♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■無駄と思えても / 関根弘興

2019年11月22日 | Weblog
2019/10/11放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

 イエス様がベタニアのシモンという人の家に行った時のことでした。この村に住むマリヤが大変高価なナルドの香油の壺を割り、イエス様に注ぎ始めました。するとその香りは家中に広がり、それは麗しい光景となっていきました。

 しかしそれを見て、すぐに批判が起こったんです。「何という無駄なことをするのか。これを300デナリで売って貧しい人に施した方が良いではないか。」 そういう声でした。この事を言ったのはイエス様の弟子のユダであり、また身近な弟子たちでした。彼らは一斉にマリヤを批判したんですねえ。

  しかしイエス様はこう言われました。「そのままにしておきなさい。この女は自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、私の身体に前もって油を塗ってくれたのです。まことにあなたがたに告げます。世界中のどこででも福音が宣べ伝えられる所なら、この人のしたことも語られて、この人の記念となるでしょう。」 (参照 マタイの福音書26章10、12、13節  マルコの福音書14章6、8 、9節)イエス様はこうおっしゃったんですね。

 マリヤが香油を注いだ時、弟子たちは「無駄だ!」と批判しましたが、イエス様は「立派なことをしてくれた」とマリヤを賞賛なさったんです。私たちはともすると自分自身の狭い判断で物事を評価してしまいがちです。マリヤはイエス様に対する心からの感謝と愛と献身の思いを込めて香油をささげましたが、弟子たちはその姿を無駄だと批判したんですね。

 しばらく前ですが、ある方に「 関根さん、礼拝も大事かもしれませんがね、礼拝していても食っちゃいけないんですよ。」 そう言われました。イエス様を礼拝したって一銭も得にならないっていうわけですねえ。そんな無駄な時間を使うならもっと別のことのために時間を使いたい、というわけです。またある人は、「関根さん、祈っても何も起こらない。なんだか無駄だと思うんです。」 こういう風におっしゃる方がいます。
 しかしイエス様は決してそうは見ないんですね。もし私たちが心から主に捧げる感謝や賛美、それは人の目に無駄と見えるかもしれませんが、しかしイエス様はその一つ一つの事を、「あなたは立派なことをしてくれた」と喜んでくださるのです。是非知って頂きたいんですねえ。イエス様は、人の目には無駄と見えたとしても私たちが捧げる感謝や賛美そして礼拝を、ご自分の栄光を現すために用いてくださるお方なのです。ですからこの方にあって何一つ無駄になる ことはないのですね。
     (PBA制作「世の光」2019.10.11放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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