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弁護士。中央大学法学部兼任講師。1968年生まれ。著作権等の知的財産権、IT関係はとりわけ強い。これまで、中古ゲーム差止訴訟、「mp3.co.jp」ドメイン名訴訟、対WinMXユーザー発信者情報開示請求訴訟などで勝利を収め、ファイルローグ事件では、高裁での逆転勝利をねらう。主な著書として『著作権法コンメンタール』(編著:東京布井出版)、『インターネットの法務と税務』(共著:新日本法規)などがある。
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小倉秀夫の「IT法のTop Front」
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 fpop氏等は、人権擁護法案が原案通り可決成立することによって、部落解放同盟が悪意を持つか、あるいは暴走する恐れが増ので賛成できない」との複数のコメント投稿者による懸念が杞憂であるかどうか、杞憂であるとしたらその根拠を尋ねており、この質問を「核心を突いている設問」とすることに他のコメント投稿者から特段の反対もなかったので、次の通りお答えすることとします。

 まず、この法案が部落解放同盟により悪用される可能性について考えてみましょう。
 
 人権擁護法案が原案通り成立した場合、人権委員(長)、事務局の職員、人権擁護委員、人権調整委員が担い手として現れることになります。
 このうち、人権擁護委員および人権調整委員については、「職務上の義務違反その他人権調整委員たるに適しない非行があると認められるとき。」は人権委員会がこれを解嘱・解任できるものとされています(第31条第1項第2号、第49条第1項第2号)。事務局の職員については、「事務局の職員のうちには、弁護士となる資格を有する者を加えなければならない」(第15条第2項)とありますのみです。この点に関しては、平成14年11月7日付けの参議院法務委員会において吉戒修一法務省人権擁護局長は、「人権侵害事件の調査に当たる事務局の職員につきましては、これはこれまでの実績あるいはノウハウの蓄積等の観点から、法務局、地方法務局の職員をその主たる供給源とせざるを得ませんけれども、これらの職員も、委員御案内のとおり、矯正・入管部門の業務に携わった者ではございませんで、その影響を受けるおそれはございません。」としており、その解任等は国家公務員法の定めるところに従うことになります。
 したがって、人権委員会さえ「暴走」しなければ、人権擁護法案は悪用を避けることができるということができます。

 人権委員会の意思決定過程ですが、人権委員会の「会議は、委員長が招集する」ものとされ、「委員長及び二人以上の委員の出席がなければ、会議を開き、議決をすることができ」ず、「人権委員会の議事は、出席者の過半数でこれを決し、可否同数のときは、委員長の決するところによる」とされています(第14条)。したがって、人権委員の1人が「暴走」したとしても、人権委員会としては「人権擁護法」を悪用・濫用することができないようになっています。

 また、人権委員については、「人権委員会により、……職務上の義務違反その他委員長若しくは委員たるに適しない非行があると認められたとき」には、「内閣総理大臣は、……その委員長又は委員を罷免しなければならない」と規定されています(第12条、第13条)。したがって、「人権擁護法」を悪用した委員が罷免されないためには、人権委員会においてその委員について、「職務上の義務違反その他委員長若しくは委員たるに適しない非行がある」との認定を行わせないようにする必要があります。

 「職務上の義務違反その他委員長若しくは委員たるに適しない非行がある」との認定は、人権委員長が招集する会議において、委員長および2人以上の委員が出席した場合に、当該委員を除く全員の一致があった場合に、これを行うことができます(第14条第4項)。

 すなわち、人権委員長(1名)、常勤人権委員(1名)、非常勤人権委員(3名)のうち、当該悪用に賛同する人が2名いた場合にはその委員は罷免されない可能性が高いが、1名にとどまる場合は罷免される可能性が高いということができます。

 では、部落解放同盟ないしその支持者から2名が、「人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律又は社会に関する学識経験のあるもの」として、両議院の同意を得て、内閣総理大臣から任命される現実的な可能性があるのかということが問題となります。

 部落解放同盟については、一応まっとうな団体であると一般には考えられており、与野党各党(共産党を除く。)ともある程度の交流がある団体ですから、部落解放同盟出身者を1人が人権委員に任命する可能性が全くないとはいえないでしょう(ただし、「法律又は社会に関する学識経験のあるもの」という要件があるので、当該団体内部でずっと活動されてきた方が選任されるのは難しいのではないかという気はしますが。)。ただ、全体で5人しかいない人権委員のうち2名を部落解放同盟出身者から選任する現実的な可能性があるとは考えられません。

 したがって、人権擁護法案が成立したとしても、これを部落解放同盟が悪用することは難しい(悪用しようとしたとしても、法が予定した枠組み内でこれを制御することが可能である)といえます。

 また、部落解放同盟がこれまで行ってきた「確認・糾弾」との関係で言えば、法務省人権擁護局総務課長による平成元年8月4日付け「『確認・糾弾』についての法務省見解」における「確認・糾弾」の問題点を克服するプロトコルを人権擁護法案は用意しているものということができます。

 まず、人権擁護法案が用意している差別解消プロトコル(調停、仲裁、勧告)はいずれも、「数の威力を背景に」したものではなく、また、対象者に「異議を述べ、事実の存否、内容を争う」余地を与えるものであり、対象者の人権へも十分に配慮したものとなっています。

 また、調停・仲裁はもちろん、勧告を行うにあたっても、聴聞手続きを用意した上で、「被害者集団」以外の者たちが少なくとも過半数を占める人権委員会が、公正・中立に、「不当な差別的言動」があったか否かを判断することになります。差別があったか否かを被害者集団が判断する従前の「確認・糾弾」方式と比べた場合、「何が差別かということの判断を始め、主観的な立場から、恣意的な判断がなされる可能性」は格段に低くなっているということができます。

 また、勧告の内容は、「当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことその他被害の救済又は予防に必要な措置を執るべきこと」に限定されており、「反省文や決意表明書の提出、研修の実施、同和問題企業連絡会等への加入、賛助金等の支払い等々確認・糾弾行為を終結させるための謝罪行為が恣意的に求められ」る可能性はなく、また、万が一そのような勧告がなされたとしても、これに応じる必要はありません(強制力はありません。)。

 また、「人権侵害」の定義が不明確であるとの点ですが、法律等の条文を起草する際にそこで用いられる言葉全てに定義規定を設けようとすると非常に条文が煩雑になりますし、定義規定に用いられている言葉についてさらに定義規定を置かなければならないということになると際限がなくなりますので、社会的におよそのコンセンサスが得られている用語を社会的にコンセンサスが得られている状態で用いるような場合にはことさら定義規定を設けないのは非常にありふれたパターンです。そして、「人権」ないし「基本的人権」という用語は、戦後約60年間使われてきて、およそのコンセンサスも得られているのであり、特に定義規定をおこなければその範囲が全く不明確となりいくらでも恣意的に解釈できるというものではないといえます(現行の「人権擁護委員法」や「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」だって、「人権」や「人権侵犯」という用語について特段の定義規定を置いていませんが、だからといって恣意的に拡大解釈をされているわけではありません。)。この点については、平成14年11月7日付けの参議院法務委員会における浜四津敏子議員の
人権擁護法案における人権とは何かということにつきましては、この第二条一項の定義の中にも、「「人権侵害」とは、不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為をいう。」とだけ規定されておりまして、差別、虐待が例示として示されておりますけれども、人権の定義そのものはなされておりません。
 世界人権宣言、また日本国憲法にも具体的な基本的人権についての規定がいろいろありますけれども、その規定のほかにも、例えば環境権あるいは人格権といった新しい人権なども議論されてきているところでございます。また、刑務所や拘置所などや、あるいは入管施設などにおける公権力による人権侵害からいじめや家庭内暴力、差別、虐待など民間における人権侵害まで多様にわたっております。本法案において救済の対象となる人権というものをどのようなものととらえているのか、法務省にお伺いいたします。

との質問に対し、吉戒修一氏が、
人権とは一般に、人はその固有の尊厳に基づき当然に有する権利、言い換えますと各人に生まれながらに備わる権利を言い、これ実定法的に申し上げますと、憲法により保障された権利、自由というものがその中核になるというふうに考えております。
 確かに、今、委員御指摘のとおり、人権は歴史的、沿革的には国家を始めとする公権力からの不当な侵害を抑制する原理として発展してきたものでございますので、基本的人権を保障する憲法の規定の多くも直接的には公権力との関係を規律するものと解されているところは御案内のとおりでございます。しかし、今日におきましては、公権力による人権侵害のみならず、差別、虐待に見られますように、私人間における人権侵害の問題も極めて深刻な社会問題となっておりまして、私人による人権侵害の被害者の人権を擁護することも重要な国の課題であると、こういうふうな認識から、本法案では私人間におきます人権侵害についても救済の対象にいたしたところでございます。
と答弁しているところが参考になります。

 また、「人権擁護委員に、人権委員と同様の「在任中、政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をしてはならない」「職務上知ることができた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする」という規定がない」との点ですが、現行の人権擁護委員法には「人権擁護委員には、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)は、適用されない。」との規定がありますが(第5条)、人権擁護法案上の人権擁護委員についてはこれに相当する規定がありません。したがって、人権擁護法案上の人権擁護委員については、特に積極的な政治活動を容認する旨の規定等がない以上、国家公務員法第102条の政治活動の禁止
1 職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
2  職員は、公選による公職の候補者となることができない。
3  職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。
という規定や、同法第100条の秘密を守る義務に関する規定
職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする
の適用があるものと思われます。
 また、第28条により、人権擁護委員が「当該行為に関する説示、人権尊重の理念に関する啓発その他の指導をすること」(第41条)などの、「人権侵害に関する調査及び人権侵害による被害の救済又は予防を図るための活動を行う」と定められているとの点ですが、人権侵害に関する調査及び人権侵害による被害の救済又は予防を図るための活動」は「第39条及び第41条の定めるところにより」、すなわち、人権委員会が、「人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認め」、人権擁護委員に調査活動や被害の救済・予防を図るための措置を講じさせることができるのであって、人権擁護委員が独断でこれらの行為を行うことはできません。そして、人権委員会における意思決定が、出席委員の多数決でなされることはすでに述べたとおりです。

 また、「第44条により、行政機関の職員や学校関係者が差別的言動を理由に特別調査および処分の対象となりうること。その処分を正当な理由なく受け入れなければ、第88条により罰金に処されること」との点ですが、まず、人権擁護法案第88条は処分を受け入れなかったときに罰金刑に処する旨の規定ではありません。さらにいえば、第44条は、差別的言動に関しては行政機関の職員や学校関係者について何らの特別扱いをしていません。そして、行政機関の職員や学校関係者による差別的言動について特別調査や処分の対象から除外する正当な理由はないのであり、これらの者による差別的言動を特別調査および処分の対象に含めることについて、特別の意味を見いだすことはできません。

 また、「第45条により、「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する者としての立場において人種等を理由としてする不当な差別的取扱い」が「特別人権侵害」と定められており、行政機関の職員や学校関係者が差別的取り扱いを理由に第60条の勧告および公表の対象となりうること」とありますが、「人種等を理由としてする不当な差別的取扱い」に関しては「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する者」を特別扱いする規定は置かれていません。そして、行政機関の職員による人種等を理由とした不当な差別的取扱いを特別調査や処分の対象から除外する正当な理由はないのであり、これらの者による差別的取扱いを特別調査および処分の対象に含めることについて、特別の意味を見いだすことはできません。

 以上の理由から、仮に部落解放同盟関係者が1名程度人権委員に任命されたとしても人権擁護委員に多数の関係者が送り込まれる可能性は低いといえます。また、部落解放同盟関係者が一旦人権委員に任命されたとしても、その者が権限を濫用し法律の規定に反した処分を繰り返した場合には、罷免される可能性が十分にあるといえます。また、人権委員は、「人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律又は社会に関する学識経験のあるもののうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する」者ですから、部落問題の専門家ではなくとも、それが第3条各項各号において定める人権侵害にあたるかどうかを判断することは十分に可能であり、したがって、部落問題に関してであれ、不当に解同寄りの解釈に基づいて処理され続ける可能性は低いと考えられます。そして、「人権」という用語は長い歴史的な積み重ねの中でおよその社会的なコンセンサスが得られている言葉なので、恣意的に運用される可能性は低いということができます(人権委員会は所詮「勧告およびその公表」までしかできないので、恣意的な運用に対する批判を封殺できません。)。また、人権擁護委員については国家公務員法の適用があるため、守秘義務や政治運動の禁止義務が課せられているということができ、それゆえ、職務で得た情報を漏らすことは処罰を覚悟しなければできないということになります。また、行政機関の職員や学校関係者が「差別的言動」や「差別的取扱い」をしたのであれば、特別調査や処分、勧告および公表の対象となる可能性がありますが、これは法の目的に合致することであるといえます。そして、それらの処分等は人権委員会において、出席委員の過半数の賛成が得られないとなしえないことであり、部落解放同盟関係者が1名程度人権委員に任命された程度では「暴走」することはできず、委員長を含めても5人しか任命されない人権委員に部落解放同盟関係者が複数任命される可能性は実際にはほぼ皆無であるといえます。

