♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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■イエスの埋葬 - キリスト教の葬儀 / 板倉邦雄

2021年09月24日 | Weblog

2021/4/9放送送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。今日は、イエスの埋葬の記事を聖書から学び、キリスト教の葬儀についてお話ししたいと思います。

 イエスの埋葬は丁寧に、しかも新しい墓に葬られたと新約聖書に書かれています。当時、十字架刑になった極悪人は、骨を折ってから穴の中に投げ入れられるか、あるいは砂漠へ捨てられて狼や禿鷹の餌食になるかのどちらかでした。しかしイエス様は処刑後、国会議員だったヨセフという敬虔な人によってヨセフの墓に葬られました。
 
 まずヨセフはローマ総督ピラトのところに願い出たのです。許可が下りるとヨセフはイエスの遺体を洗い、香料とオリーブ油を染み込ませた亜麻布で身体を包みました。そしてまだ誰も入っていない新しい岩を掘った横穴式の洞窟のような墓に埋葬したのです。

 聖書はいかに死んだ人の埋葬を大事に考え、しかも丁寧にしているかということが分かりますね。

 そこでキリスト教の葬儀ですが、私は三つのことを心がけて行ってきました。まずキリスト教の葬儀は神を礼拝する行為です。ですから棺は参列者と同じように縦に置き、棺のまわりに参列者が囲むようにしました。死んだ人も神を礼拝し、神をほめたたえるのです。
 ですから次に、死んだ人を崇拝したり礼拝するような行為は慎むようにしてきました。私は葬式のプログラムの中に弔辞を入れないようにしています。ともすると亡くなった故人を神のようにほめたたえることばになってしまうときがあるからです。

 そして第三に、何よりも亡くなった人のために悲しみ嘆くこの地上に残された遺族や親しい人々の慰めとなるように葬式と埋葬を心がけてまいりました。

 もう一度言います。聖書は埋葬を大事にしているのです。

 聖書のことばです。
「もし人が百人の子どもを持ち、多くの年月を生き、彼の年が多くなっても、彼が良き物に満足することなく、墓にも葬られなかったなら、私は言う。彼よりも死産の子のほうがましだと。」
       伝道者の書 6章3節

  (PBA制作「世の光」2021.4.9放送でのお話より )


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