ホラ吹きな日々

つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくホラ吹き事を、そこはかとなく書きつくれば・・・

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ブログお引っ越し

2005年07月21日 | Weblog
なんとなくブログを引っ越そうかなと。
ということで下記に引っ越ししました。
こちらも生かしておきます。

引っ越し先のブログ名は題して「帰ってきた“ホラ吹きな日々”





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棒ノ折山ハイキング

2005年07月12日 | キャンプ・ハイキング・Outdoor
先日の日曜日、奥武蔵の棒ノ折(棒の嶺)山に登ってきた。
飯能駅からバスで40分、河又バス停を下車し名栗湖(有間ダム)方面へ向かい白谷沢を登る。
このコースは、沢沿いを登るため沢登り感覚が楽しめたり、ちょっとしたくさり場もあって
変化に富む楽しいコースだ。
沢を抜け林道を越えてしばらくすると、岩茸石に到着する。
ここから頂上まではゴンジリ峠を経て40分程で到着するのだが、これでもかというぐらいに
丸太の階段が続く。(わざと歩きにくくしているのではと思うぐらい)
棒ノ折の標高は967m、山頂は広く開けていて眺望も良い。
下山は岩茸石まで戻り、尾根沿いを河又方面へ下りた。
以下はコースデータ。

河又バス停→20分→名栗湖→60分→岩茸石→30分→ゴンジリ峠→10分→山頂
山頂→20分→岩茸石→60分→河又


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秋葉原散策

2005年07月08日 | Weblog
アマチュア無線の試験も無事合格したし、せっかく都内まで来たのだからと、
帰り際に秋葉原を散策することにした。
秋葉原に降りるのは何年ぶりだろうか。

以前後楽園にある予備校に通っていた事もあり、よく秋葉原には来たのものだが、
当時は電車代も馬鹿にならなかったので、後楽園から歩いて来たものだ。
石丸電気のクラシック専門レコードコーナーでよく物色していたことを思い出す。

あれから20年近く経った今、秋葉原は劇的な変化を遂げている。
当時はオーディオや家電で溢れていた町も、今ではパソコンが主流。
秋葉原駅も作りが以前と違いちょっととまどった。

駅を降りると、今流行のメイド姿の女性が何やら配っている。
そんなものには目もくれず、秋葉原の昔の姿を探してみた。
あった。ガード下のラジオセンター、ここは相変わらず昔のまま。

電気工具や細かい部品が所狭しと並んでいる。
何だか分からないものを眺めるだけで、ワクワクしてしまう。
表通りの店は免税店が多くなったようだ。

店員も外国人。
それにしても外人のお客さんがたくさんいた。
ここは外国かとちょっと錯覚するぐらい。

昔ほど体力も無いのだろう、ちょっと歩いただけで疲れてしまったので、
昔入り浸っていた石丸電気へ向かう。
クラシック専門レコードコーナーも、すっかり様変わりし今ではCDとDVDだ。

さて、せっかくだからと無線機も物色してきた。
試験に合格したからか、店員の説明も分かるような分からないような。
でも、いつかは無線機を購入して開局したいなと思う。

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アマチュア無線技士国家試験体験記パート6

2005年07月07日 | Weblog
“無線工学”の問題で完璧に分かったのが8問。
曖昧なものが4問。
よしこれで行けると思った。

試験は開始後30分経過すれば退室出来る。
もう一度見直して試験終了を待たずに退室した。
外に出て早速自己採点をした。

“法規”みごと全問正解。
一週間かけて暗記したことが報われた。
つづいて“無線工学”を採点する。

が、完璧に分かったつもりの第1問目が間違いだった。
単に“変調波の振幅”だと思いこんでしまったようだ。
問題を読むと、「変調波の振幅の“最大値”は幾らか」ということに気付く。

