♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して70年、
PBA『世の光』を文字で 

■心の貧しい者の幸い / 堀 肇

2022年11月07日 | Weblog

2022/6/6放送

 「世の光」の時間です。皆さんお元気でしょうか。鶴瀬恵みキリスト教会牧師の堀肇です。

 今週は新約聖書の福音書というところに記されていますイエス・キリストのいわゆる「名言」とも言うべきことばを取り上げてみたいと思います。言われてみればどこかで聞いたことがある、というような話なんですね。

 今日はマタイの福音書5章3節の「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」ということばです。

 このことばは、その人の生きた時代にもよりますが、知っておられる方が案外多いのではないでしょうか。と言いましても、一部分だけが飛び出した形で、「貧しき者は幸いなり」と語れることがよくあります。もしかしたら、ある人たちは昔流行った「名もなく、貧しく、美しく」という映画の題と一緒になっているかもしれませんね。

 私の父などは普段は聖書を読んでいた人ではなかったんですが、お金がなくなると「貧しき者は幸いなり」と言って妙な言い逃れをして家族を苦笑させたものです。

 さて、「心の貧しい者」とはどういう人のことを言うのでしょうか。これは心のレベルや程度が低いという意味ではありません。ここでいう「貧しさ」というのは分かりやすく言いますと、様々な理由で人生に疲れ、生きていく力が出てこないほど心が無力になっている状態ですね。自分にはより頼むものが一切無い。つまり、心が破産状態にもなっている。そういう貧しさのことを言っているんです。

 ではそのような貧しさ・無力さを感じている人がなぜ幸いなのでしょうか。それは、人はそういう状況に置かれますと、神に心を向け、神により頼むようにもされるからなんですね。そういう機会が目の前に与えられていると言っていいでしょうか。だから「幸い」というのです。

 イエスは、「天の御国はその人たちのものだからです」とその理由を語られたのです。
 確かに心が無力になっている時は辛く、苦しいですね。しかしその時こそ心はイエスが言われたように「天の御国」に向けられる幸いな時だと思うんですね。

 貧しさ、無力さを感じたとき、このことをぜひ心に留めていただきたいと思います。


    ( PBA制作「世の光」 2022.6.6放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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