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弁護士。中央大学法学部兼任講師。1968年生まれ。著作権等の知的財産権、IT関係はとりわけ強い。これまで、中古ゲーム差止訴訟、「mp3.co.jp」ドメイン名訴訟、対WinMXユーザー発信者情報開示請求訴訟などで勝利を収め、ファイルローグ事件では、高裁での逆転勝利をねらう。主な著書として『著作権法コンメンタール』(編著:東京布井出版)、『インターネットの法務と税務』(共著:新日本法規)などがある。
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小倉秀夫の「IT法のTop Front」
Hotwired / Blog / 小倉秀夫の「IT法のTop Front」
 本日の深夜のエントリーに対し、「masamic」氏からコメントをいただきました。
 
「どんなに自分に不利なコメントがついても、削除するつもりはありません。ただの悪戯書や、自分以外への人を中傷するような発言に対しては削除も辞さない考えですが、それ自体も可能であれば残したいと思っています。」

と書きました。つまり、悪戯書きと思われるものについては削除の対象でいいと思っています。
とのことです。そういう方針のblogがあっても構わないですが、私は必ずしもお勧めしません。

 ある種の思想集団(必ずしも組織化されているものを指しているわけではありません。)の気に入らない発言をblogで行うと、当該思想集団から大量の批判的コメントやAAが継続的に寄せられることがしばしばあります。AAがコメント欄に書き込まれてしまうのは「2ちゃんねる」文化を有している日本のネット界の特徴なのでしょうが、その点を除けば、マスメディアの「素朴な正義感」に引っかかる言動を行った人間がマスコミに取り囲まれ質問やら批判やら罵詈雑言やらを浴びせかけられて身動きがとりにくくなる「メディアスクラム」に類似します。
 
 コメントスクラムに参加している人々は、同じコメントスクラムに参加している他の人の発言によって、自分たちの「正しさ」に対する確信を強めていく傾向が強いので、まじめに相手をしていても、それで満足して去ってくれないことがしばしばあります。その中で、コメントに応対することに疲弊してしまい、blogを維持することすら嫌気がさしてやめてしまうという例は決して少なくないようです。

 blogなんていやな思いをしてまで継続するようなものではないのですが、そうであるならば、blog自体をやめてしまうより、嫌気がさす原因を取り除いてblogを継続する方が生産的です。

 メディアスクラムならぬコメントスクラムに対してはまじめに相手にしていてもきりがないので、その中の数人に何回か相手をして、それでも埓があかないと思ったら、無視するなりコメントを削除するなりコメント制限をしたりというのは、現実的な対抗手段だと思っています。「勝利宣言」は勝手にやらせておけばいいわけです(コメントスクラムを行っている集団と思想を共有していない人々は、その「勝利宣言」自体を冷ややかに見ているだけですから。)。
また、小倉さんの仰られたような「ずべてに返事をするべき。」という様な内容は該当コメントには書いておりません。ですので補足として、これは小倉さんの仰るとおり、ある程度まとめてコメントするなりエントリにするなりすればよいと思っています。まず最初に礼節を重んずべきは節度あるコメントをされた方々に対してであり、無礼なコメントをされた方々に対してではありません。

とのことです(確かに、「すべてに」と明示はされていなかったですね。)が、メディアスクラムの中で投げかけられる質問等の中には節度あるものが少なからずあるように、コメントスクラムの中には個々的に見れば節度のあるものは少なくありません。しかし、節度のある記者もメディアスクラムの中に混じっているとしても大群で押し寄せる報道陣を避けたくなるのが人情であるように、節度のあるコメントもコメントスクラムの中に混じっていたとしても大量に批判的なコメントが押し寄せた場合、相手をする気を失うのは極めて自然な感情です。実際、このような状況の下では、節度のあるコメントに礼節を尽くしたコメントを返しても、コメントスクラムの中で自分たちに正義があると確信してしまっている人々が説得されて引いていってくれるというのは期待しがたいですから。

 で、問題のblogで「捨てぜりふ」と騒がれている発言ですけど、そんなに騒ぐような発言かなあと言うのが正直な感想です。夜、自分のblogをチェックしてみたら、コメントとTBが40個も寄せられていることを知ったら、その日のうちにコメントを返そうだなんて思わないのはむしろ正常な判断だし、その趣旨を表現したものとしては十分ありうる範囲内の発言だと思うのです。別に、永久にコメントしないで無視するという宣言とは受け取れませんでした(「捨てぜりふ」とは、「立ち去る時に言い放って、相手の返事などを求めない言葉。すてことば。特に、相手をおとしたり軽蔑したりするときに放つ」by広辞苑(第5版))。
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コメント
 
 
 
