♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■形だけの裁判 / 板倉邦雄

2018年02月13日 | Weblog
2018/1/9放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「形だけの裁判」という題でお話ししましょう。結論が決まっているのに形式だけの会議や裁判をすることがあります。イエス様の裁判もそのようなものでした。

 さてイエス様はその頃のユダヤの最高議会に引き出されました。70人で構成されていて構成メンバーは人民から選出された長老、神殿をつかさどる祭司長たち、そして聖書に精通している律法学者たちでした。

 さていよいよ議会でのイエスの裁判が行われました。議長が尋ねたようです。「あなたがキリスト・油を注がれた王なる救い主なら、そう証言してもらいたい。」(マタイ 26:63節参照)

 イエス様は言われました。「わたしが言ったところであなたがたは信じないだろう。またわたしがあなたがたに尋ねても答えないだろう。しかしこのことだけは言っておこう。人の子は今から後、全能の神の右に座すであろう。」(参照マタイ 26:64、ルカ 22:67-69)

 続けて議長の質問です。「ではあなたは神の子キリストですか。」(参照マルコ 14:61、ルカ 22:67 )

 イエス様は「わたしが神の子キリストすなわち救世主です。」と答えました。(マルコ 14:62参照)

 その答えを聞いた議長は、「これ以上何の証拠がいるだろうか。我々は直接イエスの口から自分は神だと言って神を冒涜する重罪に値することばを聞いたではないか。」(マタイ 26:65節参照)

 そしてユダヤ最高議会でのイエスへの判決は、神への冒涜罪により死刑となったのです。これからローマ政府に死刑の許可を得なければなりません。当時ユダヤの国はローマ政府の属国だったからです。

 それにしてもイエス様の裁判は形だけの裁判だったことになります。いわゆるやらせです。しかも不当な裁判でした。それは裁判の前のイエスを監視する庭で始まっていました。イエスを監視していた人たちはイエスをからかい打ち叩き、目隠しをして「言い当ててみろ。打ったのは誰だ。」と言って愚弄したのです。(マタイ 26:67-68節参照)

 なぜイエス様はこのような不当な扱いを受け、苦しみを受けなければならなかったのでしょうか。それは聖書にこう書いてあります。
 「(イエス)は蔑(さげす)まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。」イザヤ章53章3節 (新改訳2017)
 
   (PBA制作「世の光」2018.1.9放送でのお話より )

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