♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■枯れたいちじく / 関根弘興

2019年10月04日 | Weblog
2019/8/30放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 イエス様の最後の一週間はどんな一週間だったのでしょう。イエス様はエルサレムに入られ、まず神殿に行かれました。しかしその神殿の姿はまるで強盗の巣のようになっていたというのです。イエス様は神殿で商売をしていた商売人や両替人を追い出してしまわれました。その翌日、滞在先のベタニヤという村からエルサレムに再び行かれる途中、驚くことが起こりました。イエス様が葉ばかりで実のないイチジクの木に向かって、「お前の実はもういつまでもならないように!」と言われると、その木がたちまち枯れてしまったというのです。

 この枯れてしまったイチジクの木の出来事にはどういう意味があるんでしょう。実は聖書の中には象徴的な行為をすることによって何らかの大切な真理を伝えるという、そういうことが出てくるんですねえ。聖書の中ではイスラエルの民を象徴する植物としてブドウとイチジクがよく用いられています。ですから、実が無い葉ばかりのイチジクは当時の信仰の中心であるエルサレムと神殿の姿を示しているんです。イエス様は、どんなに立派な建物があっても形だけの礼拝の姿は結局いつかは枯れてしまう、ということをここで示された訳ですね。そして実際にエルサレムも神殿も紀元70年にローマ軍によって滅ぼされてしまいました。そのようなことも含めて、イチジクの木を枯らすことによってイエス様はエルサレムの姿を預言的に示された訳です。

 しかしイエス様は、新しい礼拝の時が来るということを私たちに教えてくださっています。イエス様は、「目に見える神殿は破壊されてしまうけども、わたしは三日で新しい神殿を建てる」と言われたんですねえ。

 どういう意味でしょう。それはイエス様は十字架で死なれ、三日目に復活なさる、ということなんです。そして信じる一人ひとりといつまでも共にいてくださるという約束がそこにあるんですねえ。ですからこのイエス様を信じ生きる一人ひとりが、実は今、神の神殿とされていると聖書は教えているんです。なぜなら、神殿は神の住まう所ですよねえ。今、私たちはいつでもどこでも誰とでも、ともに神様を感謝し、賛美をささげ、祈ることのできる恵みの中に生かされているんです。そして一人ひとりが大切な神様の神殿とされているのですから、お互いを大切にしながら、自らを大切にしながら、歩んでいきたいですね。

     (PBA制作「世の光」2019.8.30放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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