「ウィスキーでも飲んで寝よう」は「捨て台詞」か? (masamic)
2005-01-10 15:11:22
今度も長いコメントですみません。



あと、徹夜明けなので、少々変な反応をしたかもしれません。いわゆる「捨て台詞」発言ですね。それについては文脈上対比のために使用したに過ぎずそれに執着しているわけではありません。最後にどんでん返しをします。しばらくは「捨て台詞」という単語でご勘弁願います。いろいろとお伺いしたいこともあるので、よろしくお願いします。まだ寝ていないのでまた変なこと書いてるかもしれませんが。



「メディアスクラム」に類似する「コメントスクラム」ですか。なるほど、興味深いです。



本エントリでは、結局のところ、

『「ウィスキーでも飲んで寝よう」は「捨て台詞」か?』

という問題になるわけですね。



「ウィスキーを飲んで寝よう」という言葉は、氏の率直な言葉かもしれませんが、その言葉をどう受け取るかは人それぞれですよね。



それはまさに、私の「捨て台詞」という言葉を小倉さんは、私が「騒いでいる」と感じられておられることと対比できるのではないでしょうか?確かにきつい言葉ではありますが、少なくとも私は「騒いでいる」と言われるほど執着していません。ガ島通信での該当エントリでのコメントは一つだけですし、「捨て台詞」という単語も一箇所だけです。「完全に」と断定調で書きましたが。あと、先のエントリ「大量のコメントが寄せられたときに」での私のコメントで、二度使用していますが、これは先に言ったように対比のために使用しているだけです。



同じように「ウィスキーを飲んで寝よう」という言葉に、小倉さんは特に問題があるようには感じられなかったようですが、私はかなり乱暴な文章の締め方のように感じました。私と同じように感じた人も(どれくらいいるかはわかりませんが)いるように感じます。それは、その一言で、いっそう荒れたという記述が、氏を論破したカリー氏の「【まとめ】 ミッドナイトパックス氏とカリー氏」に記載されているからです。そう反応したのは、当然「コメントスクラム」の人々も含まれるわけですが。

参考⇒http://blog.livedoor.jp/f_117/archives/11751329.html

※ただしこのまとめはカリー氏によるものではありません。



おそらく、その言葉を書かずに、「今日は対応するのに疲れました。以後のコメントは明日以降に対応可能な範囲でまとめてコメント(もしくはエントリ)します。」程度にしてれば、より一層荒れる可能性は少なかったのではないかということです。また、「対応可能な範囲」という言葉を使うことで、10コメントでも、50コメントでも100コメントでも好きな量ごとにコメントをまとめて書くことを表明することになりますし、暗にですが、コメントを取捨選択するという表明にもなります。つまり対応不可能な(例えば氏への中傷などの)コメントは無視できます。



また、大量にコメント(とトラックバック)があると、その中に埋もれた節度のあるコメントやトラックバックが見つけられない可能性は確かに高いですが、その点についても何か一言書いておけば良いように思います。正直に「大量のコメントおよびトラックバックに対応できなくなってしまいました。対応に遅れが出るかと思いますが、ご容赦ください。」と書けば、少なくともすぐに対応する必要はなくなるでしょう。



これって甘い考えなのでしょうか?もしそうだとすれば、考えを改める必要があるかもしれません。私も少々政治的な主張をすることがあるので、場合によっては標的になりかねないので。



結果として私は「ウィスキーを飲んで寝よう」を「捨て台詞」だと判断しました。確かに小倉さんも仰るように「十分ありえる反応」ではあります。おそらく氏は「そういった対応はもう出来ないと音を上げてしまった(本音を漏らしてしまった)。」わけです。ただ、その後の氏の対応は、まさに「捨て台詞」を吐いたのと等しく感じるくらい、俗な言い方をすれば「キレた」対応をされているように思われるのです。



もちろん恐怖心からくる仕方のない対応だったのかもしれません。それは想像に難くありません。



さて、「捨て台詞」について広辞苑を引用されているようですが、それが「それでも何らかの対応しているのだから、捨て台詞ではないのでは?」という質問の意味であるのでしたら、「捨て台詞」は撤回してもかまいません。それほど厳密な意味では使用していませんでした。その場合はガ島通信の該当コメントを含め、今までの「捨て台詞」を全て「(状況を悪化させる)きわめて不適切な発言」とこの場を借りて訂正いたします。しかし、どう訂正しようとも小倉さんの私に対する疑問(なぜそこに執着するの?)は解決しないかもしれません。その点については次段落で。



どちらにせよ、残念ながらその一言から以降、氏の行為は完全に裏目に出ていたように感じられますが、いかがですか?(もしあったとすれば)コメントスクラムの「わな」に嵌った(嵌められた)と言っても良いのではないでしょうか。「その発言以前にもう取り返しの付かない状況になっていたのでは?」という主張もあるかもしれません。この辺の厳密な分岐点は今後明らかになっていくのではないでしょうか。私の意見はあの一言だと思っています。小倉さんの意見はどうも私とは異なるようです。ではどこに分岐点があったと考えられますか?ここが違っているから話がかみ合わないのだとも考えられます。



