♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■わたしにあるもの / 板倉邦雄

2018年10月02日 | Weblog
2018/8/28放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
 今日は「わたしにあるもの」と題でお話ししましょう。
 
 今日は初めに使徒の働き3章6節の使徒ペテロのことばを引用します。
 「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい。」(口語訳) 
 無いものはあげられません。しかし私にあるものは人にあげることができます。

 さて使徒ペテロとヨハネとがエルサレムの神殿に上りました。その時、生まれながら足の不自由な男が抱えられてきたのです。この男は巡礼者たちに施しを請うため、宮の門の所に置かれていました。この男はペテロとヨハネとが宮に入って行こうとしているのを見て、「旦那。お恵みを。」と施しを請うたのです。ペテロとヨハネは立ち止まり、男をじっと見て言いました。「私たちを見なさい。」 男は何か貰えるものと期待して、二人に注目しました。すると使徒ペテロが男に答えました。「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい。」 こう言って男の右手を取って起こしてあげると、足とくるぶしとがたちどころに強くなって、踊り上がって立ち、歩き出したのです。そして男は歩き回ったり踊ったり、神を賛美しながら使徒たちと一緒に宮へ入っていきました。巡礼に来ていた人々は、体の不自由な男が歩き回ったり神を賛美しているのを目撃して、驚き怪しんだのです。

 では一体、生まれつき足が不自由でいた男が自分の足で歩き回ったり、神様を賛美する人生へと何が、また誰が変えたのでしょうか。それは金銀ではありませんでした。それは使徒ペテロのことばだったのです。ペテロが持っていたイエス・キリストのことばの約束です。これをことばの施しと言います。私たちは人々に物の施しだけではなく、ことばの施しや笑顔の施しによって人を立たせ生かすことができるのではないでしょうか。

 イエス様のことばです。
 「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」 
    マタイの福音書 4章4節 (新改訳2017)

  (PBA制作「世の光」2018.8.28放送でのお話より )

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