烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

意識の探求1

2006-09-05 23:46:00 | 本:自然科学

 『意識の探求 神経科学からのアプローチ』(クリストフ・コッホ著、土屋尚嗣・金井良太訳、岩波書店刊)の上巻を読み始めた。

 『脳と無意識』とは違い、今度は「意識」がどのようにして生成するのかという問題にアプローチしていく本であり、実験的事実をこれでもかと積み上げながらこの問題に肉薄していく姿勢は読みながら迫力を感じる。序文の冒頭に引用しているワインバーグの言葉のように、脳というこの高度に複雑な組織が対象である場合には、「何が正しい問いか初めからわかっているわけではない」。著者は意識と相関しているニューロン(NCC;neuronal correlates of consciousness)を明らかにしようと、作業仮説に基づき探求を進めていく。その作業を進めていくにあたり、NCCは「特定の意識的知覚をもたらすのに十分かつ、最小のニューロン集団」であるとしている。これと正反対にある仮説が、すべてのニューロンが大なり小なりNCCに関与しているという「全体説」である。実証を進めていく上で、前者の方が検証しやすいという方法論的立場を採用している。

 たった四つの塩基の配列から遺伝情報が構成されているということが明らかにされる前には、遺伝という現象は生気論的解釈が支配的であった。これと同様なことが脳という巨大な構造物の解明にあたっても起こっているように思われる。脳とは数千億個のニューロンの相互作用から生まれる部分の総和以上の生命活動がその本質であり、局在的なアプローチでは解明できないとする立場である。それを支持する人たちは部分の総和が生み出す創発的現象こそが脳機能の本質だとする。ベルグソン的な生命論といえるが、著者はこの立場の対極に位置するといえる。

 研究を進める立場からすれば、著者のとる方法論の方が明らかに生産的だろう。全体こそが大事であるという見解は、総論的に正しくともそれ以上の解明を拒絶してしまう性質をもっている。著者はNCCを担うニューロンの特異性を明らかにしようとして、視覚野において研究を進めていく。この論述はかなり専門的で神経組織についての予備知識がないと通読には難渋するだろう。ともかく、構成要素の「特異性」を明らかにすることで、システムの解明を進めていくという立場は、かつて免疫系システムの解明において抗体のもつ特異性を手がかりに研究が進められていった経緯を連想させ、このアプローチがいつかは脳全体の仕組みを明らかにするのではないかという期待を抱かせるのに十分である。

 ということで、今日は第八章まで読了。