> blogなんていやな思いをしてまで継続するようなものではないのですが、そうであるならば、blog自体をやめてしまうより、嫌気がさす原因を取り除いてblogを継続する方が生産的です。



全くそのとおりだと思います。
 
 
 
トラックバックについて (terutell)
2005-01-11 08:55:30
はじめまして。

「『大津波被災と自己責任論』関連リンク集」というページに、「『素晴らしき世界』に言及しているが、『自己責任論』についてではなく、ブログの管理の仕方について述べているもの」という断り書きを付けて、掲載させていただきました。

しかし、こちらのブログでは「大津波」についても「自己責任」についても述べていらっしゃらないのに、トラックバックした私のブログのタイトルが載っているのは御迷惑かもしれません。

トラックバックした後から、気づいたので、もし御迷惑でしたらまことに申し訳ないと思います。

私のブログでのリンクそのものの削除を御希望されたらそうしますし、または、こちらでのトラックバック欄からの削除が可能であれば削除をしていただければと思います。

これが杞憂であればよいと願っております。
 
 
 
分水嶺 (小倉)
2005-01-12 02:28:43
>おそらく、その言葉を書かずに、「今日は対応するのに疲れま

>した。以後のコメントは明日以降に対応可能な範囲でまとめて

>コメント(もしくはエントリ)します。」程度にしてれば、よ

>り一層荒れる可能性は少なかったのではないかということです

>。また、「対応可能な範囲」という言葉を使うことで、10コ

>メントでも、50コメントでも100コメントでも好きな量ごと

>にコメントをまとめて書くことを表明することになりますし、

>暗にですが、コメントを取捨選択するという表明にもなります

>。つまり対応不可能な(例えば氏への中傷などの)コメントは

>無視できます。



 「自分のblogをチェックしたら自分に批判的な(あるいは攻撃的な)コメントやトラックバックが40個も付いていた」という状況に突然置かれた人にそんなことを期待するのはどうしたものかということをまず感じますし、仮にその通りにしていたとして、コメントスクラムを楽しむ人たちに通ずるものかなあという疑問があります。ある種の思想傾向を保った人々の集団のコメントスクラムに潰されてしまったblogや電子掲示板等を見ていると、潰されるか潰されないかの分水嶺は、彼らに対する礼節を守っているかどうかではなく、彼らのコメントスクラムをはねのける強靭な精神力を有しているか否かにかかっているような気がしています。

 

 もともとの話題自体が、イラクで人質になった3人の日本人についての評価が異なる人同士では決して収束することのない話題だったので、一方が他方に説得されるとか、一方が他方に「論破」されるということは客観的にはあり得ない類のものだったので、どちらかが疲弊したり恐怖を感じたり等の理由で撤退しない限り収拾しなかったように思います。すると、コメントスクラムが収まるまで同じことを言い続けるか、表面的に前言を撤回するなどして謝りコメントスクラムが立ち去るようにし向けるか、コメントスクラムを完全に無視するか、コメントスクラムをさっさと削除するか、blog自体を閉じてしまうか、くらいしか選択肢は現実問題としてなかったのではないかと思います。

 

(で、私のお勧めは、コメントスクラムは徹底的に削除で対抗することです。削除されたくなかったら、自分でblogをもってトラックバックすればよいだけなので、攻撃的なコメントをがんがん削除したって倫理的な問題はありません。それに、自分のblogへのエントリーとなると、他人のblogへのコメントほど粗暴な表現をできない人が多いですから。) 



>結果として私は「ウィスキーを飲んで寝よう」を「捨て台詞」

>だと判断しました。確かに小倉さんも仰るように「十分ありえ

>る反応」ではあります。おそらく氏は「そういった対応はもう

>出来ないと音を上げてしまった(本音を漏らしてしまった)。

>」わけです。ただ、その後の氏の対応は、まさに「捨て台詞」

>を吐いたのと等しく感じるくらい、俗な言い方をすれば「キレ

>た」対応をされているように思われるのです。



 コメントスクラムに対して、正面から応対しようと思ったのが間違いだったと思います。彼らは、自分の考えに近い人の発言を見て自分の正義をより確信していくので、正面から応対しても説得されることはまずないということをきちんと認識していれば、彼らに対してどう対応したらよいか自ずと見えてきたと思うのですが、彼はある意味真面目すぎたのでしょうね。
 
 
 
徹底的に対応すべき…ですか。 (masamic)
2005-01-12 14:26:26
「徹底的に対抗すべき」ですか…。



小倉さんとしては、「まじめに対応すること自体が、物事を悪化させることもある。」という見解なのですね。



>潰されるか潰されないかの分水嶺は、彼らに対する礼節を守っているかどうかではなく、彼らのコメントスクラムをはねのける強靭な精神力を有しているか否かにかかっているような気がしています。



