♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし 66 / 大嶋重徳

2018年08月09日 | Weblog
2018/7/5放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。 十戒をはじめとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くためのことばなのです。
 十戒第六戒には「殺してはならない。」(出エジプト記20章13節 新改訳2017)とあります。本当に人を殺してはならないのか、という問いを持つとき、神様を抜きにして考えることはできません。

 戦争が肯定される意見が世の中にあります。死刑制度もまたそうでしょう。奪わないといけない命があると声高に叫ぶ人たちがいます。しかし私たち人間はそれぞれ自分で自分のいのちを所有しているのでありません。私たちのいのちは、私を造り、私を神様との交わりの中に常に置いておられる神様が所有されているのです。

 いのちの管理者が神様であることを思うときに、生殺与奪(せいさつよだつ)は神様のなさることであり、殺すということは神様と等しい位置に立つことを意味することとなります。まさに殺人は人間を神様の立っておられるポジションに立たせることとなります。殺人は何より人のいのちの所有者である神様に対して神を神とすることのない十戒第一戒の違反であり、神様のものであるいのちを神様から盗む第八戒の違反でもあるのです。

 人が人を殺すことのできる理由を得るために人が神様のようになってきた歴史があることを忘れてはいけません。神の名を語り戦場の兵士たちを励ましてきたこともキリスト教会にはあります。ゴッド・ブレス・ユー(「神の祝福があなたにありますように」)と戦意を駆り立て、神様の名の権威のもとにいのちを奪うことを正当化してきた人間の歴史です。日本では神国日本のもとに戦争したことがほんの七十数年前にありました。そしてそれはアジアを解放するための正義の戦争だとされたのです。今も世界中で、あらゆる宗教の神の名のもとに青年たちがそのいのちを奪われていく現実があります。正義の名前を用いながら殺されていくいのちがあるのです。しかしこの世界で殺されて良いいのちなど一つもないのです。

 私たちは今朝も共に祈りたいと思います。殺されそうになっているいのちがあるならば、この瞬間も神様の守りの中にあるようにと。人間が神様の立場に立って愚かな判断をすることが無いようにと。平和な世界が訪れ、神様によって与えられたそれぞれの良いものが生かされて生かし合って、いのちが尊ばれていく社会になっていくようにと祈りたいと思うのです。

 第六戒を学んでいく中で、私たちに必要な姿勢は祈りです。あなたもぜひ祈ってください。あなたの平和のためにも私も祈っています。

    ( PBA制作「世の光」2018.7.5放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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