niwatori

更新はなかなか出来ませんが昔の記録はここだけにあります

niwatoriの思い出

2004年11月25日 | はじめの気持ち

CB-goodbyeniwatoriは、けっこう恐ろしい顔つきをしています
足は、恐竜を彷彿させるうろこの痕跡もあります
niwatoriを好きな人はめったにいません。

小1の頃、縁日でピンク色のひよこをねだって買ってもらいました。
母:「すぐ、死ぬんだから買ってもしかたない」
私:「それでも欲しい」
心のなかの私は”絶対、生かせて育てよう”と思いました。
私が起きている間中
ひよこを暖め続けました・
食べないひよこに卵の黄身を無理にでも食べさせました。
苦労の甲斐があって
すぐ死ぬはずのひよこは立派なオンドリに成長しました。

オンドリは、日が昇ると当たり前ですが、立派な雄叫びをあげます。
「コケコッコー!」夏は5時ごろから大きな声をはりあげてくれます。
父と母はうるさいと毎日私を叱るし・・・
niwatoriの糞には蛆虫がいっぱいわいて、臭いもひどくなってきました。
子供の私には、世話をするのが苦痛になってきました。
それでも、2年以上は飼っていたと思います。
あるとき、小屋の掃除をしていた私を
niwatoriは、激しくつつきました。
狭い小屋でストレスが貯まっていたのだと思います。
右手の人差し指と中指の間に、嘴の大きさでポッカリ穴が開いてしまいました。
血もいっぱい流れました。
それから、恐くて小屋の掃除ができなくなりました。
掃除のできない小屋は、蛆がもっと、いっぱいわきました。
母からは「汚い、どうにかしなさい」と毎日叱られました。
そんなとき、
近くに住む、農家の親戚が飼っている鶏をしめるということで・・・
困っていることを聞いて
ついでに、私のniwatoriをしめようかと言ってきました
わたしは能面のような顔で、おじさんにお願いしたことを覚えています。
その夜、わたしは、黙々とniwatoriを食べました。
年とって硬くてパサついていた記憶があります
母は「この子は、冷たい子だ泣かない」と言いました。

自分のわがままで買ってもらったniwatoriは
結局世話ができなくなって。殺してしまいました。
甘えられる親ではなかったから
悲しかったけれど、家のなかでは絶対泣かなかった。
誰もいない、田んぼのワラグロのなかで
泣いて帰る日が長く続きました。
niwarotiは、子供のときの私の心に
生きていくことの悲しさとむなしさを教えてくれました。
あのときほど、自分の情けなさに涙した記憶はありません
だから、niwatoriです

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