかと勉強会があちらこちらで開かれています

私も生まれてからずっと大分、府内の地に育ち、

大分市歌の中にある、「宗麟この地に文化を開き」のフレーズも小学校のころから心に残っています

だからこそ知らない訳にはいかない、宗麟と西洋文化と豊後のキリシタン事情

大分県のまだ知られていない魅力がここに隠れているようです

 

次回はその魅力のさわりを感じることのできる場所、大分市街地の中心にある遊歩公園のブロンズ像達をご紹介したいと思います

お楽しみに!

 

 

 

 

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いわき市での経験

2012-09-14 22:52:43 | 日記

どうも、ウメです。

今回は、お盆前にブログで書きました「福島県いわき市」に行った時のことを書きたいと思います。

 

いわき市は私の母の実家で、お盆に帰郷した際に家族とともに行ってきました。

以前のブログでも書きましたように、いわき市も東日本大震災の際に津波の被害があった地域です。

私の家族は震災後にその現場を見ており、その凄さを私に伝えてくれました。

今回は震災から約1年半が経ち、その地域の現状がどうなっているのかを伝えられたらと思います。

 

 

まずはじめに書いておかなければならないことは、現在のいわき市では震災後の整備がしっかり進んでいるということです。津波による土砂や瓦礫はきれいに片づけられており、市場や水族館なども通常営業に戻っており、意識しなければ震災による被害に気づかないほどの状態にまでなっていました。

しかし、一部ではいまだに震災の凄さを感じさせられるものもありました。下の2枚の写真はそういった写真です。

 

傾いた看板、いまだ瓦礫置き場になっている校庭、震災から1年半が経過していますが、どれほどすごい災害だったかを感じさせられました。そして、復興に向けてまだまだ途中なんだと感じさせられました。

下の写真はある海岸沿いの写真です。

ここは元々住宅が並んでいた所ですが、津波によって家屋が流され現在は基礎部分だけの状態になっていました。この風景を遠くから見ると、広い平地が広がっているようであり、一見すると震災の復興が進んでいるという錯覚を起こしてしまいます。しかし、現状としては土砂や瓦礫を片づけただけであり、「復興」という状況とは少し違うのではないかと思いました。片づけた状態の今は、「復興」へのスタートラインであり、「復興」が終わった状態ではないということを、震災を経験していないものとしては心に刻まなければならないと思いました。

 

今回震災後初めていわき市に行き、色々と考えさせられました。

このような大きな震災があったということ、その震災からどのようにして復興していったのか、などの経験は未来を生きる人々にとって貴重な財産だと思います。

 大分という遠い地に住んでいますが、被災地の復興に向けて何か自分ができることはないかを、今一度考えたいと思いました。

 

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大河ドラマ

2012-09-12 18:55:42 | 日記

 こんにちは馬頭です。この所、天気の調子が読めず、外に出ている時は本当に困ります。先日は、急に大粒の雨が降り出し、雨宿りのためにそばにあった地蔵堂の軒先をおかりしていたのですが、徐々に雨脚が強くなり、数分で周りが川のような状態になり、かなり不安でした。皆さんもゲリラ豪雨などお気をつけてください。

 さて、今回はタイトルにあるように日曜日の午後8時からNHKで放送されている「大河ドラマ」について少しお話させてもらいます。

 突然ですが、私は大河ドラマの大ファンで毎週かかさず見ており、現在放送されている「平清盛」も世間的な人気は低いようですが、武士の時代が編成される様子をおもしろく描いてあり、興味深く拝見しています。

 大河ドラマと言えば、毎年一人の歴史的人物をピックアップするため、とりあげられる主人公などが発表される時期は毎年ワクワクしながら楽しみにしています。そこで、先日見つけたのが、

「大友宗麟プロモーション検討委:PRも戦国の世 “宗麟おこし”議論、大分で」 

http://mainichi.jp/area/oita/news/20120904ddlk44040567000c.html

 大友宗麟といえばキリシタン大名で知られる戦国時代の豊後の王です。記事には釘宮大分市長がNHKに大河ドラマの採用を直訴するなどもありました。

 大河ドラマファンである私としては是非「大河ドラマ 大友宗麟」をやってほしいです!!そのためにも微力ながら、これからこちらのブログでも大友宗麟に関する内容をご紹介して行こうと思うので、よろしくお願いいたします。

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職人

2012-09-08 13:00:00 | 日記

先日、石材店の社長さんとお話ししていたところ、石材を加工する職人さんが減っているとのこと

最近では海外で石材を調達するだけでなく、デザインといった加工も現地職人さんにお願いするパターンが主流なようです

一方で以前読んだ雑誌には日本が発注するデザインは細かくて複雑なものが多くて

その割に人件費が安いから海外でも引き受けたがらないという記事がありました

日本の昔ながらの技術ばかりはそうそう海外でも対応することができないことがうかがわれます

 

テレビ東京の「和風総本家」をたまに見ていて

昔から受け継がれた技術の素晴らしさに日本の誇りを感じ、

「日本人っていいな」のフネさんの声に「うん、うん」と頷くのですが

「職人さんの数が減ってきている」「残っている職人さんはこの人だけ」

なんていう言葉がいつもセットでついてくるのが気になるところ

いくら誇れる技術もその職人さんがいなくなったらその文化は無くなってしまうことを意味します

儲からないから淘汰される職業があってしかるのが資本主義社会ですが

そうした日本にしかない技術がなくなったら日本人が誇れるものに一体なにが残るでしょう

 

私の父は木造住宅建築の大工で、小さい頃お客さんの新築祝いに初めてうかがった時

施主さんが家の中を案内してくれて

「あなたのお父さんはこんなにいい仕事をしてくれるんだよ、お父さんはいい大工さんだよ」

と私に言ってくれたことは今でも覚えています

「あなたのお父さんは職人だからいい仕事してくれる」

そう言われるたびに自分の父を誇りに思います

父は今でも現役ですが木造建築を一から作れる職人さんも例外なく減ってきています

父が高齢になって父の培ってきた技術を受け継ぐために「大工はじめてればよかった」などとちらっと思ったりすることもあります

 

精錬された技術を習得し、お客さんの思いを形にできる人「職人」

「職人気質」という言葉がぴったりなほどこだわりが強いだけに頑固な父ですが

そんなこだわりも職人さんが持っている道具の中の一つでもあるのでしょう

 

「職人」と呼べる人が日本から消えることなく、また増えていけば

誇りを失いかけている今の日本がまた復活出来るのかなと

そう思う今日この頃です

 

突然ですがこちらは絶滅危惧種コツメカワウソ

 

見た目も動きもかわいいので見てて飽きません

ニホンカワウソは絶滅したと最近ニュースになってました・・・

 

 

 

 

 

 

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