♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■聴く耳の大切さ / 岩井基雄

2019年12月02日 | Weblog
2019/10/21放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 第3週の月曜日の今日はキリストが弟子たちに語られたことばから、聴く耳の大切さをご一緒に考えてみましょう。

 山の上でキリストの栄光の姿を垣間見、死の時が迫っていることを感じた弟子たちには一つの疑問があり、次のように尋ねました。聖書はこう記しています。
 また弟子たちは、イエスに尋ねた。
  「なぜ、律法学者たちは、まずエリヤが来るはずだと言っているのですか。」
   イエスは彼らに言われた。
  「エリヤがまず来て、すべてを立て直すのです。
   それではどうして、人の子について、多くの苦しみを受け、蔑まれると書いてあるのですか。
   わたしはあなたがたに言います。エリヤはもう来ています。
   そして人々は、彼について書かれているとおり、彼に好き勝手なことをしました。」

    新約聖書マルコの福音書9章11節から13節

 弟子たちの質問はイエスがメシヤであることを否定するために律法学者たちが語っていたことでした。彼らは旧約聖書のマラキ書にある「見よ、私は主の大いなる恐るべき日が来る前に有権者エリアをあなたたい遣わす」という預言を引用し、もしイエスが救い主メシヤであるなら、その前にエリヤが来るはずだが、まだ来ていないから彼はメシヤではない、と批判していたのです。しかしそれこそ律法学者たちが聴く耳を持っていないことを表していました。

 主イエスは預言の通りエリヤがまず来るべきことを認め、エリヤはもう来た、と語られました。それはバプテスマのヨハネのことでした。預言者エリヤを彷彿とさせる姿で人々に現れ、罪を示し、悔い改めへと導き、洗礼を授けていた洗礼者ヨハネこそ来るべきエリヤだったのです。しかしそのことを認める心、聴く耳、聞き従う心を律法学者たちは持っていなかったのです。それゆえに彼らはヨハネに好き勝手なことをしました。彼が示す罪を受け入れなかったヘロデ王はついに彼を殺害してしまうのです。聴く耳、聞き従う心がないことがいかに危険であるかということを思わされます。

 あなたはいかがでしょうか。キリストはあなたにも「聴く耳のある者は聴きなさい」と語ります。あなたはそれに対してどうお答えなりますか? あなたには聴く耳、聴く心があるでしょうか。キリストはあなたの本当の応答を待っていらっしゃいます。 
 
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