♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■私の手を鍛え / 福井 誠

2019年05月15日 | Weblog
2019/4/10放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。継続は力なり。聖書を一日一日と読み進む毎に不思議にも自然と養われていくものがあるものです。では今日も聖書を開いて参りましょう。今日はサムエル記第二22章34、35節から「私の手を鍛え」と題してメッセージをお伝えします。

 「主は、私の足を雌鹿のようにし、高い所に立たせてくださいます。
    戦いのために私の手を鍛え、腕が青銅の弓も引けるようにされます。

 
 今日の箇所は一読すれば誰でもこれが詩文であることが分ることでしょう。確かにこの感謝の歌は詩篇18篇に収録されているものとほぼ同じです。読み比べてみたらよいでしょうねえ。聖書通読をすることで聖書の様々な箇所に繋がりが見えて来るものです。それによって聖書理解が更に深められることになります。

 さてこの詩を読むと、まずダビデは自分の生涯に神の御手が力強く働き、神があらゆる敵から自分を解放し、助け出してくださったことを讃えています。自分の信じる神は信頼できる岩のように揺らぐことのないお方である、と宣言するのです。そして先週も話したことですが、神は罪人の声にも耳を傾け、その叫びを聞いてくださる方である、と告白しています。ダビデは、神が私たちの祈りに応答してくださる、と確信していました。人間はその人生において多くの困難に出会うもので、しばしば何の解決策もなく、手詰まり状態を余儀なくされることもあるものでしょう。困難の中にただうずくまる他はない、と思わされるものです。ダビデもそうだったのではないでしょうか。ダビデは言います。
 「死の波は私を取り巻き、滅びの川は、私を恐れさせた。」(5節、新改訳第三版)

 比喩的に語っていますが、ダビデは抗うことのできない濁流に巻き込まれた思いの中にいましたが、そこでまさに「主は、いと高き所から御手を伸べて私を捕え、私を大水から引き上げられ」る(17節、新改訳第三版)、と告白できる経験をしたのです。

 大切なのはそのような経験を通して私たちの信仰が深められて強くされることです。私たちを鍛え、立たせてくださる神を覚えて歩みたいものですね。

 では良き一週を祈ります。
  
 (PBA制作「世の光」2019.4.10放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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