♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■主よ、どうか / 福井 誠

2019年05月08日 | Weblog
2019/4/3放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。継続は力なり。聖書を一日一日と読み進む毎に不思議にも自然と養われていくものがあるものです。では今日も聖書を開いて参りましょう。今日はサムエル記第二15章31節から「主よ、どうか」と題してメッセージをお伝えします。

 そのときダビデは、「アヒトフェルがアブサロムの謀反に荷担している」と知らされた。ダビデは言った。「主よ、どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください。」

 イスラエルの王様ダビデ王は王国の基礎を築き、これを拡大する素晴らしい働きをしましたが、その後、バテシェバという女性と関係を持ち、その夫を殺してしまう極悪非道の罪を犯してしまいます。神に与えられた地位に慢心したというべきでしょうか。ダビデはその罪を指摘され悔い改めますが、王としての威信は揺らぎ、やがて長男のアブサロムが謀反を起こし、命を狙われるようになりました。ダビデはかつてサウル王に狙われたように宮廷を逃れ、再びあてのない逃亡者の生活に落ち込んでいくのです。この時ダビデは詩篇62篇を作りました。そこにはこうあります。

「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。
 神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。
 私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所は、神のうちにある。」
            (5節~7節 新改訳第三版)

 ダビデはこの辛い時期に、ただ神に望みを置いて助けを得たいと願ったのですねえ。自分の身から出たさびとは言え、その情けない気持ちの中で、ダビデは神に「主よ、どうか」と呼びかけました。そしてアブサロムの参謀アヒトフェルのはかりごとがむなしいものとなり、この絶体絶命の時から救われるようにと祈るのです。そして神はダビデによくしてくださいました。

 何と神様も甘いなあ、と思われますか? 確かにそういう面もあるでしょう。しかし人間は誰しも完全ではありません。そして神は、真に悔い改め、主を呼び求める者の心をないがしろにはされないのです。命ある限り、正しき者にはいつでも主の憐れみがあると期待したいものですね。

  
 (PBA制作「世の光」2019.4.3放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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