♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■主の前に広げた / 福井 誠

2020年08月05日 | Weblog

2020/6/10放送
 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。継続は力なり、聖書を一日一日と読み進むなら不思議にも自然に養われるものがあります。今日も聖書を開いて参りましょう。今日はイザヤ章37章14節から「主の前に広げた」と題してメッセージをお伝えいたします。
 
 「ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取って読み、
 【主】の宮に上って行き、それを【主】の前に広げた。
 
 この時、ヒゼキヤ王は隣接する強国アッシリヤに無条件降伏を求められていました。圧倒的な力の差によってヒゼキヤの国イスラエルの首都エルサレムは包囲され、もはや陥落寸前であったのです。

 そこでヒゼキヤは自分の元に届けられた敵からの手紙を手に神殿に出かけています。先週のメッセージでもお話ししましたが、人ではなく神にこそ信頼することが大切です。ヒゼキヤ王はイスラエルを治めた王の中でも数少ない、何よりも神を信頼する王でした。彼はその手紙を受け取ると、神殿に上って行き、それを主の前に広げて祈ったのです。神殿は神がおられる所。神の目が注がれ、耳が開かれ、神が心を動かされる所。それが彼の信仰だったわけです。

 かつてその神殿を建て上げたソロモンという王様も、誰でもそこで祈るなら天でその祈りと願いを聞いて彼らの言い分を聞き入れてやってください、と願いましたが、ヒゼキヤはソロモンと神のやりとりを心に抱いて、信仰を持って目に見えない神に向かって手紙を開いて、心を注いで窮状を訴えたのです。

 しかしそのような窮状で誰が助けてくれると言うのでしょう。しかし落ち込んで伏せていたとしても、脅威が過ぎ去るわけでもありません。何とかしなければならない。でも何もできないし誰も助けてくれやしない。そのような時には腹をくくって心を神に向けて神の助けを信頼して祈る他はありません。聖書はこの祈りの結果、奇跡的な神の介入があり、アッシリヤが退却した様子を伝えています。

 これを単なる昔話としてしまえばそれまでです。どんな時にも何か道はあるはずだ、と神の目が注がれている教会へ出かけて祈りたいものです。主があなたの祈りに耳を傾けてくださるでしょう。 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2020.6.10放送でのお話より )

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  さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。 
  
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