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ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

昭和12年-神事執行に関する通知

2009年09月13日 05時33分58秒 | Weblog
 今年も秋祭りに向けた準備が始まる頃になりました。北播三大祭の一つ、佐保神社(加東市社)の秋祭りは10月10,11日の2日間にわたり行われますが、今から70年余り前の昭和12年(1937)の秋祭りに際して、社町長から神社宮司、区長に対して神事執行に関する通知が出されています。
 同年7月には中国北京郊外で蘆溝橋事件が起きており、その直後の秋祭りとあって、神事執行についてはお祭り騒ぎに終わることなく、日本精神の昂揚、挙国一致国威発揚の場となるよう関係者に呼びかけています。
 通知を紹介します。写真は当時の佐保神社秋祭りに練り出した屋台です。


 社通一第二三五一号ノ一
  昭和十二年九月十七日
               社 町 長
佐保神社々司 殿
各 区 長  殿

    神事ノ執行ニ関スル件

本年度秋季祭典ノ接近ニ伴ヒ例年ノ通リ神事其ノ他ニ関シ御考慮中ノ御事ト存シ候モ本件ニ付上司ヨリノ通帳モ有之祭祀ト密接ナル関係ヲ有スル各社古来ノ慣行ニ依ルモノハ左記ニ留意ノ上之ヲ執行シ益々祭祀ヲ厳修大ニ日本精神ヲ昂揚シテ眞ニ挙国一致国威ノ発揚ニ努ムル様致度候条可燃格別ノ御配慮相煩度此段及通帳候也

    記
一、所謂オ祭騒ギヲ避ケ力メテ冗費ヲ節スルコト
二、氏子中神事ニ奉仕スル為其ノ練習ニ各自ノ業務ヲ放擲シ若ハ軍務公用者ノ遺家族ニ対スル労力扶助ニ欠クル處ヲ生ズルガ如キコトナキコト
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昭和12年-防空のため外灯などにスイッチ

2009年09月12日 06時51分36秒 | Weblog
 昨日は昭和9年に実施された防空演習について紹介しましたが、昭和12年(1937)には、防空体制のさらなる整備のために外灯や門灯などにスイッチ設置などの処置がとられることになっています。そのたことが町長からの通知によってわかります。
 警報によって街の明かりを消して爆撃の目標とならないようにしなければならなかったわけですが、こうして細かいところまで防空体制が整えられていったんですね。


昭和十二年九月十五日
          社 町 長
(防空)
区長殿
   外灯、門灯、軒灯ノ処置ニ関スル件

近時内外ノ情勢ヲ洞察スル時国土防衛上防空ノ必要愈々切ナルモヲ思惟セラルル折柄、防空ニ関シ種々御配慮相煩シ其ノ御労苦ニ対シ御礼申上候
 就而ハ標記屋外灯ノ処置ニ関シ警報発令ノ場合急遽之ヲ消灯スル如ク平素ヨリ準備スル必要有之ニ付当局ニ於テ電気会社ニ交渉ナシタル結果左記実費ニヨリ修復並ニスイッチ備付スルコトニ相成候条一般ニ御伝達ノ上早急処置ヲナス様御奨励相成度此段及通知候也

       記

1.会社負担無料外灯       無料
2.有料ノ外灯門灯軒灯      一個ニ付二十五銭
3.メートル制ニヨル外灯門灯類  会社ト協定価格ヲ決定ノコト

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昭和9年-近畿防空演習

2009年09月11日 04時58分03秒 | Weblog
 昭和9年(1934)7月26日から28日の3日間、近畿防空演習が行われています。その演習に関して、姫路統監部が出した「想定」と「状況」が社町長名で各区長に通知されています(昭和九年四月 雑書綴 社町社区長」)。
 空襲を想定した「防空演習」は如何にも戦前という感じで戦後生まれの私たちには実感がありません。しかし、北朝鮮のミサイル発射の際には、テレビ等で情報は得ることができても、私たちはただそれを知っているだけ、という状況に置かれていたことを思うと、地震などの災害に対する防災訓練とともに軍事的な緊急事態を想定した行動の訓練も必要ではないか、と思います。
 飛来する飛行機は、社警察署(当時は今のみなと銀行社支店の位置にあった)の屋上で監視したようです。写真はその当時の社警察署。


 近畿防空演習 想定  (姫路統監部)

一、某国トノ国交急迫ヲ告ケ近畿地方ハ近ク其ノ空襲ヲ受クルノ虞アルヲ予想シ之ガ防衛ニ関シ諸準備ニ着手セリ
二、七月十八日大阪、京都、金澤及び姫路ニ夫々防衛司令部開設セラル

