2023/3/21放送
「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
前回は、ペテロがイエス様に、「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何回赦すべきでしょうか。七回まででしょうか?」と問うと、イエス様は、「七回を七十倍するまでです。」と答えられました。
そこでイエス・キリストはこんなたとえを話されました。
王がしもべたちとの清算の作業を始めました。 --決算書を作成したということですね。-- 調べてみると、なんと一人のしもべが王からあり得ないほどの借金をしていることがわかったのです。なんと1万タラントもの借金です。 --日本円に換算すると、そうですね6000億くらいになるんではないかと思います。個人が返済するのは到底不可能な額です。-- 王は、このしもべにすべてを売って返済するように厳しく命じました。しかし、どう考えても返済の目途など立つはずがありません。
すると王は、なんとこのしもべをかわいそうに思って彼を赦し、借金を免除してやったのです。
こんな気前のよい話からこのたとえは始まっているのですねえ。このたとえは、神様の赦しというものがどのようなものかを知ることができるたとえなのです。
王とは神様のことです。では多額の負債を負ったしもべとは一体誰のことでしょう。実は私たち一人一人のことなのですね。
「私は神様にそんな多額の借金などしていない」と思うかもしれません。でも、どうでしょうか。私たちはこうして生きているということは、神様からたくさんのものが与えられているからです。もし太陽が一瞬たりとも光を失ったら、あるいは空気がなくなったら、私たちは生きていくことができませんね。
また神様の前に自分は罪のない正しい人だと言える人など誰もいません。みんな自分で解決することの出来ない罪の負債を抱えているんですよ、と聖書は教えています。私たちがその負債を自分の力で帳消しにしようとするなら、それは不可能です。自分でどんな犠牲を払ったとしても、神様に対する負債を返すことなどできないのだとこのたとえは教えています。
でも王はそのしもべを「かわいそうに思って」、すべての負債を免除した、とあります。神様は私たちが負債に苦しむ姿を見て深くあわれみ、赦し助けてくださる方なのだというのですね。
しかし負債を免除することは、その負債を神様がそのままかぶるということです。あなたが赦されるためには大きな犠牲が払われる必要があるのです。聖書は、イエス・キリストが私たちの負債を全部背負ってくださり十字架についてくださったのだ、と教えています。神様の赦しというものはイエス・キリストの大きな犠牲がある、ということを忘れてはならないのですね。
( PBA制作「世の光」 2023.3.21放送でのお話しより )
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