ここで焦った。
曖昧なものが4問。
4問とも不正解なら1問目不正解と合わせて5問間違えたことになる。

いくら“法規”が満点であっても“無線工学”で8問以上正解でないと
合格とはならない。
ちょっと不安が残るが続きを採点をする。

曖昧な答えだった4問は、やっぱり不正解ばかり。
やっぱりだめだったかと思った。
念のためもう一度正解の数を数えた。

1.2.3.4.5.6.7.・・・
やっぱり7問しか正解してない・・・
もう一度受け直すのか~

もう一度1.2.3.4.5.6.7.8.
え?
よ~く見てみると8問正解してるではないか。

曖昧な答えの中の1問が正解していたのだ。
思わずガッツポーズをしてしまった。
1時間後、掲示板に合格者の番号が発表され、確かに合格であることを確認した。

その場で、無線従事者免許証の申請をして試験場を後にした。
免許証は3週間後に到着するらしい。
いや~なかなかスリリングな体験だった。

(完)

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アマチュア無線技士国家試験体験記パート5

2005年07月07日 | Weblog
第1問
無線局の再免許が与えられるときに指定される事項は、次のどれか。
1.通信の相手方
2.無線設備の設置場所
3.空中線の型式及び構成
4.電波の型式及び周波数

へへ~簡単簡単!
これは「電波の型式及び周波数」だったよな。
あれ?「空中線の型式及び構成」だっけかな。
え~どっちだっけ~と半分パニック状態。

とたんに手に汗、のどはカラカラ、足はガクガク。
以前に「衛生管理者」の試験を受けたとき以来の感覚だった。

初っぱなから焦る自分。
ここはまず落ち着くこうと自分に言い聞かせ、
分かるものから解くことにした。

第2問
免許人が空中線電力の指定の変更を受けようとするときの手続きは、次のどれか。
1.その旨を申請する。
2.その旨を届け出る。
3.免許状の訂正を受ける。
4.あらかじめ指示を受ける。

この問題はさっき「丸完」で読んだばっかりだ。
正解は1.だ。
やっと気持ちが落ち着いてきた。

こうなると次から次へと簡単に問題が解け、
“法規”はほぼ完璧。

次はいよいよ“無線工学”
第13問
振幅が150〔V〕の搬送波を信号波で振幅変調したとき、変調度が60%であった。変調波の振幅の最大値は幾らか。
1. 90〔V〕
2.180〔V〕
3.210〔V〕
4.240〔V〕

これは搬送波を変調波で割ったのが変調度だから・・・
答えは90Vだ。
やった完璧!このまま“無線工学”もうまく行けば合格と思った。

が、しかしこの第13問目が大間違い。
このことに気付いたのは試験が終わってからだった。
自己採点時にトンでもないことになろうとは・・・

(つづく)

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アマチュア無線技士国家試験体験記パート4

2005年07月07日 | Weblog
試験前日、仕事帰りに受験票に貼る顔写真を撮るため、
自宅近くのインスタント写真で写真を撮った。

以前インスタントで撮った時に、目線が上の方を見てるようになったので
今回はわざと下の方を向いて撮ってみた。
案の定、今回はちゃんと目線がこっちを向いている。

家に帰って受験票に必要事項を書き、写真も貼って後は明日(7/5)を待つのみ。
“無線工学”に不安が残るので、もう一度「丸完」を読む。
相変わらず難しい部分を読んでいると眠くなるので、
もうあきらめの境地で床につくことにした。

いよいよ試験当日。
目覚めは案外スッキリ。
試験会場は日本無線協会本部のある晴海。

ウチからは1時間半もみておけば着くとみた。
電車を乗り継ぎ、晴海からは徒歩で10分弱で到着した。
試験会場にはもう20名ぐらい受験者がいたが、意外と少ないなと感じた。

周りを見回すと、結構高齢な方から若い女性までいて、思い思いに勉強している。
さすがに平日なので小学生はいないようだが。
私も試験開始30分前に到着したので「丸完」を読む。

