烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

昆虫-驚異の微小脳

2007-03-03 11:21:05 | 本:自然科学
 『昆虫-驚異の微小脳』(水波誠著、中公新書)を読む。哺乳類とは異なる進化戦略を選択し、繁栄している節足動物の神経機構について書いた本で、新書ながらかなり専門的に詳しく書かれてある。
 神経系は内分泌系とともに生物の情報伝達系の柱である。神経系の基本設計は、哺乳類も昆虫も同様だが外界の情報を自らの生存・繁殖のためにどう選択して利用するかというコンセプトがそれぞれ異なっており、哺乳類の脳は、「巨大脳」であるのに対して、昆虫は「微小脳」であるとして、後者の驚異的にハイスペックな処理回路を解説している。
 コンピューターを買うときに、小さければ処理能力も劣っているだろうとついつい考えてしまうのであるが、大切なのはそのコンピューターで何をするかなのである。生物の脳もそのとおりで、微小な脳ながらどのようなことに使うかで、我々人間よりも遥かに優れたことができる。何よりもその処理速度の速さがある。
 最初の部分で昆虫の複眼について書かれている。昆虫の複眼は、空間解像度は劣るものの、時間分解能が高い。もし私たちがこんな目を持っていたら剛速球のボールも簡単に打ち返すことができるだろうから、野球というゲームは生まれなかったかもしれないなどと想像してしまう。外骨格という身体デザインを最初に採用してしまったために体を一定以上大きくすることができなくなってしまった制約を課せられながら、ここまで精巧に「作り込める」というのはまさに驚きである。複眼についで単眼の機能について解説してあり、空間解像度を犠牲にして明暗に対する感度を上げた単眼が、昆虫の飛翔にどのように役立っているかという部分は、精巧な「飛行機械」のメカニズムを読んでいるような錯覚に陥る。
 生物の繁殖のr戦略とK戦略という二つの戦略のそれぞれ対応して装備された情報処理回路が、それぞれ微小脳と巨大脳であったという指摘は正しいと思うし、それぞれの頂点に起つ神経回路の特性の解明は、お互いの研究に益するところが大いにあると考えられる。
 K戦略をとった我々は、大きな脳を持つことになり、そこに膨大な記憶を詰め込むことが可能になった。短命な昆虫にはそんな膨大な記憶は不要だ。人間の寿命はどんどん延びているが、脳の容量には限界があるからそこに一定期間保持できる記憶も限界があるに違いない。我々は外部記憶装置というものを作り出したが、それでも老化による記憶の減退による機能の低下は避けられない。そのときどきに過不足のない適切な記憶というものがあるのだろうか。
 そして脳については大は必ずしも小を兼ねないということになると、当然我々の認識には限界があるということである。