なるほど。

結局、どちらの場合にも厳しい戦いを強いられるということですね。攻撃的コメントを削除するという作業の負担も含めて。



いろいろと勉強になりました。

「徹底的に対抗すべき」という点は、慎重に考える必要があるので、今のうちにいろいろと勉強し対策を考えることにします。



私も今後は今まで以上に心してかかりたいと思います。まあ、まずは「地雷」を踏まないように。



実は、今回私のコメントを引用されたことで、初めて小倉さんのblogを知りました。いや、知っていたかもしれませんが、気にかけていませんでした。弁護士をされていらっしゃるということで、私のコメントが引用されたことは、ある意味良かったと思っています。個人的にはちょっとドキドキしてましたが。コメントした以上それが取り上げられるのも「自己責任」ということで。(^^;

#これからは巡回ルートに入れさせていただきます。



ガ島通信さんでも繰り広げられた「自己責任」論にはあえて参加せずに、「どう対処すべきであったか」という論で私がコメントしたことが、このような形で、あるひとつの(最適なものかはよく解りませんが)対応例が示される結果になったことは大変うれしく思います。



この議論も、とあるサイト※で、スマトラ沖巨大地震津波災害「自己責任」論議のまとめページに取り上げられたようですし、しかも「自己責任」論ではなく、この議論をベースに「blogの管理の仕方」を論じたサイトとして別枠で扱われています。



※「大津波被災と自己責任論」関連リンク集

http://terutell.at.webry.info/200501/article_6.html



小倉さんには、今後とも(一般人のBlogなども含めた)IT業界での話題を取り上げていただけることを期待しております。



以上、ありがとうございました。



p.s. もしネタが尽きたら、私もコメントを晒してくださっても結構ですので、よろしくお願いいたします。
 
 
 
Unknown (W.T.)
2005-01-13 03:04:44
はじめまして、

コメントスクラムに対して私が思ったことを書いてみたいと思います。



コメントスクラムは、内容に何らかの問題点があると思う人たちと、その考えに賛同した人たちが、

個々の意思でコメントを通じて追求した結果であると思います。

つまり、コメントスクラムが起るということは、それが正しいのか間違いなのかは別として、

その内容に(彼らからすれば)何らかの問題点があるということだと思います。

(いいがかりの可能性はありますが、コメントスクラムが起こるということは、その問題点の指摘に説得力があり、

その指摘に賛同して追求したいと考える人がそれなりにいたということです)



それに対し、コメントの削除や取捨選択をすることは、誰が見ても明らかなひやかしを除いては下手に行うと彼らに

「都合の悪い書き込みを削除した」、「答えられる内容しか答えない」

といった印象を与えてしまい、ますますコメントスクラムに拍車をかける結果につながりかねません。

放置するという方法もありますが、コメントスクラムの内容によっては無関係の訪問者に悪い印象を与える可能性があるという問題があります。



結局、これに対処しようと思えば

・問題点を認め、謝罪撤回をする。

・問題点ではないとしてその部分の正当性を訴える。

・問題点の一部を認め、しかし残りの部分は問題ではないとして正当性を訴える。(上記の中間)

の3つではないかと考えるのですが、

1番目は問題点の把握を間違えると「的外れの説明」という印象を与えて逆効果になりますし、

2番目の正当性を訴えるには相当の労力と時間が必要になるでしょう。

彼らもどう考えてもこれは問題だろうと思ったからこそコメントスクラムという形で追求しているので、

よほど彼らに大きな問題でもない限りは難しいでしょうし、これが成功した例を私は見たことがありません。

3番目が彼らは問題点を認めさせたという形で、自分も一部問題はありつつも間違っていたわけではないという形で互いの面子が立つため、

最も解決しやすい形ではあるのですが、問題となる部分と正当な部分を上手く分けないと逆効果であり、

コメントスクラムが起っている状況で上手くそれができるのかどうかはかなり疑問です。

ですから、一度コメントスクラムが起きてしまうとどうやっても不利になります、

というよりも、彼らが絶対有利だと考えるからこそコメントスクラムが起こると考えるとわかりやすいかもしれません。



ですから、コメントをつけられる場で何かを主張するときは、できるだけ問題のある内容を避けるか、

あえて問題のありそうな大胆な内容を書くのであればコメントスクラムに対処するという不利な状況を覚悟して書く必要があるでしょう。



ミッドナイトパックス氏の問題点は最初2番目の正当性を訴える行動に出たにもかかわらず、

「ウィスキーを飲んで寝よう」といった突然彼らに対して議論を放棄したという印象を与えかねない書き込みをしたり、

また、コメントのIPの公開したりなど議論の途中にも結果として彼らに利する書き込みをいくつかやっていたことでしょう。

(結果として彼らに利することになったのが問題であり、どういう意図でそういった書き込みをしたのかは関係ありません)

