アバウトなつぶやき

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京(みやこ)のかたな展

2018年11月15日 | かんしょう
 

 すでに先月のことになりますが、京都国立博物館で開催中の「京(みやこ)のかたな」展を観に行ってきました。
 刀剣ブームのおかげでかなり盛り上がっているこの展覧会。
 もともと刀は興味がなかったし鑑賞ポイントもわからないので敬遠していたのですが、開催に当たってニコ生で放送された解説番組がものすごく面白かったので観に行こうかという気になったのです。金属という素材は好きだし、ブームのおかげで銘を耳にすることが増えて、なんか親しみが湧いてましたしね。

 ブームとはいえ一部のマニアぐらいしか行かないだろうからそんなに混んじゃいないだろーと思って足を運んだら、これまたびっくり。すげー混んでます(汗)
 世の中って広いわぁ。好きな人、多いのね。
 最近、美術館へ行くと自分も含めて中年女性がかなりの割合でいるんだけど、今回は明らかに客層が違いました。明らかに若い女性と年配の男性が多い!
 私だってニコ生見てなかったら行ってないだろうしね。

 私は今まで刀を「武器」であると思っていて、強いて言えば拵えの立派な工芸品だと思っていました。だから、鞘などの装飾には興味はあっても、刀身への興味が薄かったのです。
 今回解説を聞いて大変興味を持ったのが、「刀=武器ではない」というものです。
 刀が武器として主流であったことは歴史の上で一度もない、強いて言えば幕末はよく使われたが、戦の場での殺傷能力はそれほど高くはない。飛び道具である投石のほうが武器としては優秀である、と。
 刀は三種の神器に「草薙剣」があるように、権威を示すのに有効なものであり、立派な刀を持っていること自体に意味がある、という見解です。刀にとって切れ味が良いというのは当然の条件であり、それ以上に価値を高めるのはその美しさであるというのです。
 確かにその考え方なら、刀は武器ではなく、美術品でしょう。
 また、刀は歴史が面白いと思いました。
 源平の合戦で草薙剣が失われたため後鳥羽天皇は初めて三種の神器の揃わない状態で即位した天皇になってしまった。そのため、不完全な状態を補おうとして刀への執着が強くなった。自ら鍛冶場へ赴いて刀剣を打つこともあったという。 
 天皇が足を運ぶため、当然、刀鍛冶の地位は高くなる。そういった歴史が日本人が職人へ尊敬の念を抱くに至り、ひいては現代の「ものづくり日本」の礎になった…というのです。
 なんて面白い考え方なんだ。
 そういう視点で刀を見ると、博物的価値に魅力を感じます。

 さて、刀、しかも刀身のみがずらりと並んだ展覧会です。
 刀剣乱舞で知られたものに名刀が多いのはよくわかりますが、それ以外に素晴らしいと思う刀がたくさんありました。
 それぞれに違いがあることを意識して見ると、違いって感じるものですね。
「あ、これイイ。」と思ってキャプションを見たら国宝だったりして、なるほど良いと思うものは素人でもわかるんだなぁと感心しました。
 が、1階に降りるころには私ときたら慣れないもの見たせいか疲れてしまってました。終わったらぐったりしてるなんて、、、私が刀を語る日が来るかは甚だ疑問ですわ。
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