♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■今に分かる / 福井 誠

2018年12月05日 | Weblog
2018/10/31放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「今に分かる」です。
 民数記11章23節から読んでみましょう。
 主はモーセに答えられた。「この主の手が短いというのか。わたしのことばが実現するかどうかは、今に分かる。」(新改訳2017)

 民数記は約40年間に渡る記録で、その時代の流れによって大きく三つに区分されます。エジプトから脱出した古い世代の物語、シナイからカデシュ・バルネアまでに移動する途中で起こったこと。それが1章から14章ですね。そしてカデシュ・バルネアに滞在し、月日が経ち、世代が入れ替わっていくときに起こったこと、それが15章から20章。そして最後に、40年の歳月の間に育った新しい世代の物語、カデシュ・バルネアからモアブへ移動し、いよいよ約束の地カナンに入っていく直前のお話。それが21から36章です。

 今日の箇所は古い世代の人々に起こったエピソードですが、彼らの特徴は不信仰。神に逆らい続ける記録であり、指導者モーセが大変な苦労を重ねた記録です。イスラエルの民は荒野の旅に伴う困難、欠乏に不平不満を漏らすのです。彼らは今や奴隷から解放されて自由を得ることよりも、腹を満たす魚や肉が欲しい、エジプトで奴隷であった方がまだましだった、と言い出すのです。

 これに対してモーセも腹だたしく思ったのでしょう。どこまでこういう勝手な人間の面倒を見なければならないのか、と困惑していますねえ。

 そのようなモーセに神は二つの答えを与えられました。一つは共に重荷を負う七十人の長老を起こされました。そして更に、神はモーセに約束のことばを与えられました。「主の手は短いのだろうか、今分かる。」と。つまり、「見ていなさい。神のことばは必ず実現するからだ。」と言うのです。

 私たちはいつも目に見える可能性の中で生きている者です。ですから行き詰まってしまえばもうだめだと考えてしまうし、行き詰まりそうな事態に直面すれば神の助けなどありえないと早急に判断を下してしまいがちですね。

 しかし神は言います。「今分かる。」と。そして確かに欠乏は満たされたのです。「今分かる」という神のことばを素直に受けとめて、大いなる祝福を約束される神の恵みに与って参りたいですね。

(PBA制作「世の光」2018.10.31放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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