結局、正当性を訴えて彼らを抑えることは不可能という状況になって閉鎖に至ったのではないかと考えます。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2005-01-13 12:56:45
なんかあれですね。

「いじめられる人は、任意でその人をいじめたくなる人が大勢いるから、いじめられることになる。つまり、いじめられる側になんらかの責任がある。」みたいな頓珍漢な主張が多いですね。



書き手の責任を問うのであれば、1つのブログを閉鎖に追い込んだコメント執筆者にも全く同じ責任があることに気付いていないようです。

 
 
 
ブログ閉鎖の経緯のまとめ (teruteru)
2005-01-13 19:58:52
「素晴らしき世界」閉鎖の経緯をまとめましたので、興味のある方は御覧ください。

http://terutell.at.webry.info/200501/article_9.html
 
 
 
無題 (サルゴン)
2005-01-13 22:19:05
はじめまして。

>>Unknownさん

>書き手の責任を問うのであれば、1つのブログを閉>鎖に追い込んだコメント執筆者にも全く同じ責任が>ある

とのことですが、ブログ管理人にはrootの権限があるということをお忘れなのではないですか?

ブログ管理人は、コメントが欲しくない(=議論がしたくない)と思うのであれば、はじめからコメント出来ないようにする事が出来ます。

コメントが出来るようにしてあるのであれば、それは議論を歓迎するということに他なりません。

にも拘らず、多くのコメントがついたからと言って勝手にやる気を失くし、その中の少数に非礼なコメントがあるからと言って、それをその他の多くの「まともなコメントに対応したくないことへの免罪符」にすることなど出来ない筈です。

とくに、議論を呼ぶような話題を振っておきながら、コメントを全く無視し、あまつさえコメントする人間が自分勝手な正義に振り回された愚者の集団であると決め付けることなど、言語道断です。

他の皆さんも書いていますが、あまりにも多くのコメントがついて対応が難しいのであれば、場を改めて仕切りなおすなどの対応は取れますし、議論が嫌ならさっさと切上げて、コメント禁止にすれば良いだけの話です。

議論を是しつつ、肯定的な意見のみが欲しいなどというのは全く道理ではありません。



そして、「いじめ」というのが何なのか、もう一度考え直してはいかがでしょうか。

何時ぞやのヨットスクールのように、いじめられる

側が悪いとは言いませんし、全て初めから公開されていた情報とはいえ、個人情報収集に走るのはいただけません。

しかしながら、unknownさんはその「いじめる」側のどこが悪であり、「いじめられる」側のどこが正義であったのか、政治思想抜きで語ることができるでしょうか?

いじめる側は一枚岩でなく、寧ろ烏合の衆なのです。
 
 
 
人生いろいろ、BLOGもいろいろ (小倉)
2005-01-14 00:57:42
 木村剛さんのようにトラックバックしか受け付けないところがあってもよいし、斬込隊長さんのところのようにコメントを受け付けてはいるけどほとんど相手にしていないところがあっても良いし、私のように、コメントに対しさらに応対するか適当に判断しているところもあっても良いと思っているのですが、コメントをつけられるようにした以上無視したりしてはいけないと考える根拠は何なのでしょうか。



 まあ、このblogはあくまでHotwiredの企画の一つなのでちょっと違いますが、普通のblogはあくまで趣味の一環なんですよ。



 
 
 
Re:人生いろいろ、BLOGもいろいろ (サルゴン)
2005-01-14 02:18:07
小倉さん、はじめまして。瑣末な理論を振りかざすことになりますが、お付き合い下さい。

さて、私がコメント欄を開放している以上議論を受け入れるべきだ、としているのは、ひとつにそれが「非論理的」であることです。

無論、コメント欄とそれを内包するブログには様々な形態があることに関して、私はまったくそれを否定する術を持ち得ません。



しかし、私は様々な政治的な思想を語るBlogを見てきましたが、例えば2chに晒されたとかで、反対意見や批判を多数書き込まれたBlogの管理人が、コメントを削除する様子を見るに付け、非常に合理性を欠いていると感じます。

まず、コメントを投稿できるようにする、という行為は、『誰しもが自由に投稿内容について管理人の目に直接触れる場所で言及する権利を与える』に等しい行為であるといえます。

それは極端なことをいえば、当然人にもよりますが、『管理人の意見に対して何らかのコメントが欲しい』という事に他なりません(コメントが欲しくないというブログ運営者などいるでしょうか?)。

これは、コメント欄に関して手を殆ど付けない切込隊長氏のケースでも同じことで、コメント欄に何かを書いてもらうことで、閲覧者が投稿した内容に反応を示してくれたことを確認するためだと言えます。

トラックバック、アクセスカウンタなども、似たような機能を持つといえるでしょう。

そしてそれは同時に、『投稿した内容に対して賛成の意見や、好意的な反応が欲しい』ということに、他ならないのです。こと政治的な問題など議論を呼ぶ内容に関してはそうであると言える筈です。

