♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■自分のいのちを愛するもの / 関根弘興

2019年10月25日 | Weblog
2019/9/20放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 イエス様は私たちが生きていく上で大切なたくさんの教えをお語りになりました。今日はその一つを紹介しましょう。

 ヨハネの福音書12章25節
  「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。

 これはどういう意味なんでしょう。どうもこのことばを間違って受け取る人も多いんですね。それはここで使われている「愛する」と「憎む」ということばが私たちが日常で使う意味とは違う使い方がされているからなんです。ですからこの「愛する」と「憎む」ということばの使い方をまず知る必要があるんですね。

 例えばここに二つのものがあって、どちらか一つを私が選んだとします。すると、「選ばれた方は愛された。選ばれなかった方は憎まれた。」という言い方をするんです。

 私はウクレレが大好きなんですね。とても良いウクレレがここに2本あって、私はどちらも好きなんですが、どちらか一つを選んだ場合、私は選んだ方を愛し、選ばれなかったその方を憎んだ、ということになるわけです。

 それでは「自分の命を愛する」とはどのようなことを意味してるのでしょう。聖書の中では「自分を愛する」とか「自分のいのちを愛する」という言葉は二つの違う意味で使われているんです。

 一つはですねえ、自分が神様に愛され、神様に造られた尊い存在であるということを自覚して、自分のありのままを受け入れ大切にする、という意味です。そういう意味では私たちは自分の命を愛する者になるべきなんですねえ。

 しかしイエス様が言われたここでの意味は、もう一つの別の意味が実はあるんです。イエス様が言われた「自分を愛する」っていうのは、それは自分をいつも最優先にして生きるということ、何とかして自分を生かそう、人よりは自分が生きよう生きようとする生き方です。どうすれば自分が立派になれるか、どうすれば人に認められるか、どうすれば成功するか、どうすれば自分の利益になるのか。つまりいつも自分のことだけを考えてしまう、そんな生き方を指しているんですね。イエス様は、そのような生き方はかえって自分のいのちを失う結果になるのだ、とここで教えられたのです。

     (PBA制作「世の光」2019.9.20放送でのお話しより)

***

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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