♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して70年、
PBA『世の光』を文字で 

■死んでも生きる / 佐々木真輝

2022年09月20日 | Weblog

2022/4/19放送

 「世の光」の時間です。北上聖書バプテスト教会の佐々木真輝(まさき)です。

 ディケンズというイギリスの作家をご存じでしょうか。ディケンズが書いた『二都物語』という小説があります。フランス革命前後のロンドンとパリを舞台に、顔かたちのよく似た二人の青年と、彼らがともに想いを寄せる女性が織りなす物語です。

 ロンドンで自堕落な生活をしていたカートンという青年が、一人の女性と出会い、心に光を得ます。彼女に心を寄せつつも自分は彼女にふさわしくはないと考え、彼女と彼女が愛した人のために何でもすると心に決めます。やがてパリの友人がその女性と結婚するのですが、フランス革命の嵐の中で断頭台送りになってしまいます。その時カートンは、顔かたちのよく似た友の身代わりになり、愛する人々を脱出させることを決意し、自らは断頭台に露と消えるのです。そうした中で、青年が繰り返し一つの聖書のことばをつぶやきます。

「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」
  新約聖書 ヨハネの福音書11章25節のことばです。

 これから断頭台に向かって命を散らそうとしている人が、どうしてこのことばを思い出し、繰り返し口にしたのでしょうか。自堕落で生きる意味を持てなかった青年が、生きる喜びや希望を取り戻させてくれた人のために、友の身代わりとなることによって自分の命に意味を見いだせると信じたのです。

 私たちは確かに避けられない死に向かっています。肉体的に死に行く者であるというだけでなく、時には二都物語に出てくる青年のように、生きる意味や喜びを見いだせない、心が死んだような者であるかもしれません。

 しかし、イエス様はこの聖書のことばを通して、人が死んで終わるのものではなく、死の向こうに復活の希望があることを語ってくださっています。

 「死んでも生きるのです」ということばは「いつの日かよみがえる」という未来の話しであるだけではありません。今まさに死に行く者、死んだような者であっても、とことんダメだった人間であっても、イエス様によって今、生きた者とされ、イエス様によって新しく生きる者にされます。イエス様がその復活のいのちを私たちに与えるからです。

 さあ、この新しい命をあなたもイエス・キリストから戴いて、生きる意味を確信し、生きる喜びに溢れる者として歩み始めませんか?


    ( PBA制作「世の光」 2022.4.19放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


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