但し、必ずしも、コメント欄にそのようなコメントが投稿されるとは限りません。議論を呼ぶ内容ならば特にそうで、管理者はそれを視野に入れる必要があります。

このことについて、例えばそのBlogが企画で行われているとか、趣味の片手間でやっているということはあまり関係ありません。議論を呼ぶ内容である限り、議論はいずれやってきます。

そうしたことを念頭に入れたとき、『コメントを削除する』という行為は、コメント欄を『好意的な意見や賛成する意見しか遺さない』ようにする行為であるといえます。

ですが、コメントスクラムに陥った状況では、好意的な意見だけを抽出するのは非常に面倒極まりなく、またどのようにかしてやったとして、『言論弾圧である』といったような批判は避けられないものとなり、本来の内容を放置してのバッシング、更なるコメントスクラムを発生させる原因に繋がります。



(長くなりましたので、分けることにいたします。できれば簡潔にと考えたのですが、申し訳ないと思います……)
 
 
 
Re:人生いろいろ、BLOGもいろいろ(2) (サルゴン)
2005-01-14 02:19:43
こうした意見に対し、自分の意見は自分のサイトでやってトラックバックでも送ればいいじゃないか、人のサイトを土足で踏みにじりやがって、という反論も目にしますが、私が実際にそれを実行したところ、トラックバック禁止の憂き目にあったことがあります。

好意的な意見だけを見たい、というのは、気持ちとしては理解できます。ですが、そういった考え方は、コメントスクラムの悪循環・また、言論弾圧をするサイトだという悪評を発生させてしまうのだと認識する必要があります。

このようなことから、私はコメント欄に投稿を許可しているにも拘らず削除する行為を、全く『非論理的・非合理的』だと位置づけました。

しかも、他に意見の発信方法がないのならばともかくも、批判的な意見を受け付けずに意見を発信する方法はいくらでもあります。普通のフリースペースに閲覧のみのHPを持っても良いし、同好の士のみが閲覧できるBlogであってもよいでしょう。

しかし、もっとも簡単至極なのはコメントの禁止です。

好意的な意見も受けられなくなるかもしれませんが、インターネットの基本的な設計理念は『公共』であり、それにそぐわない姿勢は排除されてしかるべきです。



長くなってしまいましたが、最後に、ご指摘のとおり、切込隊長氏のようにコメントを放置し、ほとんど手を付けないというやり方も確かにありだと感じます。

もっとも、コメントスクラムにも一切動じることなく、好意的な意見にも反対的な意見にも対応しない『タフネス』が要求されます。

しかし、ある意味、『コメントに応じないというのはコメント欄がない』に等しいのだということを、覚えておく必要があります。

コメントには応じない、応じるならば応じる、それが、コメントスクラムに対処する最も有効な手法なのだということです。



最後に、”徹底削除”で対応したあるサイトをご紹介します。内容は、小倉さんご自身で判断なさってください。



http://revolt.cocolog-nifty.com/love/
 
 
 
コメントスクラムという言葉に…… (plummet)
2005-01-14 05:21:38
 ……一つの「罠」があるような印象を感じます。



 その言葉を受け取ると、「ブロガー対コメント記入者」(対決の対ではなく、対応の対)が「一対多」であることがイメージされますが、実際にそれは、少なくとも当初のうちは「一対一」が複数あるというだけの話ではないでしょうか?

 

 2chで言う「祭り」の状態(言葉は悪いけど集団ヒステリー的な状況)になるまでは、あくまでもコメンターは自分一人の意志でブロガーの意見(記事)に対応していると思うのですよ。

 「結果として」コメントスクラムと呼ぶにふさわしい、集団でブロガーに向かっていく状況が生まれたとしても、最初からいきなりその状態になっているわけではないと考えます。

 

 一例として、この一件を取り上げた芸能問題総合研究所ANNEXがあげられます。

http://blog.livedoor.jp/eriteruohashi/

 こちらでは、コメンターが「集団」を形成する前にブロガーが冷静な判断と対応をした(もちろんそれは徹底削除などではない)ため、「スクラム」が発生する以前に事態が収束しました。

 このような対処を怠った「素晴らしい世界」が「スクラム」による徹底反論を受けたことを考えると、少なくとも「スクラム以前」の状態においては、徹底削除というのはむしろスクラムを強固にさせる接着剤にして撒き餌に過ぎないように感じられます。この印象は、これまでの自分自身の体験に照らしても、矛盾はしないのです。

 

 コメントスクラムに対する対処は、発生後の対症療法よりむしろ、予防法の実践の方がより有効ではないでしょうか。コメントスクラムは、その状態になった時点ですでに半分がた手遅れなのです。「削除すること」をこちらの「ブロガー」がお勧めされているのは、正直な印象として、火種を増やすだけのような気がします。