 なお、fpop氏が考察の傍証として掲げている「確認・糾弾への介入」問題については、今回の人権擁護法案は、「確認・糾弾」によらない実効的な差別解消プロトコルを公的に用意し「確認・糾弾」を行わなくとも済むようにしているのみで、「確認・糾弾」についてはこれに公的機関が介入できるようにするという規定も、逆に介入できないようにするという規定も元々置いていないのですから、この点が争点からはずれるのは当然といえます。

 また、「現行法においても、人権擁護委員会が証拠不十分かつ平等という視点からすれば差別解消とは言えない勧告を行っていること」としてfpop氏は、http://kenheiwa.blog.ocn.ne.jp/active/1.pdfを例示しますが、この書面でいうところの「人権擁護委員会」とは新潟弁護士会内部の委員会としての人権擁護委員会であり、国法上の人権擁護委員とは全く関係のないものです(現行の人権擁護委員法も、人権擁護法案も、「人権擁護委員会」という組織を予定していません。)。

【追記】
 人権擁護法案における勧告内容の公表が「制裁的公表」にあたるのかという質問については、あたるのだろうと思います。
 もっとも、制裁的公表については、直接の根拠法規が存在しない場合であってもそのことを理由にこれを直ちに違法とすることはできないとするのが多数説であり、まして、人権擁護法案における「公表」は直接の根拠法規があるわけですから、「制裁的公表」としての性質を帯びるが故に違法だということにはなりません。
 また、人権擁護法案における勧告およびその内容に関して、これに従う義務がないことの確認や公表の差止めを求める訴訟を提起することが可能な場合もあるという見解については過去のエントリーで紹介したところです。
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 ACCS不正アクセス事件について、被告人を懲役8カ月、執行猶予3年(求刑・懲役8カ月)とする有罪判決が今日東京地裁で下されたようです

 判決の詳細が明らかになり次第、これについて論評したいと思います。

 つきましては、判決の内容が詳細に掲載されているサイト等をご存じでしたら、お教えください。

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【追記】
また、古川議員は、
 奇怪なことに、全国にはりめぐらされる2万人規模の「人権擁護委員」の選定過程が不透明なのです。資格要件から、わざわざ国籍条項が除外されていること。また、特定の傾向をもつ団体構成員から選任することとされている点。明らかに法案が何かを想定し、何かの意図をもって作成されている感じなのです。
とも主張します。

 しかし、人権擁護委員の選定過程についていえば、第22条第2項ないし第7項、並びに第23条に規定があります。

 すなわち、
  1. 市町村長は、当該市町村議会の意見を聴いて、候補者を推薦

  2. 人権委員会は、地元の弁護士会および都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて委嘱

  3. ただし、候補者の中に適任者がいなければ、人権委員会は市町村長に対して他の候補者を推薦するように要求することが可能

  4. 市町村長がさらなる推薦を行わなければ、人権委員会は地元の弁護士会および都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて委嘱

  5. 市町村長から推薦を受けた者以外にも適任者がいる場合、人権委員会は、市町村長および地元の弁護士会および都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて委嘱可能



というふうに選定過程は明示されています。私は、他の各種委員の選定過程と比べて人権擁護委員の選定過程が特に不透明だとは思わないのですが、古川議員がどの程度の透明性を要求されているのか、同程度の透明性を実現している他の具体的な立法例を例示していただけると、比較検討ができるのではないかと思います。

 人権擁護委員を委託されうる者の要件ですが、
  1. 当該市町村の住民で、人格が高潔であって人権に関して高い識見を有する者

  2. 弁護士会その他人権の擁護を目的とし、又はこれを支持する団体の構成員


の何れかを満たしていることが必要であり、かつ何れかを満たしていれば足ります。

 なお、「人格が高潔」である人物の中から登用することを要求する立法例はすでにあります。たとえば、
国家公務員法第5条第1項
人事官は、人格が高潔で、民主的な統治組織と成績本位の原則による能率的な事務の処理に理解があり、且つ、人事行政に関し識見を有する年齢三十五年以上の者の中から両議院の同意を経て、内閣が、これを任命する。

地方自治法
第182条第1項
 選挙管理委員は、選挙権を有する者で、人格が高潔で、政治及び選挙に関し公正な識見を有するもののうちから、普通地方公共団体の議会においてこれを選挙する。

第196条第1項
 監査委員は、普通地方公共団体の長が、議会の同意を得て、人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者(以下本款において「識見を有する者」という。)及び議員のうちから、これを選任する。この場合において、議員のうちから選任する監査委員の数は、監査委員の定数が四人のときは二人又は一人、三人以内のときは一人とするものとする。

建築業法第25条の2第2項(建設工事紛争審査会委員に関する規定)
 委員は、人格が高潔で識見の高い者のうちから、中央審査会にあつては国土交通大臣が、都道府県審査会にあつては都道府県知事が任命する。

公害紛争処理法第16条(都道府県公害審査会の委員に関する規定)
 委員は、人格が高潔で識見の高い者のうちから、都道府県知事が、議会の同意を得て、任命する。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律第4条(教育委員会の委員に関する規定)
 委員は、当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化(以下単に「教育」という。)に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。

暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律第38条第2項
 審査専門委員は、人格が高潔であって、指定暴力団等の指定に関し公正な判断をすることができ、かつ、法律又は社会に関する学識経験を有する者のうちから、国家公安委員会が任命する。

社会福祉法第83条
 都道府県の区域内において、福祉サービス利用援助事業の適正な運営を確保するとともに、福祉サービスに関する利用者等からの苦情を適切に解決するため、都道府県社会福祉協議会に、人格が高潔であつて、社会福祉に関する識見を有し、かつ、社会福祉、法律又は医療に関し学識経験を有する者で構成される運営適正化委員会を置くものとする。

などです。「人格が高潔」であることと「識見が高い」または「識見を有する」こととペアで要求している立法例が多いようです。
 このように、「人格が高潔」であることや「識見が高い」ことを資格要件とする立法例は古くよりあり、運用としても定着しているので、実体面でも不透明性は特に高いわけではないといえそうです。

 また、資格要件から、わざわざ国籍条項が除外されていることについては、

平成14年11月12日の参議院法務委員会において、人権擁護推進審議会の塩野宏会長は、
 審議会は、この制度発足の基本的な理念を再認識するとともに、人権問題が複雑化し、新たな人権課題が生起している今日に適合するよう現行法を改めて、人権擁護委員に外国人を選任することができるようにすることなど、適任者確保の方策、災害補償について国家公務員と同等にすることなどの人権擁護委員の待遇改善方策を提言いたしました。
 この点について法案は、第三章におきまして、人権擁護委員は人権委員会に置くということを定めるとともに、答申の趣旨に沿って所要の規定を置いていると認識しております。
と答えています。

では、人権擁護推進審議会での議論を見てみると、次のような議論がなされています。

人権擁護推進審議会第70回会議議事要旨
○ 日本では,公権力の行使又は公の意思形成に関与することについては外国人に関与させるべきではなく,そこだけは区別する必要があるというのが現在の最大公約数だと思う。人権擁護委員の場合にも,人権の擁護という点からいえば,国民と外国人を区別する必要はないとも思われるが,調査について強制権を行使する場合に,やはり公権力の行使ということが一つの支障になってくるのだろう。しかし,人権擁護委員について,余り公権力の行使,公の意思形成ということを広く考える必要はないのではないだろうか。狭いところで外国人だけということでは支障があると思うが,複数任用されていて,特に都会などで在日外国人が多く,外国人への人権侵害が起こりそうなところについては入れておいていいのではないだろうか。余り公権力の行使ということから任用について外国人を排除する必要はないのではないかと思う。
○ 人権擁護委員に外国人の方がなっていただく道をぜひ開いてほしい。それはやはり日本の人権擁護委員制度そのものを風通し良くして,21世紀にフィットするだろうと思う。また,全国人権擁護委員連合会や協議会の中に適格な外国の方が座っていただくことによって組織自体が変わっていくようにも思う。
○ 人権救済制度の在り方についての答申でも,人種による差別は対象にしている。そういう人権機関が国籍条項を入れるのはちょっと恥ずかしい感じがするので,やはり門戸は広げるべきだと思う。ただし,人権擁護委員になるのがいいかどうかは別問題で,例えばアドバイザーシステムで外から援助するというやり方もあるし,多面的に考えるべきだと思うが,この法律の中に国籍条項を入れる必要はないという感じはする。
○ 外国人の方に人権擁護委員になっていただくのがいいか,あるいは外国人の方にいろいろな形で意見を聞いて,それをいろいろな施策に反映していくという方法もあると思う。どういう方法をとるかということは,ほかの諸制度や法律との関係もあるだろうし,いろいろ総合的に判断することも必要だと思う。
○ まず,いわゆる永住外国人に対してどういう配慮をしていくのかという問題があると思う。もう一つは,外国から渡航してきてまだ少ししか日本にいない人たちに生起するいろいろな人権問題について,日本人である人権擁護委員だけで対処していけるか問題があると思う。
  外国人を人権擁護委員にするかどうかという制度を考えたときに二つ考え方があり,一つは,現行法的なものを維持しつつその周辺に加えていき,将来の改正も視野に入れるという考え方で,もう一つは,外国人もなれる形にして運用で絞っていくという考え方があるだろう。少し慎重に考えて,現行法を引き継いでいく方向を選ぶのか,それとも少しそこを変えることができるのかということを考えてもいいのではないか。
  人権問題というのは,見方によって非常に変わる問題であるので,いろいろな考えの人が問題を議論し得るような制度にしておくことは非常に大切なことだと思う。
○ これだけ日本が国際化されて,外国の方が相当増えている中で,その部分のケアをしないということは許されないのではないか。
  しかし,人権擁護委員に外国の方をすぐ任命してやってもらうことはなかなか難しいのではないかと思う。どういう方がふさわしいかということも含めて,やはりもう少し時間的に検討する必要があると思う。例えば外国人の人口の比率が高いところには何人というような形でアドバイザーとして参画してもらって知恵を借りる。日本人と外国人の間にいろいろないさかいが起こる中で,彼らの考え方というものも参考にさせていただき,3年とか5年とかやってもらった上で,その後正式に委員に任命するかどうか考え直すという2段階の方法でいけばいいのではないか。外国人を全然関与させないということは,これからの日本の国際的な地位からすればやはり具合が悪いのではないかと思う。
○ 外国人といっても非常に多様で,永住で税金を納めてきちんとしている人もいれば不法入国の人もいる。そのように多様だけれども,日本国民全体から見ればまだ例外的だと思う。だから,まず原則論をやって,例外はもう少し慎重に,弾力的に考え,すぐ人権擁護委員にするのではなく,外国人が救済の対象になったときにアドバイザーとして適当な人がいれば参加してもらうとか,そういう例外措置で対応した方がいいのではないかと思う。
○ 強制調査となると公権力にかかわり,相当議論しなければいけないと思うが,人権啓発というような機能に関してであれば,外国人だからといって否定する積極的な理由というのは何もない。結局は人権擁護委員全体の構成をどうするかという問題になってくるかもしれないが,少なくともそういう部分については原則として認めるという考え方がいいのではないかと思う。


人権擁護推進審議会第72回会議議事要旨
○ 外国人の選任について,例えば在日韓国人や朝鮮人がたくさん住んでいるところなどを考えると,やはり入ってきていただくことが望ましいのではないかと思う。人口の中でとか,いろいろ問題が起きている実態を考慮して入っていただくというのが良いのではないか。
○ 外国人の中から選任できるかどうかという趣旨について,外国人だからといって排除する理由はないという,どちらかというと消極的な理由なのか,それとも更に進んで,外国人の方というのは人権侵害が起きやすい状況にあるので,そういった観点からアンテナ機能というような面で入っていただくとより良いという御趣旨まで含んでいるのか。
○ 国籍を理由に外国人を排除すべき分野とそうでない分野というものに余りこだわる必要はないのではないか。憲法上の議論はそれとして,少なくとも排除しないというのは,やはりそういう人権が侵されやすい人の要望なりが反映するチャネルを人権擁護委員制度としては閉ざしてはいけないということではないかと思う。
○ 2号答申の「はじめに」の冒頭で,「人権の分野においても先進的な立場を占め,国際社会の中で名誉ある地位を得ることができよう」とうたった答申を出しているので,やはり外国人を拒まない,あるいは外国の人が人権擁護委員になっていただくことが望ましいぐらいの,そういうニュアンスで,書ける範囲で担保しておいてほしいと思う。
○ ボランタリーな発意を基本とした啓発と相談,迅速な対応をこの人権擁護委員の基礎的な仕事と考えるならば,外国人の方がかかわっていただける余地はあると思う。その先,調査権限とか調停,あっせんの判断というところに及ぶと,法律的な,ほかの制度との整合性などが問題になってくるおそれはある。やはり,問題の所在をはっきりとつかんで,適切な啓発,予防をするという観点からも,外国人の方の参加やチャンネルを開くという方向性は,大事なポイントだと思う。 ちなみに,自治体の中には,外国人の方が住民として非常に多いので,円卓会議方式などを通じ提案を頂くような外国人参加型の仕組みをつくって,住民として尊重して公共団体としての適切なサービスをやっている例もあるので,窓を開け,責任をとっていただくような場所を用意するという方向でいかがかと思う。


