♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■クレネ人シモン / 板倉邦雄

2018年03月13日 | Weblog
2018/2/6放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「クレネ人シモン」という題でお話ししましょう。では初めにルカの福音書の23章26節を読みます。
 「彼らはイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというクレネ人を捕まえ、この人に十字架を負わせてイエスの後から運ばせた。」(新改訳2017)

 さて、十字架刑にかかる人は自分がかかる十字架の木材を自分で背負って刑場まで運ばなくてはなりませんでした。イエス様も十字架の丸太を肩に担いで石畳を引きずりながら歩きました。イエス様は一睡もしていません。大祭司の家から早朝の最高議会での裁判、ピラトの前での裁判、途中、へロデ王への官邸、とたらい回しになってしまいました。体も心も疲れ果てたことでしょう。そして処刑前には鞭打ちの刑罰を受けました。鞭打ちの肩と背中に丸太が食い込んできたのではないでしょうか。そのためイエス様は刑場へ行く途中、ばったりと倒れ込んでしまったのです。その時、沿道に屈強な男子がいるのが兵士の目にとまったのです。「おい、この囚人の十字架を背負え。そして刑場まで運ぶんだ。」
 男は仕方なくイエス様の十字架の丸太を担いで刑場まで行ったのです。

 さて、この男性の名はシモンと言いました。そして出身はクレネと聖書は書き残しています。彼シモンは年に一度の過ぎ越しの祭りのために巡礼者としてエルサレムの都に来ていました。ここに出身地の名前が記されているということはどういうことでしょうか。実はこのクレネ人シモンはあとでキリスト信者の一人になったということですねえ。何でこんな目に遭うんだ?と思っていたかもしれません。しかし、イエス様の後ろ姿と十字架刑を見ながら、シモンの心は変化していたのではないでしょうか。そしてキリストの弟子になったのです。イエス様の十字架の丸太を運ぶ事が自分の十字架と受け止めることができたからです。

 イエス様のことばです。
 「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」(新改訳2017)
  マタイの福音書16章24節

   (PBA制作「世の光」2018.2.6放送でのお話より )

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