 ……その心配のためにこうしたコメントを残していくことにしました。「削除すればいい」「スクラムを組まれる前に対処」どちらを取るかはブロガーの判断に……

 
 
 
「屈する」ことの是非 (小倉)
2005-01-14 08:53:19
 芸能問題総合研究所ANEEXの場合、荒らされるのが怖くなって、問題の話題については、ある種の思想集団に譲歩する形をとるとともに、「とはいえ、これからは、アイドルのことなど、どうでもいい内容が多くなるでしょう。」として、ある種の思想集団を興奮させてしまうような話題を避けることを志向することとしたようですね。



 それはそれで「冷静な判断」であり「予防法の実践」ではあると思うのですが、ただその場合、コメントスクラムは、その思想集団を興奮させてしまうような話題をbloggerに書き込ませない、一種の言論統制機能を果たしてしまうので、そのような「賢さ」を皆が持つのはどうしたものかなあと思わなくもありません。
 
 
 
Unknown (plummet)
2005-01-14 21:23:41
 うーん。コメントスクラムに対処するに当たってする削除もまた、統制・検閲のイメージが強いのですが(特に今回は「記者」ブログが発端なので職業倫理にも目がいきますし)。



 ANNEXが言葉は悪いですが「逃げ腰」になったというところには、実のところ同意です。あの場合の特殊論として。逆に「その程度」だったので問題なしではあるのですが。むしろ議論の無軌道・無見識な拡散を避けられて良かったのかもしれません。



 誤解されませぬよう申し添えますが、冷静な対処というのは決して逃げ腰になり話題から撤退することを意味しません。

 結論ありきの強硬な主張(ディベート的な)ではなく、会話を通じた説得を伴う主張である、ということで。



 ああいった「祭り」を見ていると、自分の一方的な主張に対する反論を許さない・再反論を試みない(論戦の放棄)書き手の姿勢が問題をゆがめて大きくする一因になっていることを肌で感じます(祭り参加者としてw)。

 おそらく書き手は「おれのサイトなのだからおれの主張を聞け」という認識でものを書き、読み手(コメンターたち)は「公開された(公共の)Webでやっているのだから王様気分でいるな」という認識で読んでいるのではないでしょうか。

 そうした認識の齟齬こそが祭りの原因であるとするならば、徹底削除はさらなる書き手側の都合の押しつけになり、読む側の反発を一層増すだろうことが思われるのですが……



 とまあ、これは書く側と読む側の立場が対等である、という認識に立った意見です。

 書く側が王様であるという見地に立てば、徹底削除は正当な権利行使と考えられなくはないのですが。

 

 

 素人の駄文におつきあいいただきありがとうございました。

 
 
 
 
blogはblog主のものです。 (小倉)
2005-01-15 01:47:24
> うーん。コメントスクラムに対処するに当たってする削除もまた、統制

>・検閲のイメージが強いのですが(特に今回は「記者」ブログが発端なの

>で職業倫理にも目がいきますし)。



 私的なメディアにおいて、好ましくない情報をカットするのは、普通は「検閲」とはいわず、「編集」というのではないかと思います。私的なメディアにおいては、公平である必要も中立的である必要もないのが原則です。

 

> ああいった「祭り」を見ていると、自分の一方的な主張に対する反論を

>許さない・再反論を試みない(論戦の放棄)書き手の姿勢が問題をゆがめ

>て大きくする一因になっていることを肌で感じます(祭り参加者としてw

>)。



 それはそれで、blogの運営方針として「あり」だと思うのですが。

 blogは、電子掲示板以上に、blog主とコメンターとの間に主従の関係がはっきりあるメディアです(その分、評判リスクは主としてblog主が負います。)。所詮は、ウェブ日記から出発していますから。



 そのblogの方針が気にくわなければ読まなければいいのだし、批判したければ自分のblogで批判記事を書いてトラックバックをすればいいわけですし(トラックバックははずされるかもしれませんが、批判記事は残ります。)。

 
 
 
 
コメントスクラムを削除すると (小倉)
2005-01-15 02:20:05
>このことについて、例えばそのBlogが企画で行われているとか、趣味の片

>手間でやっているということはあまり関係ありません。議論を呼ぶ内容で

>ある限り、議論はいずれやってきます。

>そうしたことを念頭に入れたとき、『コメントを削除する』という行為は

>、コメント欄を『好意的な意見や賛成する意見しか遺さない』ようにする

>行為であるといえます。



 それっていけないことですか?

