乱交の生物学

 『乱交の生物学』(ティム・バークヘッド著、小田亮・松本晶子訳、新思索社刊)を読む。表題にある「乱交」はpromiscuityの訳として採用されている。通常「乱婚」という訳であるが、動物は結婚制度がないので「乱交」としたと訳者あとがきにあった。確かに雄性と雌性のつがい方について数という関係で見れば、一対一、多対一、一対多、多対多の四通りあるから、これらを総括していうなら乱交となろう。でも動物に結婚制度はないのは当然だが、人間でいう乱交もないと思う(生殖としてではなく社会的関係のためにセックスをするのはヒトとボノボくらいだろう)。訳者としても悩んだのではないだろうか。副題が精子競争と性的葛藤の進化史であり、こちらがより正確に本書の内容を表している。

 男性と女性が恋愛してお互いいに仲睦まじく協力しあって子供を作るという「家族観」は、人間社会で理想とされている(ビクトリア朝の頃に淵源するのであろうか)。こういう観点が「常識的な」大人の見方とされているのは、人間社会にとっては好ましいことであろう。しかし生物一般に視点を拡げると事実ではない(端的にいうと嘘、虚構である)。人は、しかしながら自分の見方で他者を見るから、動物も当然一夫一妻であろうとされてきた。この見方(ジェンダー観)の訂正から生殖に関する進化生物学は始まったと言ってよい。
 雄はとにかく自分の遺伝子をなるべく多くの卵子に受精させ、子孫を残すことを優先させる。それだけではなく、投資する資源を最小限にするようにしてという条件がつく。すなわち可能な限り雌の面倒はみることなくということだ。雄の方が研究対象にしやすかったこと(に加えて男性の研究者が多かったこと)から、雄の生殖戦略のほうが早くから明らかにされてきた。広範な種について研究されている鳥類では、(鴛鴦夫婦というような)仲睦まじいつがい関係どころか、雌はしばしばつがい以外の雄と性交していることが明らかにされている。
 雌についても雄の言いなりにはなっていない。卵子という高価な(生物学的に大きな投資が必要なという意味で)、しかも精子と違って数限りある遺伝子格納装置を有意義に使うため、できるだけ優秀な雄を選択するように進化する。雄と雌は互いに戦略の限りを尽くして競争している関係なのだということは、本書の一つの重要なメッセージである。

 本書では、ハエから霊長類に至るまでのさまざまな生殖にまつわる進化戦略を紹介している。精子競争があるのは確かだが、本書で述べられているような卵子による精子選択というのはどのくらい確実なことなのだろうか。このあたりはどのくらいまで研究が進んでいるのか寡聞にして知らない。性交を許すときには外見やディスプレイなどで選択をするというのは分かりやすいが、その雄の精子を卵子が選択するという場合、その形質と個々の精子が示す形質とは必ずしも関連していないだろうから明確に存在するというのはかなり難しいように思われる。
 どのレベルでどれくらいの選択が働いているのか種によってもさまざまであろうが、雌による性選択は雄にとってはかなり強力な淘汰圧になるのは確実だろう。ヒトの社会でも身長が170cm以上の男性としか結婚しないという選択がかかれば、相手の女性の身長が低くとも男性の身長はおそらく世代ごとにみるとかなり早く伸びるだろうな。

 本書では雄の生殖器、すなわちペニスが非常にバラエティに富むことが紹介されている。鳥類は一般にペニスをもっていないことや、ある鳥は偽陰茎を有していることが最初に紹介されたあと、ペニスのデザインには基本形が三種類あることが説明されている。ヒトのような陰茎海綿体タイプはあくまでその一つなのだ。このあたりを読むとなんとなく謙虚になるのが不思議だ。その他ペニスを複数有しているものあるどころか、ヒラムシなどは何十個ももっていること、ナメクジは体長の何倍ものペニスをもっていることが書かれている。これを読むとさらに謙虚になる。とにかくペニスという構造が進化的にみてさまざまにデザインされ、それなりに工夫を凝らして形づくられてきたことは生物学的にみても非常に興味深い。
 それにしてもなぜ雄と雌があるのかというのは、実に不思議なことである。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
面白かったデス (かわうそ亭)
2006-10-02 21:47:15
ごぶさたしています。

この本、なかなか面白かったです。仲良しのパートナー同士であってもオスとメスは進化のなかでは支配権をめぐって闘争状態にある、ト。

我が家のテキがなぜかくもワタクシに敵対的であるのか。生物学的に正しく理解できました。(笑)
 
 
 
愛は相争いて (烏有亭)
2006-10-02 22:16:33
お久しぶりです。ご高覧ありがとうございます。愛の進化論的真実を認識することは、謙虚さの母なんでしょうか。しかしこういう真理は愛する前には知らないほうが幸せかも知れません。
 
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