 これを受けて、人権擁護推進審議会は、「人権擁護委員制度の改革について(諮問第2号に対する追加答申)」の中で、
○  我が国に定住する外国人が増加していることなどを踏まえ,市町村の実情に応じ, 外国人の中からも適任者を人権擁護委員に選任することを可能とする方策を検討すべきである。
という答申を行い、この答申に即して法案が作成されたというのが、「資格要件から、わざわざ国籍条項が除外され」た経緯ということができます。

 人権擁護委員の職務が
 一 人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発活動を行うこと。

 二 民間における人権擁護運動の推進に努めること。

 三 人権に関する相談に応ずること。

 四 人権侵害に関する情報を収集し、人権委員会に報告すること。

 五 第三十九条及び第四十一条の定めるところにより、人権侵害に関する調査及び人権侵害による被害の救済又は予防を図るための活動を行うこと。

 六 その他人権の擁護に努めること。
程度のものであって、「公権力の行使、又は国家意志の形成への参画にたずさわる」ものではないこと、人権擁護法案による救済が予定されている人権侵害の被害者の一類型として想定されている「外国人」からの「人権に関する相談に応」じたりするのには外国人の方が適任である場合が少なくないことが予想されることを考えた場合、日本国籍を有することを人権擁護委員の資格要件としないことには合理性があるように思います。

 最後に、「特定の傾向をもつ団体構成員から選任することとされている点」についてですが、「特定の傾向を持つ団体構成員」といっても、ここでいう「特定の傾向」とは「人権の擁護を目的とし、又はこれを支持する」という傾向でしかないわけで、これは人権擁護法案が「人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防並びに人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発に関する措置を講ずることにより、人権の擁護に関する施策を総合的に推進し、もって、人権が尊重される社会の実現に寄与することを目的とする」ものであり、人権擁護委員の主たる職責が「社会奉仕の精神をもって地域社会における人権擁護活動に従事することにより、人権が尊重される社会の実現に貢献すること」にある以上、特に意外なものではないのではないかと思います。

 古川議員は、「明らかに法案が何かを想定し、何かの意図をもって作成されている感じなのです」と主張するのですが、上記の点から、人権擁護法案が「「人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防並びに人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発に関する措置を講ずることにより、人権の擁護に関する施策を総合的に推進し、もって、人権が尊重される社会の実現に寄与すること」以外にどのような意図を感じ取っているのでしょうか。

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 人権擁護法案騒動では、一つ面白い現象が観測されました。

 インターネット等で主に匿名ブロガーなどによって語られているデマを真に受ける国会議員が自民党の側に現れ、内閣提出法案として提出されることが予定されていた法律案が自民党の部会決定を得られず提出が滞るという現象です。

 匿名ネットワーカーが「嘘を嘘と見抜かずに大騒ぎして楽しむ」なんていうのは今更な話ですが、国会議員が「嘘を嘘と見抜けずに、国会議員の名の下にデマを拡布してしまう」というのは、むしろ民主主義にとっては一種の危機なのではないかという気がしてなりません。

 昨年の著作権法改正問題のときに痛感させられたことですが、日本の国会議員のなかにはまともに法律案を読めない方が少なからずおられるようです(それ以前に、自分が推進しまたは反対する法律案の条文すら読んでいない例も少なくないようですね。)。国会議員はいろんなバックグランドから選ばれた方が良いともいえるので、議員自身が読めなくとも良いのですが、少なくとも法律案を普通に読めるスタッフを傍らに置いて、自分の読み方が間違っていないかを確認する必要があるのではないかと思います。

 そのようなまともに法律案を読めていない国会議員の例として、古川禎久衆議院議員をあげてみましょう。古川議員は、自分の公式サイトにおいて、人権擁護法案について次のような見解を述べています。

 仮に、このまま法案が成立してしまったら、どんな社会になるでしょうか。たとえばある政治家が、北朝鮮への経済制裁を主張したとします。北朝鮮系の人たちが「これは将軍様に対する侮辱だ!朝鮮人民への差別だ!」と騒ぎたてると、この政治家は、令状なしに家宅捜索を受け、政治生命をも失ってしまうのです。他の政治家は口を閉ざして信念を発言しなくなり、政治・外交は機能不全となるでしょう。もちろん、ジャーナリストも同様です。まさか、おおげさな…と思われるかもしれませんが、現実にその可能性があります。


 しかし、「北朝鮮へ経済制裁すべきである」という主張は、金正日に対する「その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」(第3条第1項第2号イ)ではないことは明らかです。また、「朝鮮人民」という「不特定多数の者」に対するその人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動は、そもそも今回の人権擁護法案による規制の対象ではありません。

 また、古川議員が言うところの「家宅捜索」とは、第44条第1項第3号の立入調査のことをいっているものと思われますが、ここでいう「立入調査」とは、「当該人権侵害等が現に行われ、又は行われた疑いがあると認める場所に立ち入り、文書その他の物件を検査し、又は関係者に質問すること」をいいます。やることは、第42条第1項第1号ないし第3号に定める人権侵害等(とされる行為)があったか否かを確認することであり、そのために、立ち入る場所は、そのような行為が「現に行われ、又は行われた疑いがあると認める場所」に限られています。
 政治家が「北朝鮮へ経済制裁すべきだ」と主張する場合、その政治家がそのような発言をしたということ自体は立入調査をしなければ確認できないものではないでしょうから、そもそも立入調査をする必要はありません。また、政治家によるこのような発言は通常公の場(たとえば、街頭演説であれば公道等)でなされるものですから、そもそも「立入調査」といってもそんな大げさなものではありません。

 また、仮に「北朝鮮へ経済制裁すべきだ」と主張したことに関して立入調査が行われたとして、それで政治生命を奪われるという理由がわかりません。政治家が「北朝鮮へ経済制裁すべきだ」と主張する以上、その政治家は、北朝鮮への経済制裁を主張する政治家なのだということが広く知られることを前提に政治活動をしているわけですから、上記点に関して立入調査を受けたというニュースが流れたところで、その政治的な評価に致命的な打撃を受けるとは考えられません。

 ということで、古川議員の上記懸念は、現実的な実現可能性はありませんし、明らかに大げさです。

 また、
 何が差別にあたり人権侵害と認定されるのか。それは受け手の主観によって大いに左右されることです。何の気なしに描いた絵を、たまたま観た人が「これは侮辱であり、差別だ!」と感じるかもしれないし、あるいは意図的にそう言い立てるかもしれません。その結果、この画家はアトリエを立入り調査され、絵を押収されかねません。出頭要請を拒めば罰則も適用されてしまうのです。


 とのことですが、これも法案を読んだ上での危惧とは思えません。
 
 単に「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせ」ただけでは第44条以下の措置を講じられることはありません。その言動が「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする」侮辱等ものでなければなりませんし、それが不当なものでなければなりません。古川議員は、どのような絵画を想定されているのかよくわかりません。

 また、人権擁護法案は、文書等に関する「押収」については何の規定も置いていません。したがって、人権擁護法案が原案通り可決・成立しても、当該法律に基づいて絵を押収されるということはあり得ません。
 正当な理由なく出頭要請に応じなかった場合に「30万円以下の過料」が課せられるので、「出頭要請を拒めば罰則も適用されてしまう」というのはあながちはずれてはいませんが、「公的な機関が行う出頭要請に応じなくとも何のお咎めもあるべきではない」というのはいかがなものかと思ってしまいます(行政機関が、軽度の強制力を背景に、一定の調査活動を行うことを否定するのならば一貫性が保てますが、すでにそのような法制度は導入済みなので、我が国の行政法規の抜本的な見直しを要することになります。)。

また、古川議員は、
政治家やジャーナリスト、芸術家に限りません。学校の先生であれ労働組合員であれ、何をもって咎められるかわからないとなれば、すべての国民が萎縮した毎日を送ることになります。政治も、哲学も、歴史も、芸術も、いっさい語れない暗黒の社会。「思想・良心・表現の自由」を定める憲法の精神が完全に踏みにじられた社会です。
とも主張されています。しかし、差別的言動に関しては、勧告およびこれに従わない場合の勧告の事実及び公表程度のことしかできません。それが、一般人の健全な判断においても不当な差別的言動にあたるとされるものである場合には恥ずかしい思いをすることはあるかもしれませんが、それはそのような言動を行い、かつ勧告を受けてもその言動をやめないという選択をした以上、自己責任というものです(勧告を受けた際に、これに応じて当該差別的言動をやめれば勧告を受けた旨及びその内容は公表されません。)。他方、一般人の健全な判断においても不当な差別的言動にあたるものではない場合、人権委員がそれを「不当な差別的言動」であると認定して是正勧告を行い、その旨を公表したところで、世間はそれを「不当な差別的言動」とは見なさないわけですから、何らおそれる必要はありません。

 少なくとも、政治家やジャーナリスト、芸術家、学校の先生、労働組合員など、堂々と表現活動を行っている人間にとっては、人権擁護法案が定める差別的言動解消プロトコルの課程で、自己の言動が「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」であって「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」にあたるのではないかということを、第三者(人権委員会)との対話を通じて、冷静に見直してみる機会を与えられるだけであって、それ以上に表現活動を萎縮する必要はありません。

 したがって、人権擁護法案が原案通り可決成立すると「政治も、哲学も、歴史も、芸術も、いっさい語れない暗黒の社会」が到来するかのごとき主張するのは、悪質なデマのたぐいです。

 また、古川議員は、
 法案では「人権侵害」の定義があいまいで、いくらでも拡大解釈されるおそれがあります。恣意的な運用によって計り知れない、新たな人権侵害が起こりえます。恐るべきは、罰則を含む「措置」が裁判所の令状なく、「人権委員会」の判断のみで行われることです。警察ですら持たない強権なのです。それでは、この強権を行使するのはいったいどんな人々なのでしょう。
とも主張しています。

 しかし、すでに述べたとおり、少なくとも差別的言動等との関係でいえば、勧告及びその内容等の公表以上のことはできませんから、「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」であって「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」という要件を「いくらでも拡大解釈」して「恣意的な運用」をしてみても、人権委員等が恥をかくだけのことです。

 また、古川議員が言うところの「罰則」すなわち「過料」については、非訟事件手続法が定めるとおり、「過料ニ処セラルヘキ者ノ住所地ノ地方裁判所」が「理由ヲ附シタル決定ヲ以テ之ヲ為スヘシ」とされており、人権委員会がこれを行うことはできません。しかも、この過料は、表現内容を理由とするものではなく、法律で定められた調査活動協力義務に応じなかったという「恣意的な運用」をしようがないものです。

第二百六条  過料事件ハ他ノ法令ニ別段ノ定アル場合ヲ除ク外過料ニ処セラルヘキ者ノ住所地ノ地方裁判所ノ管轄トス

第二百七条  過料ノ裁判ハ理由ヲ附シタル決定ヲ以テ之ヲ為スヘシ
○2 裁判所ハ裁判ヲ為ス前当事者ノ陳述ヲ聴キ検察官ノ意見ヲ求ムヘシ
○3 当事者及ヒ検察官ハ過料ノ裁判ニ対シテ即時抗告ヲ為スコトヲ得抗告ハ執行停止ノ効力ヲ有ス
○4 手続ノ費用ハ過料ニ処スル言渡アリタル場合ニ於テハ其言渡ヲ受ケタル者ノ負担トシ其他ノ場合ニ於テハ国庫ノ負担トス

第二百八条  過料ノ裁判ハ検察官ノ命令ヲ以テ之ヲ執行ス此命令ハ執行力ヲ有スル債務名義ト同一ノ効力ヲ有ス
○2 過料ノ裁判ノ執行ハ民事執行法其他強制執行ノ手続ニ関スル法令ノ規定ニ従ヒテ之ヲ為ス但執行ヲ為ス前裁判ノ送達ヲ為スコトヲ要セス
○3 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)第五百七条ノ規定ハ過料ノ裁判ノ執行ニ付キ之ヲ準用ス