ここで事件発生!
完璧なはずの“法規”が分からないのだ。
気は焦るばかりだが、試験時間は着実に近づいていた。

え~い、ここは得意な山勘で勝負だということで
出題頻度を示している★が多い物に絞っておさらいすることにした。
そして11時、試験が開始された。

(つづく)

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アマチュア無線技士国家試験体験記パート3

2005年07月07日 | Weblog
初級アマチュア無線予想問題集-完全丸暗記 (2005年版)」は良くできている。
過去に出題された問題の出題頻度などが★の数で示してあり参考になる。
過去に出題された問題がそのまま載っているので実践的だ。
これ一冊を完全丸暗記さえすれば本当に合格間違いなしと思った。

と思ったのもつかの間、暗記といってもなかなか手強いもの。
一つ一つ問題を解き答え合わせをし、その問題と答えを繋げながら暗記する。
この繰り返しなのだが、なかなか頭に入ってこない。
歳は取りたくないものだとしみじみと思うのであった。

などとしみじみともしてられない。
試験まで10日を切ってしまった。
計算で行くと一日6問分を暗記していけば4日で一通り。
もう後4日でもう一通り復習できる計算。
残り一日で総まとめをすると決めた。

だが現実こう上手くいくはずもなく、“法規”の12問分を暗記し終えたのが試験三日前。
“法規”は完璧!でもあと二日で“無線工学”12問分を暗記できるのだろうか。
ため息だけが出てくる。

「今回はパスしようかな」と一瞬頭をよぎる。
しかし試験の申請に五千円もかかっていることを考えると・・・
どうしようか悩むところだ。

それでも何とか“無線工学”にとりかかる。
こちらは思いのほかスムーズに頭に入ってきた。
暗記のコツが分かってきたようだ。

それでも計算をするような物は、答えが分かっていても理屈で理解していないので
間違いが多くなる。
何とかかんとか二日で一通り目を通した感じだ。

どうせダメでもう一度試験を受けるなら、度胸試しにやってみるかと腹をくくる。

(つづく)

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アマチュア無線技士国家試験体験記パート2

2005年07月06日 | Weblog
さっそくアマチュア無線の試験勉強を始めるべく参考書を開く。
まずは“無線工学”。

オームの法則、フレミングの左手の法則、右ねじの法則・・・
とっても懐かしい用語が・・・

最初の方は何となく昔を思い出して理解も出来たのだが、後半は○×△状態。
結局“無線工学”は後回にしてじっくりやることにした。(単に面倒そうだから)

とりあえず“法規”をパッパと済まそうと参考書を開く。
え~と・・・
読むことは簡単なのだが、こういう文章を読んでいると
眠くなってしまってぜんぜん頭に入らない。

私の性格上、当然ながら買ってきた参考書は開かれることが無くなった。
そうこうしている間に6月も半ばになり、さすがに焦りを感じ始めた。

いろいろとHPで調べてみると、「アマチュア無線の四級試験は小学生でも受かる」
みたいな事が書いてあり、ますます焦る。
かといって参考書を開くとまたまた眠くなる。

この状況を打開すべく、勉強方式を変えることにした。
どこかのHPにも書いてあった《過去問丸暗記方式》をすることに。
もっと早くこのことに気付くべきだった。

そこで購入し直したのが「初級アマチュア無線予想問題集-完全丸暗記 (2005年版)
これなら何とかなりそうだと思ったのもつかの間・・・

(つづく)

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アマチュア無線技士国家試験体験記パート1

2005年07月05日 | Weblog
今をさかのぼること30年ぐらい前、
アマチュア無線というものに憧れた時期があった。
5月ぐらいにブログにも書いたBCLの話題は、
このアマチュア無線から派生してきたものだ。

当時はアマチュア無線がどんなものかとか、まったく考えもせず、
ただ「CQ、CQ、こちらは・・・」のコールサインに憧れを感じていた。
当時ウチにあった100mも離れれば聞こえなくなってしまうようなトランシーバーで、
アマチュア無線ゴッコをして遊んだ記憶がある。