 近畿防空演習 状況 (七月二十五日公表)

一、某国トノ国交ハ今ヤ樽俎ノ間ニ求メ得ザルニ至レリ
二、各防衛司令官ハ七月二十五日左ノ要旨ノ諭告ヲ発セリ
イ、某国ニ対スル平和工作ハ絶望ノ状態ニ在リ
ロ、近畿地方ハ近ク某軍ノ空襲ヲ予期ス軍民一致死力ヲ竭シテ防空ヲ完ウセントス 官民一致ノ努力ヲ望ム

                 社 町 長
区長 殿
  想定及状況 通知

以上ノ如ク防空演習想定及状況通知致候条各委員及一般ニ伝達相成度
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昭和12年-社の忠魂碑前で招魂祭

2009年09月10日 04時34分28秒 | Weblog
 昭和12年(1937)、9月23日の秋季皇霊祭の日に、在郷軍人会主催の下、忠魂碑前で招魂祭が行われています。現在は「秋分の日」とされ「先祖をうやまい、しのぶ日」とされていますが、戦前は「秋季皇霊祭」という祭日で歴代天皇、皇族の霊を祭る天皇の祭事の日でした。
 この日に軍人の招魂祭が行われていたんですね。社町(現在の加東市立社小学校区域)の忠魂碑は市街地南端の明治館(旧加東郡公会堂)のところにあります。朝のウォーキングで忠魂碑に参拝するのが日課ですが、戦前はこうした祭が行われていたんですね。
 社区長宛の案内を紹介します。


謹啓 秋冷ノ候御高堂愈々御清適ノ候奉賀上候
 堵而来ル九月二十三日秋季皇霊祭当日ヲトシテ午前八時ヨリ例年ノ通リ本町内戦病没軍人ノ招魂祭ヲ本町忠魂碑前ニ於テ挙行致可候条時尚柄萬障御繰合ノ上御参列ノ栄ヲ賜リ度此段御案内申上候   敬具
 
 昭和十二年九月十八日
            社 町 軍 友 会 長   光眞杢太郎
            帝国在郷軍人会社町分会長  上月林太郎

社区長 殿
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食事中-不気味な影絵

2009年09月06日 20時14分11秒 | Weblog
 日中は日差しが強くまだまだ暑さがきびしいのですが、夜には涼風と虫の音で秋の気配の深まりを感じる今日この頃です。
 夜、庭に出た娘が「きゃあ!」と叫び声をあげたのでびっくりして出てみると、視線の先には窓ガラスに浮かびあがった不気味な影がありました。
 食事中のカマキリの姿が何とも不気味な影絵となっていたのです。食べられているのは蝉でした。もう頭部はありません。ジャリジャリという生々しい音も聞こえます。
 夏から秋へ。季節の変わり目に遭遇したちょっと不気味な光景でした。
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昭和8年-社区の評議員会で皇子御降誕奉祝行事を協議

2009年09月06日 04時59分54秒 | Weblog
 昨日紹介した社町社区(現加東市社)の評議員会会議録の中に、昭和8年(1933)の年末の会議で、皇子の誕生を祝う行事についての協議がなされています。皇子とは今上陛下のことで、12月23日にご誕生になっています。
遙拝式、祝賀会が社小学校の校庭で、そして各町内の変装行列が計画されています。審査場所は郵便局北隣となっていますが、今の加東市商工会館の北隣に郵便局があった頃です。賞金も出ているので各町内では工夫したんでしょうね。


昭和八年十二月二十七日
    評議員会

一、開会ノ日時   昭和八年十二月二十七日午後七痔
一、開会ノ場所   西浦倶楽部
一、閉会ノ日時   昭和八年十二月二十七日午後十一痔

出席 ~氏名略~
計二十四名 衛生組合長 吉田一三郎氏モ参与ス
参与員ハ通知シタルモ出席セス
区長 増田政治  副区長 宮野太吉

  会議

一、皇子御降誕奉祝ニ関スル件

一、御命名式当日十二月二十九日午前九時社小学校々庭ニ町民一同集会遙拝式ヲ行フ
二、祝賀会ニ移ル(酒、肴ハ社町役場ニテ準備ス)
三、旗行列ハ社町長ノ指揮ニヨリ行動ス
四、各戸国旗提灯(紅白ノ提灯立使用ノコト)ヲ軒出シ夜ハ提灯ヲ点灯スルコト
五、余興各町ハ変装行列又ハ他ノ催ヲ為シ町内練出ス事
六、団体変装行列ニハ審査ノ結果左ノ賞金ヲ授ク
  但□人ニハ賞品ヲ授ク
 イ 審査時間 二十九日午後七時ヨリ十時迄
 ロ 審査場  郵便局北隣 元上月米屋跡
 ハ 審査員  正副区長
 ニ 賞金
    壱等 金八円  弐等 金五円
    参等 金三円  四等 金二円
    五等 金二円