第二百八条ノ二  裁判所ハ相当ト認ムルトキハ当事者ノ陳述ヲ聴カスシテ過料ノ裁判ヲ為スコトヲ得
クフ
○3 異議ノ申立アリタルトキハ裁判所ハ当事者ノ陳述ヲ聴キタル上更ニ裁判ヲ為スヘシ


 また、行政機関が、一定の目的のために、令状なしに、私人の占有する場所に「立ち入り」、「検査」し、又は関係者に「質問する」ことを認めた立法例はすでにたくさんあります。

例えば、
 児童虐待の防止等に関する法律第9条第1項は、
 都道府県知事は、児童虐待が行われているおそれがあると認めるときは、児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員をして、児童の住所又は居所に立ち入り、必要な調査又は質問をさせることができる。この場合においては、その身分を証明する証票を携帯させなければならない。

と規定するとともに、正当な理由なく立ち入り等を拒んだ場合は、同法第2項において準用する児童福祉法第62条第1号により20万円以下の罰金に処するものとされています。

 なお、特定商取引に関する法律は、第66条第1項にて、
 主務大臣は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、政令で定めるところにより販売業者、役務提供事業者、統括者、勧誘者、一般連鎖販売業者若しくは業務提供誘引販売業を行う者(以下この条において「販売業者等」という。)に対し報告をさせ、又はその職員に、販売業者等の店舗その他の事業所に立ち入り、帳簿、書類その他の物件を検査させることができる。

と規定した上で、第72条において
 次の各号のいずれかに該当する者は、百万円以下の罰金に処する。

八 第六十六条第一項若しくは第二項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又はこれらの規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者


としています。したがって、令状抜きの立入調査権については、警察や国税局等によって行われる物理的な強制力を持つものでない場合には、すでに広く認められているということになりません。もちろん、行政機関が令状抜きで立入調査を行うのはけしからぬというのは法政策としてはあり得なくはないので、国会議員がそのような法政策への転換を唱えるのは構わないと思うのですが、その場合は、同様の法制度を採用している法律を全て洗い出して、同じような法改正を行うこととするのが筋ではないかと思います。

 最後の「それでは、この強権を行使するのはいったいどんな人々なのでしょう。」との古川議員の疑問に答えるならば、立入調査権は人権委員会の指揮監督の下、人権委員または事務局がこれを行い(人権擁護法案第44条第1項及び第2項)、過料の処分は、「過料ニ処セラルヘキ者ノ住所地ノ地方裁判所」がこれを行う(非訟事件手続法第206条)が行うのであり、人権委員は、「人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律又は社会に関する学識経験のあるもののうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命」することとなっております。

 私は、我が国の内閣総理大臣も、衆参両議院も、「人権擁護法」を恣意的に濫用して「政治も、哲学も、歴史も、芸術も、いっさい語れない暗黒の社会」を作り出すような方を人権委員に選任しない程度の良識を有していると信じているのですが、古川議員は、日本の内閣総理大臣や衆参両議院は、その程度のことすらできないほど「人を見る目がない」とお考えなのでしょうか。

 最後に、古川議員は、
仮に法案が成立するようなことがあれば、断然「自由主義の終わり」「民主主義の自殺」ということになりましょう。法案の国会上程にブレーキをかけようと必死です。
と結んでいます。
 しかし、これまで述べましたとおり、人権擁護法案が原案通り可決・成立しても、「自由主義」も「民主主義」も終わりません。

 また、古川議員は、「普通の市井の人」ではなく、れっきとした国会議員であり、それも与党自民党の議員なのですから、人権擁護法案の規定に具体的な欠陥があるというのであれば、「法案の国会上程にブレーキをかけようと必死」になるのではなく、欠陥部分を修正するように具体的な修正案を提示するのが筋なのではないかと思われます。古川議員は、
人を出生や宗教などで差別すること言われなく虐待することは、断じて許されざることです。人権侵害はあってはならぬことであり、法案の理想そのものには誰一人として異を唱えるわけではありません。

 問題は、規制のあり方にあります。
というのですから、具体的に「この条項の文言をこのようにしてみたらどうだろう」という提案をすべきです。それができないのであれば、そもそも「人を出生や宗教などで差別すること言われなく虐待すること」を規制しようという人権擁護法案の趣旨に本音では反対しているのではないかと見られてもやむを得ないのではないかと思います。
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 現役の官僚さんであるらしいBewaadさんが、人権擁護法案の人種差別的言動禁止規定に対する反対論に対する批判をそのブログに掲載しています(ここここ)。官僚さんらしいそつのないまとめ(これはほめ言葉です。)で感心することしきりです。

 また、勧告や勧告内容について行政訴訟で争えるかという点については、行政事件訴訟法の大改正でも手がつけられていなかったのですね(この点は訂正します。)。そうすると、福岡高判平成15年7月17日をどう読み込むのかにかかってきそうです(匿名発言者の氏名公表がもつ不利益性が大きいと判断されれば可能性はあるかもしれません。)。

 もっとも、第60条の勧告および第61条の公表は、人権委員会のみが、それぞれ告知聴聞の機会を与えた上で、行うことができる(人権擁護委員や事務局はもちろん、人権委員ですらこれを行うことができない。)のであるし、常識的に見て差別的な言動でないものを差別的言動と見なしてこれをやめるように勧告するような人が多数派をしめるような人事を内閣総理大臣が行い、衆参両議院が同意することは考えがたいこと、また、人権委員会の勧告が不当であった場合にはそのような言動を行った者が非難されるというより、そのような勧告を行った人権委員会の方が非難に晒されることが予想されること、また、差別的言動を行っていないのに差別的言動を行い勧告を受けたものとしてその氏名等が公表された者はこれによって受けた経済的・精神的損害について国賠請求を人権委員に任命することは考えがたいこと等を考えると、人権委員会が恣意的に勧告、公表を行う可能性はきわめて低いといえます。

 ネット上では、部落解放同盟や朝鮮総連に「乗っ取られる」可能性を危惧するものが散見されましたが、小泉総理はもちろん、ポスト小泉として名前が挙がっている人々の中にそのような人事を行うものがいるように私には思えませんし、民主党が政権をとったとしても、総理になりそうな人物にそのようなものは見あたりません。また、人権委員会の人事は衆参両議院の同意が必要なわけで、そのような人事を行おうとすれば国会が紛糾することが予想されますが、そこまでして時の政権が部落解放同盟や朝鮮総連の便宜を図ろうとするとは私には思えません。

 また、コメント欄では広島県の特殊性を指摘するコメントが投稿されていましたが、人権擁護法案は人事に関する決定権は中央に集約される(内閣総理大臣が任命する人権委員からなる人権委員会が決定し、人権委員会は地方の意見は参考にはするが拘束されない)ので、特定の地域に特殊なパワーバランスが生じていたとしても人権委員会、地方事務局、人権擁護委員、人権調整委員などの人事は影響を受けずに済むような作りになっています。

 また、人権委員を途中で辞めさせられないという点に関しては、人権委員会が独立性を求められているポジションであることを考えると、むしろ当然です。

 また、人種差別等の定義が不明確だという点については、他の行政法規との関係ではもちろん、他の刑罰法規との関係で見ても特に不明確な規定だとは思わない(「わいせつ」や「淫行」や「交通秩序を維持すること」や「清涼飲料水」や「みだりに」という用語がOKとされているわけですから。)のですが、逆に言うと、どの程度明確に定義をしたら納得していただけるのかというのは知りたいところです。

 また、人種差別撤廃条約に関して、このような有益なページをご紹介いただきました「カラフト」様には、とても感謝しております。

【追記】
  行政指導(人権擁護法案第60条の「勧告」はこれにあたります。)を拒否した者の行政機関による氏名の公表に対する司法的救済に関して触れた文献として、川神裕大阪地裁判事(当時)の「法律の留保」(藤山雅行編『新・裁判実務大系第25巻行政争訟』3頁以下(青林書院・2004))がありました。
  これによると、行政機関による公表には、

  1. 単なる情報提供

  2. 国民・住民に情報を提供して対応策を用意させるためのもの

  3. 行政上の義務の違反・不履行又は行政指導に対する不服従があった場合に、その事実を一般に公表することにより、違反者に対する制裁としての意味をも持たせるもの

があるとのことです(川神・前掲13頁)。

 そして、制裁的公表については、それ自体間接強制の一つとして抗告訴訟の対象となるとする見解もあり、そのような公表制度によって担保されている場合の行政指導も抗告訴訟の対象となると解すべきであるとする考え方もあるとされています(川神・前掲15頁)。この見解にたった場合、人権擁護法案第60条の勧告を受けた段階で抗告訴訟を提起できると言うことになります。
 
 これに対し、川神判事は、制裁的公表に制裁的機能・侵害的性格が認められるとしても、それ自体が直接法律効果を有するものではない以上、制裁的抗告やその前提としての行政指導は抗告訴訟の対象とならないとします(川神・前掲15頁)。
 
 しかしながら、川神判事は、最判昭和47年11月30日民集26巻9号1764頁等を引用した上で、
行政指導に従わない場合の公表が制度的に予定されているときは、その公表によって権利利益を侵害されるおそれが強く、侵害される権利利益の性質、侵害の程度、公表の確実性及びその内容・性質等に照らし、国家賠償、名誉回復措置等の事後的救済によっては回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなど、事前救済の必要性ないし訴えの利益(訴訟の成熟性)が認められる限り、行政主体である国又は地方公共団体を被告として、行政指導に従う義務がないことの確認や公表の差止めを求める訴訟を提起することも可能というべきであろう
としています(川神・前掲17頁)。
 
 人権擁護法案第60条の勧告について言えば、これに従わない場合の公表は制度的に予定されていますから、「侵害される権利利益の性質、侵害の程度、公表の確実性及びその内容・性質等に照らし、国家賠償、名誉回復措置等の事後的救済によっては回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなど、事前救済の必要性ないし訴えの利益(訴訟の成熟性)が認められる」といえるかどうかが問題となります。要するに、勧告に従う義務がないことの確認を求めたり、公表の差止めを請求する場合には、勧告に従わずその結果、そのような言動を行ったものとしてその氏名等が公表された場合に、どのような損害を被るおそれがあるのか、そしてそれは国家賠償等では回復できないものであるのかということ主張・立証していく必要があるといえます。
 
 差別的言動の禁止の場合、どのような言動が行われたのかについては争いがなく、

  1. その言動を行ったのは誰なのか

  2. その言動は、特別人権侵害行為にあたるものなのか


の2点が争いになることが予想されますが、当該差別的言動を自分が行ったことについては争いがなく、それが特別人権侵害の一態様としての差別的な言動にあたるか否かという法的評価が争点となった場合に、「周囲の人が人権委員会の勧告の方を信用してしまい、自分が白眼視されてしまう」という不利益が事前救済の必要性を認めるに足りるものなのかというのは今ひとつ躊躇を覚えるところです(当該差別的言動を行ったのが自分ではないのに自分がそのような言動を行ったと認定されてしまった場合や、自分の言動に関して、実際の言動よりもオーバーに事実認定されてしまった場合などに関しては、事前救済の必要性を認めても良いような気はしますが。)。

 川神裁判官の上記論文は、制裁的公表について国家賠償が認められるための要件や、公表により名誉毀損が生じた場合に名誉回復措置としての訂正広告等の掲載を請求することの可否なども論じられており、人権擁護法案が成立した場合の司法的救済措置を考える上ではきわめて有益な文献であるように思われます。
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佐藤さん

 ・人権擁護法の危険性を指摘する意見は、主に1)濫用のおそれと、2)特定団体の利権確保のおそれ等をあげますが、どちらとも法案の違憲性を根拠づけるほど理論化されていないということでしょうか。

 「特定団体の利権確保のおそれ」というのは、あまり説得的なものではないです。
 「特定団体の利権」を優先する人物を、衆参両議院の賛成のもと内閣総理大臣が任命するというのは考えがたいです。
 ・特定団体による差別解消運動が行きすぎたことによる弊害は、一応公知のものであると思いますが、このことは政治的問題に止まらず、法律論のレベルでも問題にならないものでしょうか(私人間における極端な差別是正活動は、法的に正当化されない/特別な法的保護を及ぼすべきではないetc)。


 そもそも公知ではないと思います(そもそも「極端な」差別是正活動があるかどうか知りませんし。)

an_accusedさん
 ところで、人権調整委員の任命について「人権調整委員は人権委員会の任命によるため民主的統制が確保されるのでは」とお答えいただきましたが、市町村長が地方議会の意見を聴いた上で推薦することを要する人権擁護委員に比べて緩やかな任命要件である人権調整委員が、調停・仲裁などの職権を行使しうるというのは、バランスを欠いているように思われるのですが、いかがでしょうか。おそらくは簡裁の司法委員のような人物が選任されることになるのでしょうが、司法委員は資格のある裁判官を補助する存在であって、司法委員単体で職権を行使するものではありませんので、人権調整委員だけで構成された調停/仲裁委員会が職権を行使しうるというのはやはり違和感を抱いてしまいました。
 ところで、私は人権委員会の組織を見て、おそらくすべての裁定を中央で行う公取委型をイメージしていたのですが、先生の仰るような調停/仲裁スタイル(巡回裁判所型とでもいいましょうか)になるのでしょうか(これは細則が出なければ知りようもないですが)。


