♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して70年、
PBA『世の光』を文字で 

■空しさからの解放 / 菊地百合子

2022年01月12日 | Weblog

2021.7.7放送

 世の光の時間です。お元気でしょうか。山形ホーリネス教会の菊地百合子です。

 昨日もお話をした私の父は五人兄弟の末っ子として生まれましたが、三人の兄は次々と父の少年の頃、戦死や病死でこの世を去りました。この肉親の兄弟との死別は、幼い父の心に死への恐怖を植えつけたのでした。この死への恐怖は形を変えて、どうせ死ぬのなら太く短く生きようと、いわゆる飲む・打つ・買うの三拍子揃った罪深い生活を続けました。悲惨な状況から抜けだそうとするのですが、どうすることもできず、空しさと孤独を抱えて生きていました。

 そのような時に父はオートレース場でトラブルを起こし、喧嘩になり、眼鏡のガラスが目に刺さり、左目を失明しました。右目は強度の近視でした。この失意のどん底にいた時に、短波福音放送「世の光」によって父は初めてキリスト教に出会いました。それから聖書通信講座を受けて、三カ月後にイエス・キリストを信じる決心をしたのです。その後、洗礼を受けたいと思った父は教会の門をたたきました。身も心もズタズタになっていた父を教会の方々はとても親切に暖かく迎えてくれました。

 父は初めて教会に行った日のことを生涯忘れることができないとよく言っていました。1954年10月17日生まれで、23年目にしてようやく教会にたどり着き、むなしい孤独な生涯が終りました。

 父は左眼を失明した暗闇の中で一つの光を見つけました。それは心の暗闇を照らすキリストの光でした。罪のためにくもっていた心の目が開かれ、神を見ることができました。目が見えなくなって目が開かれたのです。

 生まれつき目の見えない人がイエス・キリストによって癒やされた時に言ったことばがヨハネによる福音書9章25節に出てきます。

 「一つのことは知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです。」
 神のみわざは父の上にも実現しました。むなしさと孤独のゆえに罪の奴隷となり、暗闇の中に閉じこもっていた時に光を見出し、父の人生は大きく変わりました。未だかつて、経験したことのない神の平安を父は経験しました。ハレルヤ!

 ラジオをお聴きの皆様の上に今日も神様の平安がありますように。

      (PBA制作「世の光」2021.7.7放送でのお話しより)
 ***

さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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