♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■心配するな① / 関根弘興

2018年08月10日 | Weblog
2018/7/6放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

イエス・キリストは人々に、
 「明日のことまで心配しなくてよいのです。
   明日のことは明日が心配します。
   苦労はその日その日に十分あります。

         (マタイの福音書6章34節 新改訳2017)とお語りになりました。
 私たちはいろいろと心配しながら過ごしていることが多いですね。でもイエス様はそうした心配に対して、どのように対処したらよいのかを教えてくださったのでしょう。

 まず誤解しないでいただきたいのは、イエス様は心配は一切してはいけないということを言ってるわけではありません。心配とは心を配ると書きますよねえ。いろいろなことに心を配る事、配慮することは、毎日の生活に必要なことです。

 例えば、家族の健康を心配して体に良い食事を用意するとか、体調が悪ければ心配して健康診断を受けたり診察してもらう。これはいい事ですよねえ。例えば山登り、登山をするときには前もって地図でルートを確認して天候を調べて万全の準備をして登る必要がありますよね。

 もし、いやイエス様は明日のことは心配するなと言われたのだから何の準備も必要ない、と考えならそれは無謀なだけなんです。またイエス様が、衣食住のことは心配するな、と言われたから働かなくても良いんだと考えるのはこれは無責任なわけですね。イエス様は私たちに、無思慮そして無責任、無分別になることや将来の計画を立てずにその日暮らしの生活をすることを勧めておられる訳ではありません。

 ではイエス様が、心配してはいけません、と言われるときの心配とはどのようなものなのでしょうか。それは私たちはいろんな恐れや不安を持ちますね。でもそうした恐れや不安で心を縛られて喜びや自由や希望、そういうものが失われてしまうような心配もあります。そういう心配は、そうですね思い患いと言い換えても良いかもしませんね。

 聖書の中にはこう書かれています。第一ペテロの手紙5章7節 
 「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
  神があなたがたのことを心配してくださるからです。


 聖書はあなたのことを心配してくださり、心を配ってくださる神様がいてくださるんですよ、と教えているんですねえ。だからこの方に人生を委ね、お任せするという態度をまず備えていくこと、それが心配に対する最初の備えなんですね。

  (PBA制作「世の光」2018.7.6放送でのお話しより)

***

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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