 調停・仲裁と、勧告とで扱いを分けているように見えます。。

ぽちょさん

もし立ち入り検査後に誤認だった事がわかった場合、どのように名誉を回復するのでしょうか?
会社に立ち入り検査をされれば、それだけでおそらく解雇になってしまうでしょうし。
この法案には誤認だった場合のことが記述されていませんが、ありえないということでもないでしょう。人間が調査するわけですし。


 会社のパソコンを利用して差別的言動と受け取られかねないコメントを投稿したりしていた場合には「職務専念義務」違反で解雇になることはあるでしょうが、そうではなくて自宅のパソコンでコメントを投稿していた場合はそもそも会社に立ち入り検査をしないのではないかと思います。

いつか来た道さん

> 国籍条項が撤廃されていることを問題とされているようですが、重要なのは、その人の国籍がどこかということより、その人がどのような人格及び識見を有しているかということではないかと思います。

まさに、詭弁。
他国民に日本国民を取り締まらせても言いという解釈でよろしいか?
どういう人間か良く解りましたよ。
こりゃコメントつけるだけ無駄だな。


法律の具体的な執行を行った担当者が日本国籍でない場合、日本国籍であった場合と比べてどのような問題がありますか?

rさん

まずは小倉先生、丁寧なご返答をありがとうございます。

ですが、だからといって国籍条項を撤廃しても良い理由になりません。人権擁護委員になった人間は公権力を行使する権利を得るわけですが、それを帰化することもしていない、あくまで「外国人」である人間が得ることができるというのは日本人からすれば当然納得のいかないものですし、過ちが起きたときの恐怖も非常に大きなものです。

そもそも小倉先生は国籍条項を撤廃することに賛成なんでしょうか?小倉先生は「撤廃は大きな問題ではない」と言いたいのだとは思いますが、だからといって国籍条項撤廃に賛成とはっきり言ってるわけではないですよね。


 誤った公権力の行使には、誤りを犯した担当者の国籍が何であれ、納得はいかないのだろうと私は思います。担当者が日本国籍を有していたら納得がいくのかというとそういうものではないし、人権擁護法上の差別的言動規制関係以外なら過ちを犯されてもかまわないというわけではありません。
 逆に、当該公権力の行使が法令に則った正しいものであるならばそれは仕方がないのであって、たまたま担当者が日本国籍を有するか否かということはどうでも良いことのように思います。

Rさん

・すなわち、内閣総理大臣が人権委員について無難な人事をしていれば、人権擁護委員についても無難なところに落ち着くと思われます。

 先生の提示した条文からはこのような結論はでません。内閣総理大臣からの人権委員の人事が例えよくとも、そのあと人権擁護委員を決めるのは実質的に人権委員です。これは先生が提示した条文からいえることです。つまり人事委員会はここでもまともな人事をするとは限りません。なぜなら人権委員会が実質的に強い人事権を持ってるためです。地方公共団体の権限はおおくても意見を言うのみです。またこのとき人事を決める議決は多くても三名の了承が取れれば決まってしまいます。またこのような議決を抑止する機関が無いのも問題です。人権委員は特定の団体から収入をもらってはいけない旨がかかれていません。この現状において不当な人事が行われることは明らかです。


 私は、不当な人事を行うような人物を、「両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する」ことはないと思うのです。そのために、人権委員の選任に、これほどの民主的統制を課しているわけですから。rさんが忌み嫌う団体から収入をもらい、まともでない人事を行う
人々を、あえて内閣総理大臣が任命し、衆参両議院がこれに同意するだろうとrさんが考える根拠は何ですか?

・国籍条項が撤廃されていることを問題とされているようですが、重要なのは、その人の国籍がどこかということより、その人がどのような人格及び識見を有しているかということではないかと思います。
 
 次にこの意見ですが厳しい審査、例えば司法試験、を通ったものならいざ知らず、人格がよく識見を有してるかを客観的に判断するのは大変難しいです。それでも国籍条項がいらないと言うならどうかしてます。


 「人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律又は社会に関する学識経験のあるもの」か否かは、その人のそれまでの経歴・実績や人となり等から衆参両議院及び内閣総理大臣が判断することになろうかと思います。

・内閣総理大臣(with両議院)→人権委員会→人権調整委員という民主的統制を重視したと考えれば、そんなには悪くないように思います。

 これも第一文の結論から否定されます。


 ということで、その批判は思い過ごしかと思います。

 高田昌幸さんの回答については、具体的な裁判の煩雑さを述べていますがそれはまったくの的外れです。現にネット上で個人を対象とする誹謗、中傷については民事事件で何度も判例が出てますし、ネット上での言動についての侮蔑罪を刑事事件で訴訟を起こすような法整備も可能です。また不特定多数の言動に関する訴訟について、例えば石原都知事の言動による裁判について、はおおよそ敗訴となっています。司法がそういう判断をしてる以上、つまり不特定多数に対する侮蔑は言論の自由の範疇だと判断してる以上、司法の意見に背いた法による制裁が出来る法の整備は三権分立を侵害しています。


 今回の人権擁護法案は、そもそも不特定多数に対する侮蔑を対象としていません。
 なお、当時の法令の下では権利侵害と認められなかった行為について、これを権利侵害とする法律を立法府が制定することは、三権分立に反していません。

 その次の質問については、先生は第三条第一項第二号イに該当する特定のものへの差別的言動を取り上げてます。しかし第三条第2項第一号および第二号に不特定多数への差別的言動の禁止が明文化されてます。さらに前の回答に先生のこの質問での意見を当てはめると矛盾してます。これは回答をする上でどちらかに不備がある証拠です。


 第3条第2項は、差別的言動の禁止に関する規定ではなく、差別的取扱に関する規定です。第1号は、不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発する目的で、当該不特定多数の者が当該属性を有することを容易に識別することを可能とする情報公然と摘示する行為を禁止し、第2号は、差別的取扱いをする意思を広告、掲示その他これらに類する方法で公然と表示する行為するものです。

tomoさん
>人権委員会の委員については、「委員長及び委員は、在任中、政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をしてはならない。」

とありますが、
”在任中” ”積極的” ”役員”
という言葉に違和感を感じるのですが。

これだと

任命される前にやめればOK
在籍しているだけですと言えばOK

となってしまうのではないでしょうか?

少なくとも公正中立の人間を選ぶのであれば、
政治的または思想的な活動をしている団体に過去も含めて在籍していた人や、親類等にそのような活動を行っている人は除外したほうがいいと思いますが。

わざわざ、”在任中”や”積極的に”等の文言が入っているところを見ると、なんだか怪しく感じてしまうのですが。


「政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をしてはならない。」というのは、公的な委員会の委員に政治的な中立性を求める際に使い古された言い回しです(たとえば、行政改革委員会設置法第8条第2項など。)。

いつか来た道さん

自国民を他国民に取り締まらせる国なんて
存在しませんよ。


 どこかにそのことを示す資料はあるのでしょうか。
 この記事をみると、たとえばオランダでは地方公務員は市長以外は外国籍でも「可」となっており、警察官等も外国籍で構わないようにも読めるのですが。

賛成派の方は法の不備を全く指摘しない。


 賛成派が法の不備を指摘しないのは普通だと思うのですが。

MMさん

このことから、この人権擁護法が施行されると事務局の職員になる可能性があるのは、弁護士、天下り官僚、市民団体のメンバーなどです。意地の悪い見方ですが、弁護士がこの法案に賛成したくなるのも仕方ないです。また役人たちも、新たな天下り先が増えるのですから、なるべく秘密裡にこの法案を通そうとしたのかもしれません。

 この種の委員は報酬が低いので、弁護士はそんなにやりたがっていないと思います。もちろん、我々はある程度は奉仕活動をしなければいけないので、法案が通過し、必要とされれば、引き受けることを拒否まではしないと思いますが。

職員については特に人権委員の承認が明記されていないのですね。だから官僚のさじ加減でいかようにもなる。場合によっては人権委員の意向に反するような人物を配置することもできてしまう。そして人権擁護委員は市町村長の推薦で決まる。各々の地域での長の好みで決まってしまうわけです。人権委員が人権擁護委員の選定に介入することはできるが、擁護委員ひとりひとりを細かくチェックはできないであろうから、結果市町村長の政治色の強い人物が人権擁護委員となるでしょう。


 市町村長が推薦を行うには地方議会の意見を聞かなければいけない(おかしな人物であれば議会が紛糾する。)わけですし、推薦された人の中から人権委員会が人権擁護委員を選ぶにあたっては、さらに、当該市町村を管轄する弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いてこれを行うわけですから、極端に政治色の強い人物が選ばれることは滅多にないのではないかと思います。

それから、この法案は人種差別の言論規制だけを対象にしているわけではないということも問題だと思います。いわゆる幼児虐待・ドメスティックバイオレンスなども扱う対象になっています。人権侵害一般を扱っていて、暴力や殺人など直接刑法に関わってくるものも範疇にあります。扱う範囲が広すぎます。どの分野にどれぐらい力をそそぐかは、各地方の人権擁護委員や事務所職員の裁量にまかせてしまうことになります。


どのような人権侵害が多いかは地域性もありますので、それはその地域の実情にあわせていかなければならないと思います。

ポストマンさん

>現在差別に苦しんでいる人に現在行われている差別を甘受することを強いる理由には全くなっていないように思います。

横ヤリで失礼しますが、この結論には意義ありです。

差別をなくす方法が、この法案を通す事以外にないかのような表現は、この話題のまとめとして不適当と思います。
そもそも「差別をしたいから法案に反対」なのではなく、「差別をなくす法案にしては副作用が大きすぎるのではないか」という話ではありませんか。


 必ずしもそういう人ばかりではないように思いますが。
 副作用を少なくするためにこういう点を改善しようという意見よりは、副作用を大げさにあおり立てて法案自体を潰そう(そして、これまで通り匿名の陰に隠れて安心して差別表現を楽しもう)という反対論の方が威勢がよいように思うのですが。

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「r」氏
特に、人権擁護委員の選定基準から国籍条項が撤廃されていることなど非常に大きな問題です。部落解放同盟や在日本朝鮮人総連合会といった特定の団体の影響力が強まる可能性が十二分にありますから。
民意により選ばれた日本人が委員になるのなら権力の濫用など杞憂に終わるかもしれませんが、部落解放同盟や在日本朝鮮人総連合会などが影響力を持てるとしたら話は別でしょう。


 人権委員会の委員については、「委員長及び委員は、人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律又は社会に関する学識経験のあるもののうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命ずる」(第9条第1項)とありますし、「委員長及び委員は、在任中、政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をしてはならない。」(第13条第2項)とありますから、与野党ともに異論があまりでない人物が任命されることが予想されます。

 人権擁護委員については、市町村長が「人権委員会に対し、当該市町村の住民で、人格が高潔であって人権に関して高い識見を有する者及び弁護士会その他人権の擁護を目的とし、又はこれを支持する団体の構成員のうちから、当該市町村の議会の意見を聴いて、人権擁護委員の候補者を推薦し」た人物の中から、「当該市町村(特別区を含む。以下同じ。)を包括する都道府県の区域(北海道にあっては、第三十二条第二項ただし書の規定により人権委員会が定める区域とする。第五項及び次条において同じ。)内の弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて」、人権委員会が委託するのが原則であり、市町村長が推薦した候補者が「人権擁護委員として適当でないと認めるときは、当該市町村長に対し、相当の期間を定めて、更に他の候補者を推薦すべきことを求めることができ」、「市町村長が同項の期間内に他の候補者を推薦しないときは、人権委員会は」「当該市町村の住民で、人格が高潔であって人権に関して高い識見を有する者及び弁護士会その他人権の擁護を目的とし、又はこれを支持する団体の構成員」「のうちから、当該市町村を包括する都道府県の区域内の弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて、人権擁護委員を委嘱することができる」とされています(第22条)。すなわち、内閣総理大臣が人権委員について無難な人事をしていれば、人権擁護委員についても無難なところに落ち着くと思われます。
 国籍条項が撤廃されていることを問題とされているようですが、重要なのは、その人の国籍がどこかということより、その人がどのような人格及び識見を有しているかということではないかと思います。

