♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■そこでサムエルは祈った / 福井 誠

2013年05月23日 | Weblog
2013/5/23放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「そこでサムエルは祈った」です。それでは第一サムエル記8章6節から読んでみましょう。

 彼らが、「私たちをさばく王を与えてください。」と言ったとき、そのことばはサムエルの気に入らなかった。そこでサムエルは主に祈った。

 イスラエルの指導者サムエルは年を重ね高齢となりました。後継者問題が持ち上がりサムエルは自分の子どもを後継者とします。しかしそれはイスラエルの長老たちには受け入れられないことでした。サムエルの子どもは神に従わないよこしまな者たちであったからです。そこでこの機会に時代の流れに沿って自分たちの国にも他国並に王様を立てる王制国家となることが求られるのです。 しかしサムエルはそれが気に入りませんでした。自分の子どもが後継者として拒否された。まああまり気分は良くないですねえ。

 しかしサムエルの偉いところは「そこでサムエルは主に祈った」と書かれている所です。サムエルは最高指導者です。自分の思いを遂げるために最高指導者が自分の周りをイエスマンで固めて何が何でも物事を通してしまうことはあるものですね。しかしサムエルはそうはしませんでした。むしろ「主に祈った」とあります。最高指導者でしたら何でもできたでしょうに、サムエルは違いました。それは目には見えませんが、自分の上には更に権威ある方がいると考えていたからですねえ。

 私たちが聖書に教えられるのはこういうところです。私たちは目に見える力関係がすべてであると考えるものですね。会社には課長がいて部長がいて、まあ社長がいて、と力関係や序列を考えます。しかしそれは目に見える世界だけでのお話です。けれども聖書は更に目に見えない主と呼ばれる神が上にいて、その神に人間は服従し生きることが大切であると教えているのです。

 サムエルは組織の長として引き際を間違えるほどに年老い、自分を守るためだけの実に不幸な世代交代を進めてしまいました。しかしその問題に気づく人間としての謙虚さは失っていなかったのです。どんなに力を与えられても私たちの上には主がおられる、あるいはあらゆる権威の上に主がおられる。そんな謙虚さをもって生きていきたいですね。

(PBA制作「世の光」2013.5.23放送でのお話より )

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