株式会社 文化財保存活用研究所 Blog

大分県を中心に文化財の保存修復をメイン事業として活動している「株式会社 文化財保存活用研究所」の企業ブログです。

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咸宜園~豊後三賢の私塾~

2011-06-10 10:00:00 | 文化財

どうも、ウメです。

徐々に夏を感じるようになってきた今日この頃、私はこのぐらいの気温がちょうど過ごしやすいんだなと思っております。

半袖で若干肌寒いと感じるくらい=ベスト。

といいつつ寝ているときにおなかを壊すのが多くなる時期でもあります。

体調管理に気を付けないといけませんね。

 

以前、日出町の帆足万里のお墓を紹介したときに書きましたが、大分県には「豊後三賢」と呼ばれている偉人たちがいます。

その一人が広瀬淡窓になります。

今回は広瀬淡窓の私塾、咸宜園をご紹介したいと思います。

咸宜園は日田市の豆田にある国指定の史跡です。

広瀬淡窓は24歳の時に豆田町の長福寺初めて塾を開きます。

その後36歳の時に伯父月花の居秋風庵に隣接した地に塾を移し、名前を「咸宜園」と名付けました。

この咸宜園は淡窓の死後も受け継がれ、明治30年ころまでの約90年間も続いており、

その間に約4800人がここで学んでいたそうです。

また、当時全国が68か国だった時の65か国の人が生徒として、ここで学んでおります。

全国的にも有名な私塾だったんですね。

現在は秋風庵と遠思桜という遺構が残っております。

こちらが秋風庵になります。

 

こちらが遠思楼です。

敷地内には淡窓が詠んだ漢詩が記された石碑もありました。

 

さて、現在この咸宜園は茨城県の「弘道館」と「偕楽園」、栃木県の「足利学校」、岡山県の「閑谷学校」とともに、

学問・教育遺産として世界遺産登録を目指しております。

そのため、敷地内には世界遺産推進室というものがありました。

教育というものは国や時間に関係なく、何時如何なる所でも大切なものですね。

 

さて、咸宜園の近くには広瀬淡窓のお墓もあります。

こちらも国史跡の指定を受けております。

 

今回は、大分県日田市から広瀬淡窓にかかわりのある文化財をご紹介しました。

ちなみに、現在の大分県知事の広瀬さんは、広瀬淡窓の弟さんの子孫にあたるそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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1 コメント

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ええとこんボンは違う (豊後の一心太助)
2011-06-10 15:46:59
知事が淡窓の一族は知っていたけど育ちのええ者はちがうなあ。
育った環境が品格も知能もそうさせるのでしょうね。

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