「an_accused」さん
 法案では特別人権侵害に係る調停又は仲裁は、人権委員長若しくは委員又は人権調整委員から構成される調停(仲裁)委員会で行うこととなっています(法案 50条、57条)。言うなれば公取委方式ですが、これでは生活や職場の周辺で発生する人権侵害を中央ですべて処理することになるため、調停/仲裁を望む当事者の負担が過大になりはしないでしょうか。従来、人権侵犯事件の処理は地方法務局長名で行っていたはずですし、どうせやるなら地方にも人権委員会を置く(労働委員会方式)方がよいと思うのですが、先生はいかがお考えでしょうか。


 法文を読む限り、特別人権侵害にかかる調停及び仲裁は、人権委員会が人権調整委員を任命した上で、この人権調整委員に調停委員会や仲裁委員会を組織させようという意図が読み取れ、そうだとすれば、広範囲で人権調整委員を任命しておけば、当事者の負担ができるだけ小さくなる場所で調停・仲裁等を行えるのではないかという気がします(場所的な制約は法律上はないようですし)。
 内閣総理大臣(with両議院)→人権委員会→人権調整委員という民主的統制を重視したと考えれば、そんなには悪くないように思います。

佐藤さん
 しかしながら、今回はまだ形式的な考察を終えた段階であって、日本の現状において果たしてこのような立法を行う必要性があったか、その手段として「人権擁護法」の諸規定は合理性を有しているか、なお検討する必要があるかと思います。諸兄姉のコメントもおそらくそのような実質的な合理性を問うものであると思います。


 まず、日本は人種差別撤廃条約に加盟した以上、これをふまえた国内法を制定する必要があります。政府は、国連安保理の常任理事国を目指すなどしていますので、この種の国際条約を蔑ろにすることは政策的に妥当ではないと判断しても不思議ではありません(これは、民主党の議員団による提出法案ではなく、政府提出法案です。)。
 また、前回この法案が提出されたときの審議を見てみますと、平成14年11月07日参議院法務委員会における、江田五月議員の
さてそこで、現在の日本の人権の状況について基本的にどういう認識を持っておられるのか。つまり、国際的に見てもまずまずのところにあるというふうに考えておられるのか、それとも強力な人権救済機関の設置やあるいは教育・啓発活動などによって改善すべき状況にあるんだと、こうお考えになるのか、日本の人権状況についてどういうお考えであるのか、ちょっとざっくりとした質問ですが、お答えください。
との質問に対し、森山真弓法務大臣は、
我が国におきます主な人権課題の現状を見ますと、まず女性とか子供、高齢者、障害者、同和関係者、アイヌの人々、外国人、HIV感染者、ハンセン病の患者、同性愛者等の一般的に弱い立場にある人々に対する差別、虐待といったようなものが顕著な問題となっておりますほか、公権力による固有の問題として、捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待等の様々な人権侵害の問題があると承知しております。
 これらに加えまして、犯罪の被害者やその家族につきまして、時には少年事件などの加害者本人につきましても、マスメディアの興味本位又は行き過ぎた取材や報道によるプライバシーの侵害の問題がありますほか、特にこのごろは、インターネット上の電子掲示板やホームページへの差別的情報の掲示なども問題となっているというふうに承知しておりまして、非常に様々な広範囲の問題があり、それがなお解決しにくい問題として出ているということを承知しております。
と答えています。

MMさん
>この法律において、人種差別とは、人種、皮膚の色、門地又は国籍若しくは民族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限、優先又は不作為であって、国際法上認められた人権及び基本的自由の承認、その平等な享受し又は行使を、直接又は間接に、無効化し又は弱める目的又は効果を有するものをいう。

ですが、これを字面どおりに読むと、国籍の区別も人種差別にあたるとなってしまいます。
英語のdistinctionをちょっと辞書で調べたところ、「分析・検討・識別の結果認められる相違」となっておりました。もしかして法律用語的には、もっと特殊な意味があるかもしれませんので、もしそうならご指摘ください。

国籍の区別が人種差別ということでしたら、極端までいくと国の名前が使えないということになってしまいます。また、憲法は国民主権をうたってますが、国籍を持っているものと国籍を持っていないものを区別しているわけですから、憲法自体が人種差別であるというふうにも言えてします。


たとえば、銭湯等に置いて「外国人お断り」みたいなことをやることを禁止することは想定しています。ただし、禁止されるのは「不当な差別的取扱い」や「人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」であり、国民主権等の原理により日本国民でないものに付与しないことが正当であると考えられているものはそもそも問題となりません。過去の裁判例をみると、刑務官が府中刑務所に収監されてるイラン人に対して、怒りながら、「イラン人は皆嘘つきだ」という趣旨の言葉を投げつけた行為が差別的な表現であると認定されたことがありますが(東京地判平成15年6月26日)、国の名前をいっても人種差別にはなりません。

言葉というものは、そもそも区別や差別(広い意味での)をすることでその機能をはたしますし、学問というものも、その言葉の特性を使って分類や区別を行っていくわけですが、国連のモデル法をそのまま適用してしまうと、「人種差別だ」という抗議のために自由な言論・研究が阻害される恐れがあります。例えば、「黒人の脳は白人の脳より小さい」という研究結果を発表した際、「それも人種差別だ」ということになってしまうでしょう。


 文脈によりけりだといえます。モデル法案は、その言動が「人種差別または僧悪を生じさせ、あるいは生じさせる企てと合理的に解釈される」ものであって、「個人や集団を脅かし、侮辱し、あざける」とか、「個人や集団に対するこういた行為の煽動」にあたる場合を問題視しています。

ということで、先生は令状なしでの立入検査が認められる例をいくつかあげておられます。これはつまり、原則に対する例外ということでしょう。

しかし、例に挙げていただいた3つは、調査内容が物理的といいますか、なにを調査したいのかはっきりしています。動物の愛護及び管理に関する法律での検査は動物の飼育状況などを目で見て判別するためですし、電気通信事業法の立入検査は、違法な電波を流してないかとか電気通信事業法の細かな規則に沿った運営をしているかを調べる目的が主であるように思います。新東京国際空港措置法についても危険物のチェックなど即時性が求められることであるし、調査内容も具体的に想像できます。

しかし、今回の人権擁護法に基づく立入検査の場合、「思想」という抽象的な事柄のチェックでありますから、何をどこまで求められるのか定かではありません。会社などの法人に限定された法律でもないですし、個人宅に立ち入られるわけです。非常にプライベートな事柄でも調査対象だと言われるかもしれません。その人の考え方そのものが問題となるわけですから、プライベートの言動も必要だと言われれば、そういうことになってしまいます。


 立法例を見る限り、令状を必要とする方が例外的です。
 また、人権擁護法案で規定している立入検査は、「第四十二条第一項第一号から第三号までに規定する人権侵害(同項第一号中第三条第一項第一号ハに規定する不当な差別的取扱い及び第四十二条第一項第二号中労働者に対する職場における不当な差別的言動等を除く。)又は前条に規定する行為(以下この項において「当該人権侵害等」という。)に係る事件について必要な調査をするため」に、「当該人権侵害等が現に行われ、又は行われた疑いがあると認める場所に立ち入り、文書その他の物件を検査し、又は関係者に質問すること」をいいますから、調査内容は、当該人権侵害等があったのか、あったとすれば誰によってどのように行われたのかということであって、「『思想』という抽象的な事柄のチェック」をするものではありません。
 
 高田昌幸さん

私は、差別的言動を容認しべきだと言っているのではありません。それを新法をつくって、新たな組織を立ち上げ、国やそれに類する機関が、「おかしな言動である」と認定する仕組みがヘンではないかと言っているつもりです。しかも「予防」のために「調査」の権限まで付与するとは、どういうことなのか、と。 どうして現行法の中で、できないのでしょうか。


 人種等を理由として侮辱されたりしている人々に、現行法の中でどうせよというのでしょうか。
 特定の者が特定の被差別属性を有することが2ちゃんねる等で公開され、2ちゃんねるやその者が開設するブログのコメント欄で、その者がその被差別属性を有することをあげつらって侮辱する発言が集中的に投稿されるという事態に至ったときに、2ちゃんねるやブログ事業者に各投稿者のIPアドレスの開示を求める訴訟を提起して勝訴し、これをもとに各投稿者のアクセスプロバイダにその住所・氏名の開示を求める訴訟を提起して勝訴し、住民票を取り寄せてその後の転居等の有無を確認して各投稿者についてその住所地を管轄する地方裁判所に慰謝料請求訴訟を提起すればいいではないかと仰りたいのかもしれませんが、これだけのことをするのは、たとえ法律扶助制度が充実しまたは世の中に弁護士が満ちあふれたとしても、たいそうな時間とエネルギーを必要とします。あるいは、被疑者不詳のままで侮辱罪で刑事告訴すればよいということでしょうか。

 法案を少し離れて考えてみても、それぞれの言動について「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」という部分をもって断罪することを容認するのなら、例えば、労働組合と経営側との団体交渉、各種の街頭でのデモ行為(同性愛者によるデモはそうでない人からすれば著しく不快だと思います。そうでない方もいるかもしれませんが)等々、いくらでも例示できそうな気がします。


 人権擁護法案によって禁止しようとしているのは、単なる「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」ではなく、「第三条第一項第二号イに規定する不当な差別的言動」、すなわち、「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」であって、「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」です。同性愛者によるデモによって同性愛者でない人の一部が受け取る不快感とは全く質的に異なります。

 それに、そもそも種々の差別が社会のいたるところに残っているのは、差別を助長する社会の仕組み(その運用を含む)を国や自治体が放置してきたことに原因があるのではないか、と思うのです。例えば、ハンセン病患者の処遇とそれに関係する種々の国の動きを見れば、それが分かります。


 そのことは、現在差別に苦しんでいる人に現在行われている差別を甘受することを強いる理由には全くなっていないように思います。

(2005-03-12 11:13ころ一部追加・修正)
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 人権擁護法案の内の人種差別的言動規制の部分に関して、定義が曖昧であるなどの意見が自民党の部会で出たというニュースが出ていました。定義が曖昧である点が問題であるならば、曖昧でないように定義規定を入れればよいだけの話なので、法案を修正すれば足ります。
 では、どうすればよいのでしょうか。
 実は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、「MODEL LAW AGAINST RACIAL DISCRIMINATION」というのを公表しています(日本語訳(ただし注釈付き)はこちらで見ることができます。)。これは、人種差別撤廃条約を受けて加盟各国で制定した国内法を収集して纏め上げたものであるようです。したがって、ここで掲載されているような法律を成立させたからと言って民主主義が成立しなくなるようなものではないということは一応いえそうです。

 まず、人種差別の定義についてですが、
In this Act, racial discrimination shall mean any distinction, exclusion, restriction, preference or omission based on race, colour, descent, nationality or ethnic origin which has the purpose or effect of nullifying or impairing, directly or indirectly, the recognition, equal enjoyment or exercise of human rights and fundamental freedoms recognized in international law.


 (日本語訳)
 この法律において、人種差別とは、人種、皮膚の色、門地又は国籍若しくは民族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限、優先又は不作為であって、国際法上認められた人権及び基本的自由の承認、その平等な享受し又は行使を、直接又は間接に、無効化し又は弱める目的又は効果を有するものをいう。


と定義されています。
 また、人種差別的表現規制については、MODEL LAWの第三部Aを見ると良いですね。

23. It shall be an offence to threaten, insult, ridicule or otherwise abuse a person or group of persons by words or behaviour which cause or may reasonably be interpreted as an attempt to cause racial discrimination or racial hatblack, or to incite a person or group of persons to do so.

24. If an act described in this paragraph results in racial discrimination, any person who has instigated such an act or has threatened, insulted, ridiculed or otherwise abused a person or group of persons by words or behaviour which may reasonably be interpreted as an attempt to cause racial discrimination or racial hatblack shall be consideblack an accomplice of the person who has committed the resulting act of racial discrimination.
25. It is an offence to defame an individual or group of individuals on one of the racial grounds referblack to in part I.
26. It is an offence to disseminate or cause to be disseminated, in a publication, broadcast, exhibition or by any other means of social communication, any material that expresses or implies ideas or theories with the objective of incitement to racial discrimination.
27. The actions referblack to in paragraphs 23 to 25 of this Section are deemed to constitute an offence irrespective of whether they were committed in public or in private.


(日本語訳)
23. 人種差別または僧悪を生じさせ、あるいは生じさせる企てと合理的に解釈される言葉または行動によって、個人や集団を脅かし、侮辱し、あざけるなどの侵害行為、または個人や集団に対するこういた行為の煽動は、犯罪とされる。
24. この項に列挙される行為が人種差別という緒果をもたらす場合には、人種差別行為を煽動し、または僧悪を生じさせる企てと合理的に解釈される言葉または行動によって、個人や集団を脅かし、侮辱し、あざけるなどの侵害行為をした者は、人種差別行為を生じさせた者の共犯者とみなされる。

25. 第I部に列挙した人種的理由の一つにもとづく個人または集団の名誉毅損は、犯罪である。
26. 人種差別を煽動する目的の考えや理論を表明または含意するものを、出版、放送、展示その他の社会的意思伝達手段で広報し、または結果として広報することは、犯罪である。
27. この部の23-25項に列挙される行為は、公の場または私的な場でなされたかを間わず、犯罪を構成するとみなされる


 また、手続き的には、Dの17で
An independent national commission against racial discrimination (hereinafter referblack to as "the Commission") consisting of experts of high moral standing and acknowledged impartiality shall be established.