七、審査ニ対シ絶対異議ヲ申立ツルコトヲ不得
八、各町ヘ酒三升宛ヲ配給ス
   但シ宮ノ前東上野ハ別ニ定ム
九、変装行列又ハ他ノ催シ練出ナキ町ハ金十円ノ罰金ヲ出スコトトス


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昭和8年-社町社の評議員会で町村合併の報告

2009年09月05日 04時56分37秒 | Weblog
 昭和8年(1933)2月18日、社町社区(現在の加東市社)の評議員会が開かれ、加茂村との町村合併の進捗等が町長から報告されています。
 加茂村は社町に隣接する旧滝野町域の村で、当時町村合併協議が相当に進んでいたようです。その時の議事録を紹介します。

昭和八年二月十八日
   評議員会

開会ノ日時   昭和八年二月十八日午後八時
開会ノ場所   西浦倶楽部
閉会ノ日時   昭和八年二月十八日午後十時三十分
出席
参与員  原林平
評議員  ~略~ 計弐拾名
区長 増田政治  副区長 宮野太吉  出納役 神崎壽景

  協議事項

一、町村合併ニ関スル件
議長 予テ御承知ノ事ト存シマスカ社町ト加茂村トノ合併ノ件ハ左記ノ通リ進捗シツツアル旨町長ヨリ報告ガアリマシタ御承知ヲ願マス

町村合併案
一、加茂村役場ヲ廃シ社町役場ニ事務ヲ合併スルコト
二、加茂小学校ヲ廃シ分教場ヲ設置セシムルコト
三、加茂小学校高等科児童ハ社小学校ニ通学セシムルコト
四、分教場ハ尋常四年迄四学級ヲ編成スルコト
五、尋常五、六年ハ社校ヘ通学スルコト
六、分教場ノ裁縫選果教員ハ社校ヨリ兼職セシムルコト
七、加茂公民学校ヲ廃シ社補習学校ニ入学セシムルコト
八、青年訓練所ヲ合併シ一訓練所ヲ設立スルコト
九、各種団体ハ昭和八年度中ニ各団体ニ於テ合同ヲ行ハシムルコト
十、基本財産ハ合併委員会ニ於テ評□算定シ之レヲ合一スルコト
十一、分教場ハ昭和八年度中ニ新築スルコト
   備考 四、五、十一ノ条項ハ未了其他ハ結了
一同ハ此際多少ノ犠牲ヲ払ツテデモ合併ニハ大賛成トノ呼大ナリ
議長 然ラバ合併大賛成ニテ進行スル様努力シマス

~後略~



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昭和17年-新嘗祭でキャラメルの特別配給

2009年09月01日 04時26分33秒 | Weblog
 今日も戦時中の配給について社区(現加東市社)の文書を紹介します。
 大東亜戦争の開戦から約一年が経とうとしている昭和17年(1942)の秋、新嘗祭(戦後は勤労感謝の日)は、新穀の収穫を祝って五穀豊穣を祈る宮中伝統の古いお祭りですが、この新嘗祭にあわせて児童用キャラメルが特別に配給されています。
 新嘗祭では、天皇が御自ら神々とともに新穀を食されるという行事があるが、児童にはキャラメルが配られたわけです。当時の子どもたちにとっては、このキャラメルの甘い味は特別だったのでしょう。


昭和十七年十一月二十日
          社町長  合田常蔵
各区長殿
   
   新穀感謝行事用「キャラメル」特別ノ件

今般新嘗感謝行事(新嘗祭)実施セラルルニ際シ之ガ趣旨ノ徹底ヲ期スルタメ政府ニ於テハ数年二才以上十三才迠ノ児童ニ対シ「キャラメル」一個当特配セラルル事ニ相成候就ハ別紙ノ通リ割当購入券送附候条貴該当者ニ交付シ残余アル場合ハ適当ニ配布セラレ度販売日痔及指定店ハ記入通御了知相成度其ノ後ハ無効トス
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