♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし99 / 大嶋重徳

2019年04月11日 | Weblog
2019/3/7放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。 十戒を始めとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。十戒第八戒には、「盗んではならない。」(出エジプト記20章15節、申命記5章19節)とあります。では第八戒が語る「盗んではならない。」という戒めは、どのような自由への道しるべを指し示しているのでしょうか。

 聖書では「盗みをしている者は、もう盗んではいけません。かえって、困っている人に施しをするため、自分の手をもって正しい仕事をし、ほねおって働きなさい。 」(エペソ人への手紙4章28節) (新改訳聖書 第三版)と語っています。
 
 十戒「盗んではならない」という勧めに立って盗まない・盗まれない社会になるために聖書は、自分の手を持って正しい仕事をしなさい、と語ります。盗むことの対義語は盗まないことではなく、自分の手で正しい仕事をすることなのです。

 自由に生きる権利を盗まれている人々の中で私たちはしばしばこう考えます。大切だということはよく分るけど、きっと自分以外の誰かがやってくれるだろうと。しかし盗まない社会形成のために大切な事は、あなたが自分の手であなたのできる正しい仕事をしなさいと語るのです。つまり誰かものすごくお金のある人がするのではなく、時間の余裕のある人がするのではなく、自分の手でつまり私たちの持っている時間・体力・考える力・祈る時間・捧げる献金を分け合うことなのです。十戒第八戒「盗んではならない」社会の実現のために一番の問題は、それほど大切ならば自分じゃない誰かがするよという姿勢なのです。盗まない社会を阻むのは無関心でいる私たちの姿なのではないかと思います。もし私たちが何が大変なトラブルに巻き込まれて、あるいは家族の中にとても痛みのある出来事があるときに、誰も助けてくれず誰も自分に関心を払ってくれないとしたらどれだけ悲しい思いをするでしょうか。ある人が言いました。愛の反対は憎しみではない、無無関心だ、と。

 神様は今日も神の手をもって正しいことをなそうとしておられます。そしてその神の手はあなたの手を用いて神のわざをなされることがあるのです。あるいはあなたが誰かから助けられた優しい経験、不思議な経験もまた、神の伸ばされた手のわざによるものです。

 今日私たちは十戒第八戒の戒めに従って、誰かが困っている姿に手を差し伸べてみたいと思います。あるいはその手を組んで自由を盗まれている誰かのために祈りたいと思います。

    ( PBA制作「世の光」2019.3.7放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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