ということで、高いモラル基準と定評のある公平性を備えた専門家からなる「独立した反人種差別委員会」をつくるわけです。そして、彼らの次のような権限を持たせるわけですね。

(a) To study and review the implementation of this Act;


(b) To give advisory opinions to private and public bodies or assist them in any other way in the implementation of this Act or in connection with any other measure for the elimination of racial discrimination;
(c) To prepare (or assist in the preparation of) codes of conduct concerning the implementation of this Act in certain areas of activity (such codes of conduct may become binding once they have been adopted by the competent legislative body);
(d) To propose to the competent legislative body any amendments to this Act or any other measures which would be necessary to combat racial discrimination;
(e) To provide information and education to promote and encourage good relations between different racial groups;
(f) To report annually on its activities (to the competent legislative authority);
(g) To receive complaints from alleged victims;


(h) To conduct inquiries either on behalf of a complainant or on its own behalf;
(i) To act as a mediator either on behalf of a complainant or on its own behalf;
(j) To bring legal actions either on behalf of a complainant or on its own behalf;
(k) To provide legal aid and assistance to alleged victims who have instituted court proceedings under this Act.


 このように、「独立した反人種差別委員会」に事実関係を調査したり、勧告したりという権限を与えるのは、モデル法案でも予定されているものであることがいえます。
 では、事実関係を調査したり、勧告したり、勧告に従わない場合勧告内容を公表したりすることは、三権分立を定める我が国の憲法に違反するのでしょうか。


 法を適用して一定の処分を下すというのはまさに行政の役割ですし、法を適用するにあたっては一定の調査をし、事実認定をしなければならない場合があり得ることは当然です。実際、行政機関に調査権限や勧告権限、そして勧告に従わない場合の事実公表権限を与えている例は少なくないです(なお、「公表はどちらかというと緩やかな実効性担保手段として位置づけられてきたこと」についてはこちら)。
 また、行政機関が令状なしで立ち入り検査を行うという立法例もすでにあります。憲法上の令状主義の要請に反しないように、「第○項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。」との規定を置いているのが通常です。
 たとえば、動物の愛護及び管理に関する法律
(報告及び検査)
第十三条 都道府県知事は、第八条から前条までの規定の施行に必要な限度において、動物取扱業者に対し、飼養施設の状況、その取り扱う動物の管理の方法その他必要な事項に関し報告を求め、又はその職員に、当該動物取扱業者の飼養施設を設置する事業所その他関係のある場所に立ち入り、飼養施設その他の物件を検査させることができる。
 2  前項の規定により立入検査をする職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係人に提示しなければならない。
 3  第一項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。




 電気通信事業法
(報告及び検査)
第九十二条 郵政大臣は、この法律の施行に必要な限度において、電気通信事業者に対し、その事業に関し報告をさせ、又はその職員に、第一種電気通信事業者若しくは特別第二種電気通信事業者の営業所、事務所その他の事業場に立ち入り、電気通信設備、帳簿、書類その他の物件を検査させることができる。
2 郵政大臣は、この法律の施行に必要な限度において、第五十条の二第一項の認定を受けた者に対し、その認定に係る業務に関し報告をさせ、又はその職員に、当該認定を受けた者の事務所若しくは事業所に立ち入り、その設備、帳簿、書類その他の物件を検査させることができる。
3 郵政大臣は、この法律の施行に必要な限度において、第五十条の四第一項又は第七十二条の二第一項の認証を受けた者に対し、当該認証に係る端末機器に関し報告をさせ、又はその職員に、当該認証を受けた者の事務所若しくは事業所に立ち入り、当該端末機器その他の物件を検査させることができる。
4 郵政大臣は、この法律の施行に必要な限度において、指定試験機関若しくは指定認定機関に対し、その業務に関し報告をさせ、又はその職員に、指定試験機関若しくは指定認定機関の事務所若しくは事業所に立ち入り、帳簿、書類その他の物件を検査させることができる。
5 第二項の規定は第五十条の三第一項の認定を受けた者について、第三項の規定は第七十二条の三第六項の認証を受けた者について、前項の規定は承認認定機関について、それぞれ準用する。
6 第一項の規定又は第二項から第四項まで(それぞれ前項において準用する場合を含む。)の規定により立入検査をする職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係人に提示しなければならない。

7 第一項の規定又は第二項から第四項まで(それぞれ第五項において準用する場合を含む。)の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。


 なお、このように行政機関が令状抜きで半ば強制的に調査を行うことが憲法に反するか否かについては、こちらでまとめてくれています。
 その中で引用されている最判平成4年7月1日民集46巻5号437頁では、

 憲法三五条の規定は、本来、主として刑事手続における強制につき、それが司法権による事前の抑制の下に置かれるべきことを保障した趣旨のものであるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない(最高裁昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁)。しかしながら、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政手続における強制の一種である立入りにすべて裁判官の令状を要すると解するのは相当ではなく、当該立入りが、公共の福祉の維持という行政目的を達成するため欠くべからざるものであるかどうか、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものであるかどうか、また、強制の程度、態様が直接的なものであるかどうかなどを総合判断して、裁判官の令状の要否を決めるべきである。
との一般論を述べた上で、新東京国際空港措置法第3条第3項について、
 本法三条三項は、運輸大臣は、同条一項の禁止命令をした場合において必要があると認めるときは、その職員をして当該工作物に立ち入らせ、又は関係者に質問させることができる旨を規定し、その際に裁判官の令状を要する旨を規定していない。しかし、右立入り等は、同条一項に基づく使用禁止命令が既に発せられている工作物についてその命令の履行を確保するために必要な限度においてのみ認められるものであり、その立入りの必要性は高いこと、右立入りには職員の身分証明書の携帯及び提示が要求されていること(同条四項)、右立入り等の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと規定され(同条五項)、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものではないこと、強制の程度、態様が直接的物理的なものではないこと(九条二項)を総合判断すれば、本法三条一、三項は、憲法三五条の法意に反するものとはいえない
と判示しています。

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 昨夜のエントリーに対し、早速いくつかコメントをいただきました。
 ただ、その大半が、感情的に反発して見せただけのものであったというのは残念な限りです。

 まあ、人権擁護法案反対運動の目的が、フラストレーションの発散にあるのならば「ご自由に」としか言いようがないのですが、人権擁護法案の廃案ないし修正を目指すのであれば、ネット上での「運動」にとどまるのではなく、それを現実社会での運動に昇華させていかなければいけないのです。

 もちろん、ウェブでの議論の役割は否定しません。ただ、あと数日で審議入りすると言われている法案に反対するのであれば、もはや、現実社会での効果的な運動を視野に入れた議論をすべき時期です。

 テレビや新聞が取り上げてくれないという意見もあったようですが、それもお門違いな話です。テレビや新聞へは、反対運動を行う側で積極的に「取り上げてくれ」と働きかけなければいけないし、資料も用意しなければいけないのです。

 メディアスクラム規制がある故にマスメディアはこの法案を廃案に持ち込みたいと基本的には考えているので、まともな働きかけを行えば取り上げてもらえる可能性はあると思いますよ。ただ、どこかのブログに載っていた国会議員への電話突撃の要旨に記載されていたような、マスコミに対する敵意や、特定の社会的集団に対する敵意が見え隠れする論理そのままでは、ごく一部のマスメディア以外は取り上げにくいと思います。

 しかも、現実社会は、ネットワーカーの都合などお構いなしで進んでいきます。

 「いつかきた道」さんは、「仕事もあれば家庭もある人間が政治活動や法廷闘争で仕事を休んだりできるわけありません。」とおっしゃいますが、誰かがそれをやらなければ、法案はあっさり通過していくだけのことです。国会議員がネットサーフィンをしてまとめブログにたどり着く幸運を待っていても仕方がないことです。実際、昨年の著作権法改正問題の時だって、高橋健太郎さんや謎工さんなどは、仕事を相当犠牲にしてさまざまな働きかけを現実社会で行ったのです(その成果は、法案の修正ではなく、詳細な付帯決議止まりでしたが、いまのところ運用面での効果は出ているようです。)。

 
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 人権擁護法案に関しては、昨日もたくさんのコメントをいただきました。

 ただ、人権擁護法案の成立を阻止したい、あるいは、濫用されないようにしたいというのであれば、2ちゃんねるやブログでぐだぐた騒いでいても何の意味もありません。コメントスクラム参加者お得意のだだっ子型消耗戦術は通じません。「俺を説得しきれないからって議論を打ち切りやがった。論破だ、論破だ」と叫んでみても、そんなことはお構いなしに法案は成立します。反対者は自ら積極的に国会議員たちを説得しなければならないのです。

 それには、法案の危険性を、条文に則して、具体的かつ論理的に説明できなければなりません。つまり、従前自分たちは「・・・・・」というような活動を行ってきたが、この法案が原案通りに可決してしまうと、第○○条第○項により、この活動が禁止されてしまうので困るということを論理的に説明できなければなりません。陳情を受けた議員は、所轄官庁の役人にその解釈が正しいのかを確認したり、議員の政策担当書や同僚議員などにも確認をとったりするわけですから、本来禁止されるべきでないものまで禁止されてしまうという具体的な危惧を論理的に説明できなければそもそも話になりません。

 人権擁護法案のうち差別的言動禁止規定について反対を表明している人々は、まずこれができていないといえそうです。
 それどころか、反対する動機が、「特定の民族ないし門地に属する人々を今後も安心して差別したい侮辱したい嫌がらせしたい」という意図が見え隠れする人が反対運動の中心に立つと、むしろ、そのような法案を成立させなければならないという決意を固くしてしまい、逆効果となるように思います。

 そして、内閣提出法案についていえば、禁止すべきものを禁止する点については多数派のコンセンサスが得られているので、禁止すべきものを禁止しつつ、禁止すべきでないものを禁止しなくとも済むような対案を用意するのがベストです。禁止すべきことについてコンセンサスが得られているものについて、これを禁止するのはけしからんと言ってみても、通常相手にされません。

 また、ブロガーも2ちゃんねらーも、未だ少数派にとどまっています。したがって、反対運動を盛り上げるためには、マスメディアに取り上げられることが必要です。そのためには、マスメディア、特にテレビの前に立って反対意見を述べるオピニオン・リーダーの存在が必要です。著名人系が担ぎ出されてくれればベストですが、少なくとも実名系ブロガーが表に出ることは不可欠です。
 また、地元選出の議員に面会を申し入れ、資料を手渡し、反対意見を聞いてもらうことも必要です。資料も渡さず、電話で言いたいことだけ言って、国会議員たちに、当該法案に反対に転じてもらおうだなんて、甘いとしか言いようがありません。

 そうすると、何人かのオピニオンリーダーには実名等をカミングアウトしてもらう必要がでてきます。まとめサイトに何百というトラックバックが集まっても、顔と名前を表にさらして反対の声を上げる人が出てこないのであれば、反対運動はそこまで、という感はやはり否めないといえるでしょう。

 あとは、マスコミ規制に関する部分等で自民党と民主党の協議が整わず廃案に終わるのをかすかに期待するしかなさそうですね。
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 昨日のエントリーに対し、「愛・蔵太」氏からトラックバックをいただきました。

 確かに「日本政府は『人種差別撤廃委員会の日本政府報告審査に関する最終見解に対する日本政府の意見の提出』の中で、人種差別撤廃委員会の最終見解に対し、明確に反論」してはいますが、人種差別撤廃委員会やその背景にある国際社会を説得できていなければ、依然、「人種差別等を禁止するために積極的な立法を行うことが避けられない状況」は変わらないわけです。

 実際、上記意見書を提出した2001年7月ののちである2002年3月に、政府は、最初の人権擁護法案を国会に提出しているわけで、「人種差別等を禁止するために何らかの積極的な立法を行うことが避けられない」ことは、そうはいいながら、認識されていたのではないかと思われます。

 それはともかく、今回の人権擁護法案は、人種差別等の禁止に関する部分についていえば、制裁規定が非常に弱いので、2ちゃんねるや一部のブログなどで騒がれているような「濫用」などほとんど起こりえないといえそうです。

 自ら実名を名乗り表現している者についていえば、その特定の表現活動を人権委員会が人種差別であると認定して是正勧告をし、これを無視したがためにそのような勧告を受けた事実を人権委員会から公開されたとしても、今更痛くもかゆくもありません。この場合、「普通の市井の人々」から「差別的な言動」と評価される言動を行っている人々は、人権委員会が勧告内容を公開しようとしまいと、そのような言動を行う人々として認識されているわけですから、「勧告内容が公開される」ということは言論を萎縮させないでしょう。つまり、「確信犯」にはほとんど意味がないといえます。

