2020/4/4放送
世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」 平家物語の冒頭の有名な文章です。
この「諸行無常」ということばについてある辞典は、「永遠に変わらないものはない」というもともとの仏教用語の意味を示すとともに、もう一つの意味として、「人生は儚(はかな)く空しいものであるということ」と書いています。聖書にも、この世の空しさを語っている書物があります。それは旧約聖書の伝道者の書です。今日はその伝道者の書の2章からお話しします。
伝道者の書の作者はとても賢い王様だったようです。彼はある時、自分のこれからの人生 酒を飲んで喜び楽しもう、と決心をします。そして大きな仕事を成功させて自分のためにお屋敷を建て、ブドウ畑を造り、果樹園も造りました。彼は欲しい物はすべて手に入れることができました。しかし、自分のしたことを振り返ると、すべてが空しく何一つ自分の益となっていないことに気づいたのです。
彼はこう言っています。
「人には、食べたり飲んだりして、自分の労苦に満足を見出すことよりほかに、何も良いことがない。」(2章24節)
そして彼はさらにもう一つのことに気づきました。
このように人の人生を空しいものとしているのは主権者である神であると言うことです。(「そのようにすることもまた、神の御手によることであると分かった。」2章24節)
そして彼は新しい結論を語ります。
「実に、神から離れて、・・・、だれが楽しむことができるだろうか。」(2章25節)
神がすべてのものを与えてくださるのです。その神から離れてしまっていては、すべてのことが空しいだけだ、と言うのです。確かにこの世が空しいのは、人が神から離れてしまっているからです。
実は神から離れることこそ聖書の教えている罪の本質です。それで伝道者の書の作者はこのように語ります。
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
・・・『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に。」(12章1節)
創造者とは主権者である神のことです。神を覚える事が空しい人生を幸せな人生とする始まりなのです。
( PBA制作「世の光」 2020.4.4放送でのお話より )
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