♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■父を見舞いに / 板倉邦雄

2014年07月23日 | Weblog
2014/7/23放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「父を見舞いに」という題でお話ししましょう。

 いつの日か地上の父や母と別れる時がやってきます。ヨセフもその日がやってきたのです。

 さて、いよいよ死期が迫った時、ヤコブは息子のヨセフを呼んで言いました。「最後の願いだ。いいな、決してわしをエジプトに葬ってはならんぞ。わしが死んだらエジプトから運び出し、ご先祖の傍らに葬ってくれ。」 ヨセフは「約束します。」と答えました。ヤコブはそのまま病床につく身となりました。

 そんなある日、父親の容態が悪化したという知らせが届いたのです。ヨセフは息子のマナセとエフライムを連れて父を見舞いました。ヨセフが来たとあっては寝てはいられません。ヤコブは力を振り絞って起き上がり彼を迎えました。

 床の上に座ったヤコブはヨセフに言いました。「先に全能の神がカナンの地でわしに現れてわしを祝福して言われたのじゃ。『わたしはお前に多くの子どもたちを与え、お前を増やし、多くの民としよう。またこの地をお前の子孫に与える。』とな。そこでなあ、わしが来る前にエジプトで生まれたお前の息子らのことだが、エフライムとマナセ、あの二人をわしの養子にしようと思う。ルベンやシメオンと同じようにあの二人にもわしの遺産を相続させたくってなあ。お前の母さんのラケルはなあ、パダン・アラムから帰る途中、エフラテ近くで死んだ。それではわしは泣く泣くベツレヘムへ行く道の傍らに葬ったのじゃ。」

 死期の近くなった私の父親を見舞いに言った時のことを私は忘れません。父は84才になっていて入院していました。意識ははっきりしていましたが、床に伏していました。帰り際に「祈っていいか?」と言うと、「いい」と言いました。祈りが終わって帰ろうとすると、父は起き上がろうと上半身を立てたのです。「お父さん、どうしたの?」と言うと、「お前を送りにゆく。」と言ったのです。父は私が実家に帰ると帰りにはいつも玄関まで見送りに来ていました。帰りの道で思わず父の愛を思い出し、涙したものです。そこで一句
  親思う子の心に勝る父の愛 

 (PBA制作「世の光」2014.7.23放送でのお話より )

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