♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■絶望から希望/ 関根弘興

2019年03月15日 | Weblog
2019/2/8放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
イエス・キリストがカペナウムという町を訪れた時でした。イエス様のもとに大勢の人々が集まってきました。そこに会堂管理者のヤイロという人がいました。会堂管理者ってのは誰もがなれる仕事ではありません。当時のユダヤ人の礼拝の場所である会堂---シナゴグと言いますが---その会堂を管理する総責任者です。このヤイロには12歳になる娘がいました。当時のユダヤの社会では12歳になると成人した女性とみなされました。「うちの娘が成人の日を迎えた。めでたいことだ。」とヤイロは喜んだに違いありません。しかしその娘が突然病を患い、危篤状態になってしまったのです。そこでヤイロはイエス様のもとに駆けつけ、「私の家に来て娘を癒してください。」と懇願したんです。ヤイロにとってイエス様が自分の家に来るまでのその時間は、何時間にも長く感じられたことでしょう。しかしその途中のことです。ヤイロの心をくじくニュースが飛び込んできました。ヤイロの家の者が来て、「あなたのお嬢さんは亡くなりました。」と告げたのです。ヤイロは目の前が真っ暗になってしまったことでしょう。ところがイエス様はヤイロに向かって、「恐れないでただ信じなさい。そうすれば、娘は治ります。」 こう言われたのです。イエス様がヤイロの家に着くと、多くの人が嘆き悲しんでいました。イエス様は彼らに、「泣かなくても良い。死んだのではない。眠っているのです。」と言われたんですね。そしてイエス様は三人の弟子と両親だけを連れて娘の部屋に入っていかれ、娘の手を取って、「子どもよ、起きなさい。」と言われると、娘はすぐに生き返ったのです。

 実はここにイエス様がもたらす救いということが象徴的に描かれているんです。イエス様にとって死は絶望ではなく、ただ眠っているにすぎないというわけですね。つまりイエス様がもたらす救いは死さえも乗り越えさせる救いだということを、象徴的に示すものでした。しかし人は永遠の救いを得るために自分の力では何もすることができません。ただイエス様に来ていただくしかないのです。聖書が教える救いは、イエス様の一方的な恵みによってもたらされる永遠の救いです。この救いをイエス様はあなたにも与えるために来てくださいました。
 
     (PBA制作「世の光」2019.2.8放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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