 他方、匿名で「正当な言論」を行っている人々の場合、人権委員会からの「不当な」是正勧告を拒絶した場合、人権委員会は、被勧告者の氏名とともに、どのような言論に対して是正勧告をしたかということは具体的に公開されるでしょう。すると、人権委員会が正当な言論に対して是正勧告を行った場合には、是正勧告を受けた側ではなく、是正勧告を行った人権委員会の方が社会的な非難を受けるわけですから、「普通の市井の人々」から「正当な言論」と評価される言動を行っている人たちは何一つ萎縮する必要はありません。

 それに、今回の人権擁護法案による規制は、特定の人種等の属性に対する憎悪を煽るような表現にとどまる場合には適用がありません。

 はっきり言ってしまえば、人権擁護法案での差別規制が導入されて困るのは、匿名の陰に隠れて特定の者に人種差別的な表現を投げつけて嫌がらせをしている人たちや、匿名の陰に隠れて特定の人種等に対する憎悪を煽ってその者たちに対して差別的な処遇をするように呼びかけたりしている人たちだけではないかと思われます。
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 前回のエントリーでは「現在の日本では、個々人ではなく、ある人種なり、民族なりを侮蔑したりする表現は、法的には禁止されていません。」と述べました。ただし、そういった状況はそう長くは続かないかもしれません。

 日本は、人種差別撤廃条約に参加した関係で、人種差別撤廃委員会(CERD)に条約の実施状況を報告しなければならなくなり、実際報告をしました。これを受けてCERDはこの報告書を審査し、2001年3月に「日本政府報告書への最終見解」を発表しました。この中でCERDは、「特に本条約第4条及び第5条に適合するような、人種差別を非合法化する特定の法律を制定することが必要であると信じる。」「人種的優越や憎悪に基づくあらゆる思想の流布を禁止することは、意見や表現の自由の権利と整合するものである。」「人種差別の禁止全般について、委員会は、人種差別それのみでは刑法上明示的かつ十分に処罰されないことを更に懸念する。委員会は、締約国に対し、人種差別の処罰化と、権限のある国の裁判所及び他の国家機関による、人種差別的行為からの効果的な保護と救済へのアクセスを確保すべく、本条約の規定を国内法秩序において完全に実施することを考慮するよう勧告する。」との見解を述べています。つまり、我が国においても、人種差別等を禁止するために積極的な立法を行うことは避けられない状況にあるわけです。

 そのような観点から見ると、近時話題となっている「人権擁護法案」の意義及び問題点がわかります。

 この法案では、「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」(第3条第1項第2号イ)等を人権侵害行為として禁止することとしています。その上で、そのような「不当な差別的言動であって、相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」に対しては、第3節第2款ないし第4款所定の「必要な措置を講ずることができる」(第42条第1項第2号イ)とされ、その「必要な措置」の中には、人権委員会が、「特別人権侵害が現に行われ、又は行われたと認める場合において、当該特別人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるときは、当該行為をした者に対し、理由を付して、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことその他被害の救済又は予防に必要な措置を執るべきことを勧告すること」(第60条第1項)や「当該勧告を受けた者がこれに従わないときは、その旨及び当該勧告の内容を公表すること」(第60条第2項)ができるとされています。また、「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」であって「これを放置すれば当該不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発するおそれがあることが明らかであるもの」(第43条第1号)についても同様の措置を講ずることができます。

 人権擁護法案は、人種差別規制の他に、メディアスクラムやメディアストーキング等の規制も一つの法律でやろうとしているものなので、特に後者の点に関して、マスメディアから強い反発を受けています。そちらの方は別の機会に触れるとして、人種差別規制の方に焦点を絞りましょう。

 「2ちゃんねる」投稿者や匿名ブロガーの一部の反発にもかかわらず、国際人権規約や人種差別撤廃条約の実施という観点から見ると、人権擁護法案が定める人種差別規制は範囲が狭い上に強制力も弱いということがいえます。「人種的優越又は憎悪に基づく思想の……流布」については特段の措置を講じていません(人権擁護法案が規制しようとしたのは、「特定の者」に向けられたもの及び人種等の共通の属性を有する「不特定の者」に対する具体的な差別的取り扱い、上記共通属性の公然適示行為であって、人種等の共通の属性を有する「不特定の者」に対する「侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」は規制の対象となっていない)し、人権委員会による調査活動に協力しなかった者に対し科料の制裁を科すのみで、人種差別等の実行者・扇動者を処罰する旨の規定を置いていません。
 もちろん、人権委員会には「当該勧告を受けた者がこれに従わないときは、その旨及び当該勧告の内容を公表する」権限が与えられるわけで、匿名の陰に隠れて安易な気分で差別的言動を行っている方には、そのことが世間に明るみに出るということは刑罰を受けるに等しい精神的苦痛となる場合もあり得ることは想像しうる範囲内にあるにせよ、それはある意味非常に日本的な感覚なので、人種差別的な言動を行ってもその程度の制裁しか受けないというのでは、国際社会は満足しないのではないかという危惧はあります。その意味では、今回の人権擁護法案は、人種差別撤廃のための第1歩ではあるが、十分なものではないということができそうに思います。

 現行憲法の解釈においても、たとえば善良な性道徳を守るために行う表現規制は刑罰を伴うものであれ合憲とされているのですから、これとバランスを失しない範囲で、人種差別等を撤廃するために刑罰を伴う表現規制を行うことも憲法上は許されると思われます。「人種差別」等の定義が不明確であるという批判に対しては、人種差別撤廃条約の定義規定を参考に定義の明確化を図ることでこれに応えた上で、「グローバル・スタンダード」に合致した、より実効的な人種差別規制を設けることが望まれるのではないかと思います。



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 カナダ在住のドイツ人、Ernst Zündelが強制送還された件がいくつかのブログで話題となっています。

 これは、表現の自由の限界を論ずる上では重要な問題です。そして、民族的憎悪を煽るような発言が現実社会よりも頻繁に見られるネット社会ではより関心を持たれるべき問題なのではないかとも思います。

 現在の日本では、憲法第21条により、表現の自由が保障されています。ただし、この表現の自由の保障は絶対のものではなく、一定の内在的制約に服するものと考えられています。それゆえ、個人の名誉を侵害する表現や、社会の性道徳等を低下させる表現については、これを立法により規制すること自体は憲法第21条に違反しないものと考えられています。

 ただし、現在の日本では、個々人ではなく、ある人種なり、民族なりを侮蔑したりする表現は、法的には禁止されていません。したがって、ネット上でいくら韓国のことを悪し様に非難をしても、逮捕されたり、起訴されたり、刑罰を科せられたりすることはありません(ただし、そのような表現が大いに品位を欠くものであることはまともな大人たちの間では広く共有された認識なので、ISPやブログ事業者によっては、会員規約などでそのような表現を禁止しているところも少なからずあろうかと思います。)。

 もっとも、このような「他民族に対する憎悪表現への寛容な法制度」というのが先進国スタンダードかというと、必ずしもそうではありません。そもそも、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(通称「国際人権規約B規約」)からして、第19条第2項において「すべての者は、表現の自由についての権利を有する。」と定めておきながら、第20条第2項において「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。 」と規定しています。日本は、この国際人権規約B規約の第20条第2項を国内法によって具体化していないのですが、これを具体化している国は現にあり、もっとも著名な例がドイツであるということです。

 さらに1965年に採択された「人種差別撤廃条約」においては、

第2条第1項で
1 締約国は、人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する。このため、

(a) 各締約国は、個人、集団又は団体に対する人種差別の行為又は慣行に従事しないこと並びに国及び地方のすべての公の当局及び機関がこの義務に従って行動するよう確保することを約束する。

(b) 各締約国は、いかなる個人又は団体による人種差別も後援せず、擁護せず又は支持しないことを約束する。

(c) 各締約国は、政府(国及び地方)の政策を再検討し及び人種差別を生じさせ又は永続化させる効果を有するいかなる法令も改正し、廃止し又は無効にするために効果的な措置をとる。

(d) 各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。

(e) 各締約国は、適当なときは、人種間の融和を目的とし、かつ、複数の人種で構成される団体及び運動を支援し並びに人種間の障壁を撤廃する他の方法を奨励すること並びに人種間の分断を強化するようないかなる動きも抑制することを約束する。
と規定し、さらに、

第4条で、
 締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う。

(a) 人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。

(b) 人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。

(c) 国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。

と定めています(ただし、日本政府は、この第4条の(a)(b)については、「日本国憲法の集会・結社及び表現の自由等の権利の保障と抵触しない限度において、これらの規定に基づく義務を履行する」との留保をつけています。)。

 このように、国際社会は、人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布や人種差別(注1)の扇動については、「弾圧されるべきでない思想または表現」に含めないことを共通認識として持っています。人種差別とか民族差別とかというものが社会にプラスの効果をもたらすことはないのに対し、優越的な地位を占めている側に属していることが自尊心の主な源となっている人々のハートに人種差別的な扇動はよく響くし、それがしばしば虐殺その他の人権侵害に繋がりかねないことは、歴史的にも認められることだからです。

 したがって、人種差別の扇動者を処罰する国内法を制定するまでには至ってない国々でも、人種差別の扇動者の亡命を受け入れて市民権を与えたり、本国からの送還要求を拒み続けたりするのは難しそうです。Ernst Zündelがカナダ在住ではなく、日本在住であったとして場合、日本政府はカナダ政府と同様に、彼の本国(ドイツ)への送還を決定してしまうのではないかと思われます(彼が、「ホロコースト」がなかったといっているだけで、ユダヤ人に対する憎悪を煽っていなかった場合には、そういう決定をしてしまうことは問題なのですが。)。

(注1)この条約にいう「人種差別」(racial discrimination)は「any distinction, exclusion, restriction or preference based on race, colour, descent, or national or ethnic origin which has the purpose or effect of nullifying or impairing the recognition, enjoyment or exercise, on an equal footing, of human rights and fundamental freedoms in the political, economic, social, cultural or any other field of public life」(人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの)をいうとされています(第1条)。
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 池田信夫先生のblogで、ソフトバンク・ホークスのオープン戦がヤフーBBで中継されたことが言及されています。ブロードバンド回線の主流をADSLから光へと交替させるためには、ADSLではストレスを感じてしまうストリーミング映像データをがんがん提供させていくということは合理的であり、既存のテレビ局等がこれを行おうとしないのであれば、インターネット事業者がM&A等によりテレビ局等をコントロールしてこれを行わせるか、あるいは、インターネット事業者の側で独自コンテンツを制作しまたは買い付けてくることになっていくことは十分予測される範囲内にあるといえます。
 
 もちろん、池田先生もおっしゃるとおり、インターネットを用いた動画配信サービスを普及させるには「地上波を再送信するという有線放送として当たり前の機能」が実現するかどうかが鍵になってくることは明らかであり、それは私の前回のエントリーに記載した第1の方向に繋がっていくわけです。
 
 そのためには、インターネットによる動画配信を利用したテレビ番組の再送信は、テレビ番組の地上波による受信に置き換わるほどは普及せず、あくまで見逃した番組を見るための補完的な位置づけに留まる(ビデオデッキが普及した現在でも、録画再生率は同時刻視聴率より相当低いという人もいるのですが、ビデオリサーチ社でも録画率までしかデータを取っていないようなので、本当のところはよくわからないです。)としても、ストリーミングデータの処理技術に関するさらなるブレークスルーが必要になるのかも知れません。
 
 それと同時に、テレビ局主導でやるのかインターネット事業者主導でやるのかはともかくとして、インターネットによる動画配信を利用したテレビ番組の再送信が行いやすくなるような法制度上の整備もおそらく必要になるでしょう。というのも、日本の現行著作権法では、テレビ番組を「送信可能化」するにあたっては、挿入歌についての原盤権(「レコード製作者」としての著作隣接権を一般にそう呼んでいます。)者の許諾が必要となるからです(これに対し、「放送」または「有線放送」の場合、原盤権者の許諾は不要であり、原盤権者(実際には、社団法人日本レコード協会)に二次使用料を支払えば足ります。)。また、テレビ番組を送信可能化するためにサーバディスク内に映像データ等を蔵置するには、実演家の許諾も必要となる(放送事業者または有線放送事業者による放送または有線放送のための一時的な録音・録画ならば、著作権法第102条により準用される第44条により適法となるのですが。)点もやっかいです。もっとも、テレビ局主導で再送信を行う場合、新規に制作された番組に関しては、本放送後一定期間内のインターネットを利用した再送信についてまで、出演契約のときに許諾を取ってしまえばよいだけなのですが。
 
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