♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■黙って死の苦しみを受けられた主 / 羽鳥頼和

2020年01月04日 | Weblog
2019/12/28放送

 世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今年[2019年]はどんな一年だったでしょうか。今年は豪雨や台風などの災害が多くありました。被害を受けて、まだ復旧の途上にある方々もあるでしょう。今日お話する旧約聖書の詩篇69篇は、深い悩みと苦しみの中で神に救いを求める祈りです。
  「神よ 私をお救いください。 水が喉にまで入って来ました。
  「しかし私は 主よ あなたに祈ります。
  神よ みこころの時に
   あなたの豊かな恵みにより 御救いのまことをもって 私に答えてください。

                         69篇1節と13節

 私も困難の中にある方々に神の救いがあるようにお祈りしています。

  さて、この69篇の内容はどのようなものかをお話しします。この詩篇は「ゆえなく私を憎む者は 私の髪の毛よりも多い」(4節)と語って、訳もなく人に憎まれ、訳もなく脅され、嘲られて苦しむ人の祈りです。この人は悪い噂を流されて、人々から白い目で見られています。その上、人々はこの人が救いを求めて必死でいる姿を見て、それを物笑いいの種にしています。

 イエス・キリストは弟子たちにこの詩篇69篇を引用して、ご自分がすべての人の罪のために死なれることを話されました。イエスは何の罪も犯していないのに神を冒涜したと訴えられ、死刑判決を受けたのです。私たちは謂(いわ)れのない非難を受けたなら必ず反論します。何もしていないのに罪を着せられたら、「冤罪(えんざい)だ!」と訴えるでしょう。私たちにはその権利があります。まして罪を犯したことのない神の御子キリストこそ、「冤罪だ! 私は無実だ!」と訴えることができたはずです。しかしイエス・キリストは黙って苦しみを受けられました。そして死の苦しみをも受けられたのです。それはキリストを信じる者を救うためでした。キリストは私たちを罪から救い、新しいいのちを与えるために十字架にかかって死んでくださったのです。
 私たちはこのイエス・キリストを信じることによって新しく生きることができるのです。

 明日は日曜日です。お近くのキリスト教会にいらしてください。

 (PBA制作「世の光」 2019.12.28放送でのお話より )
 
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