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岩瀬仁紀#13(2003) パワプロ再現

2022-03-13 21:39:44 | 日記
岩瀬仁紀(いわせ ひとき、1974年11月10日 - )は、愛知県西尾市出身の元プロ野球選手(投手)。引退後は、野球解説者、野球評論家として活動。日本プロ野球(NPB)における最多登板(1002登板)および通算セーブ数記録保持者(407セーブ)。NPB最多タイ記録となる最多セーブ投手を5回、最優秀中継ぎ投手を3回獲得している。アテネオリンピック野球の銅メダリスト。先述の通り、日本プロ野球における最多登板および通算セーブ数記録を保持するリリーバー。ルーキーイヤーの1999年から2013年まで15年連続で50試合以上登板を記録した。数々のセーブ記録から抑え時代の印象が強いが、抑え役に転ずる前の5年間では、宣銅烈エディ・ギャラードなどの抑えに繋ぐ中継ぎエースとしても抜群の安定感を見せた。日本シリーズを6度経験しているが、一度も失点したことはない。かつては「死神の鎌」と形容された球界屈指のスライダーが、打者の膝元まで回り込んでいくほどの変化とキレを持っていた一方で、本人が重視しているのは、スリークォーターから投じる最速149km/hのストレートである。意識して動かしてはいないが自然にムーヴィング・ファストボールとなっており、入団して初めての春季キャンプで当時正捕手だった中村武志がキャッチボールを捕り損ねて突き指してしまったほどであった。その後、年齢的な衰えからかスピードが落ちたものの、球速を補うキレは健在であった。チームメイトであった川上憲伸は「岩瀬さんの本当にすごいボールはストレート。本人はフォーシームだと思っていたけど本当はものすごく動く」と語っている。 ちなみに本人は引退するまで、「自分のストレートは綺麗な縦回転だ」と思いながら引退した。打撃面でも大学時代にリーグ歴代2位を誇る成績を残している。プロの打撃成績は2009年終了時点で48打数11安打で打率.208、3打点の成績を残している。大学全日本のセレクションには中堅手として参加していた。抑えとして起用されるようになってからは打席に立つ機会もほとんど無くなったが、8回途中から登板した2006年7月16日の対阪神戦(京セラドーム大阪)では、9回表に立った打席でリードを2点に広げる犠飛を打った。左投手であるが、ペンは右手で持つ。普段はオーラがないと言われている。2007年1月31日の中日スポーツの記事で、沖縄で川上と一緒にタクシーに乗った時には、「(川上の)マネージャーさんですか?」と言われたほどである。(Wikipediaより)
死神

最高球速→149km/h
与四球率:1.714→コントロール83
投球回:63→スタミナ51
デフォルト→Hスライダー7
シュート1
得点圏被打率-被打率=.089-.205=-.116→対ピンチA
対左打者被打率-対右打者被打率=?→対左打者D
デフォルト→打たれ強さD
デフォルト→ノビD
デフォルト→クイックD
58登板→回復A
デフォルト→キレ○
被本塁打率:0.429→逃げ球
63イニング>58登板→回跨ぎ○
オールスター出場→人気者
前後五年ケガ一回→ケガしにくさB
実質ホールド:32→調子安定

war2.8で2003年がキャリアハイ

2003年にホールドはないので実質ホールドで計上したよ

岩瀬のキャリアハイが全盛期は中継ぎ時代というのは是非知っておいてほしい。

岩瀬かっこいい。


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