♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■切なる願い / 山中直義

2013年05月28日 | Weblog
2013/5/28放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 山中直義です。

 神様は時に私たちに意外なことを願うことがあります。今日は「私はきっとあなたも言われた通りにいたします」と題してのバイブル・メッセージです。

 旧約聖書 創世記47章には信仰者ヤコブの晩年の姿が描かれています。数々の失敗を繰り返し苦難を体験してきた彼でしたが、その晩年には寄留地であったエジプトで愛する子どもたちと共に平穏な日々を過ごしていたと言います。

 そんなヤコブに死ぬべき日が近づきました。その時彼は愛する息子たちに意外な願いを伝えます。息子ヨセフを呼び寄せた彼はこう言いました。「私が先祖たちとともに眠りについたなら、私をエジプトから運び出して、先祖たちの墓に葬ってくれ。」(47章30節)

 父の遺体をエジプトから運び出しカナンの地にある墓に葬る。このことは後に残されるこの息子たちにとって実は大変厄介な願いでした。もしそんなことすればエジプトの王パロの怒りを買うかもしれない。与えられていた土地や富のすべてが奪われ一族全員が殺される可能性さえある。そんな願いでした。

 ところがこの父ヤコブの願いを聞いた時、息子ヨセフはこう言いました。「私はきっと、あなたの言われたとおりにいたします。」(47章30節)

 意外な答えだったと思うのです。しかしこの時ヨセフは父ヤコブのことばの背後にあった父の愛や思い遣りというものをしっかり汲み取って応答したのだと思うのです。父ヤコブが残される子どもたちに願ったこと、それは一時の寄留地に過ぎないエジプトの平穏にしがみつくことなく神の約束を胸に抱きながら神のことばに聞き従って歩んで行って欲しい。そんな願いだったと思うのです。

 神様は今も時に私たちに意外なこと難しいことを願われることがあります。そんな聖書のことばに出会う時、私たちはそのことばの背後にある神様の愛と思い遣りに目を向けなければなりません。神様は私たちが一時のこの地上の平穏にしがみついのではなく、神のことばにしっかりとしがみついて神と共に生きることを願われます。そして時に困難さえ許されるのです。

 「私はきっと、あなたの言われたとおりにいたします。」 そのように神様の愛を覚えながら歩ませて頂きたいと思うのです。

(PBA制作「世の光」2013.5.28放送でのお話しより )

******


さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


****** このサイトは URL名として  http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。



 
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« ■それでも信じ生きよう / ... | トップ | ■一つの井戸端で / 板倉邦雄 »