時を経て今、なぜか昔の記憶が蘇って「アマチュア無線の免許が欲しい」と
思うようになってしまった。
いてもたってもおられず、アマチュア無線技士国家試験の申込をしたのが5月。
試験は7月なので、2ヶ月あれば何とかなると思っていた。

アマチュア無線技士(四級)の試験は“法規12問”“無線工学12問”計24問の
4択マークシートで行われる。
“法規”“無線工学”どちらも8問以上正解でないと合格とはならない。
楽勝じゃんとか思いつつ書店で試験のための教科書を購入した。

(つづく)

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新(笑)オーケストラ楽器別人間学

2005年07月02日 | 音楽・楽器
どみさんのところで、「ご当地踏み絵」なるものが紹介されていました。
これって結構笑えるしうなずけるんですよね。

そこでわたくしも、茂木大輔 著「オーケストラ楽器別人間学」のパクリではないですが、
楽器ごとの奏者の特性や考えていることなどを、皆さんにドンドン投稿して頂きながら
ここにまとめて行こうかなと思っております。

ではさっそく私のようなホルン吹きは。(あくまでもアマチュア的・個人的意見です)

・お腹が出ていることは、ホルン吹きとしてのステータスだと思っている。
・演奏も終盤にさしかかってくると、目先のソロよりも打ち上げのことで頭が一杯になってくる。
・金管楽器の中で一番難しい楽器としてギネスブックに載っていることが自慢である。
・ブレインの真似をしたくて、ホームセンターでゴムホースとジョウゴを買ったことがある。
・アトリエハーローで手作りナチュラルホルンを作ったことがある。
・メロフォンを本気で本物のホルンだと思いこんでいた時期がある。
・後打ちならオレに任せろと思っている。
・inFの楽譜がつまらなく感じる時がある。
・かといって曲の途中でいきなりinHとかになっては欲しくない。
・シューマンが言ってようが言ってまいが「ホルンはオーケストラの魂だ」と思っている。

オーケストラにかかわらず吹奏楽でもポップスでもジャズでも、楽器奏者のことなら
何でも構いません。皆様からのコメント大募集しております!!

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喜多方ラーメン

2005年07月01日 | グルメ・外食・料理
ラーメンといえば、今では日本全国ご当地ラーメンがブームである。
一昔前までは、札幌ラーメンや博多ラーメンといったぐらいだったと思うのだが…。
そんな昭和の50年代、我が生まれ故郷である福島県喜多方市は、ラーメンの町として有名になってしまった。

まだ地元にいた時分は、ラーメンブームといってもピンと来なかった。
というもの普段からラーメンは身近にあったからだ。
朝からラーメンを食べる時もあったし、三食ともラーメンなんてこともあった。
ちなみに大晦日の年越しそばは、我が家ではラーメンである。

喜多方市のもくろみとしては、本来は「藏の町」として観光のPRとしたかったらしいのだが、ひょんなことからラーメンの方が有名になってしまった。
ひょんな事とは、落語家の林家木久蔵師匠が喜多方のラーメンは美味いと触れ込んだのが始まりとか。(真相は定かではないが、一枚噛んでいるのは確かだ)
そんなこんなでラーメンブームに火が着いてしまったのだ。

おかげで、渋滞知らずの町の中が渋滞することもしばしば。
大型バスがちっちゃなラーメン屋に団体で押し寄せて来たり、人気店には長蛇の列が。
これまで行列作ってまでラーメン食べたこと無かったのでビックリ。
こうなると、にわか喜多方ラーメン店が出現したり、食べる方も必死だが売る方も必死だ。

そんな私も東京へ出てきて、東京のラーメンを食べた時、田舎のラーメンが恋しくなったのは言うまでもなかった。
田舎を離れてはじめて喜多方ラーメンが美味いものなのだと確信したのだ。
今では、とことんラーメンにこだわった店も多いが、やっぱり喜多方ラーメンが好きだな。


喜多方ラーメンが食べたいよ~!!!



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