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荒木雅博#2(2011) パワプロ再現

2022-03-22 16:25:37 | 日記
荒木 雅博(あらき まさひろ、1977年9月13日 - )は、熊本県菊池郡菊陽町出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。中日ドラゴンズ内野守備走塁コーチ。右投右打。井端弘和と守備で二遊間、打順では1・2番を組んでいたことから、井端と共に「アライバコンビ」と呼ばれた。井端と共に2004年から2009年まで6年連続でゴールデングラブ賞を受賞した二塁守備の評価が高く、遊撃手から再コンバートされた2012年はトンネルやファンブルといった失策も目立ったが、この年はそれでも守備イニング1000以上の二塁手で両リーグ3位のUZR6.8を記録。上述のように落合博満からも高く評された鉄壁の守備でセンターラインを固め、右翼方向へのゴロ打球の守備に不安が残る一塁手のカバー役も担う。一方で肩を痛めた影響もあり、スローイングには若干不安定な面もある。プロ入り当初は外野手として起用されることが多く、その後も現役晩年に至るまで時折(主に他の選手との守備位置の兼ね合いから)外野手としても出場した。走塁面では一塁到達まで速くても4.0秒と盗塁王経験者としてはずば抜けて速いわけではないが、牽制さえなければ盗塁をほぼ成功することができる優れた盗塁技術を持ち、初めて30盗塁を達成した2004年から2009年まで6年連続30盗塁を記録している。走塁技術にも長け、足でプレッシャーをかける存在としてはリーグ屈指と評される。なお牽制球に対してヘッドスライディングで帰塁することが多く、それが肩を痛めた原因であるという指摘がある典型的な短距離打者であり、シーズン本塁打のキャリアハイは2001年と2008年に記録した4本、シーズン打点のキャリアハイは2004年に記録した44打点と、2000安打達成時点でシーズン2桁本塁打とシーズン50打点以上のいずれも記録していない史上初かつ史上唯一の選手である。また早打ちで四球も少なく、通算出塁率.309も2000安打達成者の中で最も低い数字である。シーズンオフも講演会やトークショーにも頻繁に参加しファンサービスにも努めている。2011年まで監督であった落合博満を尊敬しており、「監督に無理だと言われれば、いつでもユニフォームを脱ぐつもりだった」と発言している。その落合は「(荒木は)繊細でキレやすい。ボールの球をストライクと言われると、その日はもう全部打てない」と評している。(Wikipediaより)
名馬

2本塁打→弾道2
打率.263→ミート51
2本塁打×ナゴヤドーム×違反球→パワー59
18盗塁→走力68
デフォルト→肩力51
簡易レンジファクター:4.622→守備力80
17失策→捕球56
得点圏打率-打率=.247-.263=-.016→チャンスE
対左投手打率-対右投手打率=?→対左投手D
前後五年ケガ三回→ケガしにくさE
盗塁成功率66.7%→盗塁E
本塁打以外の得点÷本塁打以外の出塁=0.311→走塁C
135試合出場→回復C
デフォルト→送球F
10犠打→バント○
オールスター出場→人気者
単打÷安打=0.832→ミート多用
二塁手出場10試合→二塁手適性○
荒木→ヘッドスライディング

war2.7で2011年がキャリアハイ

やはりショートはwarが高くなるのは自明。

2006年の荒木も作りましたよ。
ちゃんと査定して。




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