 運営しているのは一私人ですよ。



>ですが、コメントスクラムに陥った状況では、好意的な意見だけを抽出す

>るのは非常に面倒極まりなく、またどのようにかしてやったとして、『言

>論弾圧である』といったような批判は避けられないものとなり、本来の内

>容を放置してのバッシング、更なるコメントスクラムを発生させる原因に

>繋がります。



 まあ、特定のIPアドレスからのコメント投稿を禁止したり、誹謗中傷が継続するようならアクセスプロバイダを通じて抗議するなどの方法もありますね。もちろん、多くの人は固定IPアドレスなど使用していないでしょうから、回線をいったん切れば別のIPアドレスの割り当てを受けることができるのでそんなことは意味がないという見解もあり得るところですが、こういうのは根比べ的な側面がありますから、どうせ説得されない集団にコメントを返して揚げ足とりを含めた袋だたき状態にあうよりは、コメントスクラム参加者が頑張って書き込んだコメントをさっと削ってしまうという楽な手段をとった方がよいのです。



 さらにいうと、ある種の思想集団によるコメントスクラムというのは、その思想集団と距離を置いている人からは、コメントスクラムを行っている人々が「加害者」であって、コメントスクラムを受けているblog主は「被害者」に見えますから、blog主がコメントスクラムを徹底削除しても、言論弾圧をしているというとらえ方よりも、コメントスクラムに対し頑張って闘っているというとらえ方をされる可能性があります。コメントスクラムは、外から見ると、コメントスクラムをされている人より、している人たちの方が滑稽に見えることがしばしばあります。
 
 
 
Re:コメントスクラムを削除すると (サルゴン)
2005-01-15 15:52:40
>それっていけないことですか?

>運営しているのは一私人ですよ。

いけないことではありませんし、法律的にも何ら問題に関ってくる内容ではありません。



まず改めて見直していただきたいのは、『インターネットの基本的な設計理念は”公共”である』ということであり、コメント開放という行為によって公共の思想に賛同する以上、そこに更に、政治問題のような未だもって正解の得られていない問題についての線(削除対象か否か)を上書きすることは、『批判を招いても致したかない』ということです。



何度も申し上げますが、インターネット上において、公人か私人であるかはあまり問題になりません。閲覧し、意見を述べようとしている人間は相手が公人か私人かで区別しているわけではありませんし、公人は公人であることを隠すことができるのですから、閲覧者はあまりそういったことを気にしていないと考えるべきです。また、議論の対象となっているのはあくまで政治など公の問題についてであり、私人の私的な問題についての論争ではないからです。

(MidNightPax氏のケースでは、個人情報の収集問題がありますが、本来の問題が全く棚上げされ、氏の主張に関してはもはや誰も検討していないのが問題ではないかと思われます)



また、そういった観点に立つと、私人がそのようにリスクを冒してまでコメントスクラムに立ち向かわなければならないよりかは、むしろ閲覧者の勝手な意見を規制し、同好の士や意見の交換相手として相応しい人間を募るにはより公の掲示板を利用するとか、メールにてやりとりするだけでよく、全くリスクを背負わずに済むのだということも付け加えておきます。

つまるところ、コメント欄をなぜ禁止しなくてはならないのか、という問題の答えは、むしろ管理者のリスクマネージメントと、管理の負担の軽減という視点から成り立っているのであって、バカに逃げ腰だと思われるなどという無意味な心配をする必要はないのだと考えては如何かと思われます。

(後半についてはまた後ほど書かせていただきます・・・)
 
 
 
Re:コメントスクラムを削除すると(2) (サルゴン)
2005-01-15 21:23:04
では、遅くなりましたが、後半です。

まず、書き込みがなされた当時のIPと時間さえ分かれば、ISPはNATでそのIPアドレスが割り当てられていた人物を特定できます。ですので、IPアドレスと時間を連絡すれば、いくら割り当てを変更されても全く問題ありません。

ですので、本当に迷惑行為による荒らしが行われているのであるなら、コメント欄の手動削除などという前時代的な対抗手段は行う必要すらなく、荒らしである旨を各ISPに通達すれば、担当責任者が現場を確認のうえ、警告な場合は即時に警告が相手側に通達されます。

もっとも、大人数とのやりとりの場合、通達すべきISPも膨大な数にのぼり、非常に面倒くさいので、大人数を相手にしたくないのであれば、はじめからコメント欄を禁止すればよいだけです。

ただ注意しなくてはならないのは、ISPが迷惑行為として受理する可能性がほとんどない、ということです。

小倉さんはコメントスクラム自体が迷惑行為だと判断されていますが、管理人が『Aだ』と述べたのに対して、多くの閲覧者が『それは違う、Bだ』と述べただけでは、意見の食い違いや議論の域を出ず、ISP各社の利用規約に定義されている禁止行為には該当できないからです。

むろん書き込みの中には管理人を侮辱する発言やプライバシーを侵害する行為を働く人間もいますが、そのような行為でもない限りは難しいと考えられます。

なお、小倉さんはコメント欄に集まる人間が全て示し合わせ、陰謀によって集団で行動に移っているとお考えのようですが、その場合は各閲覧者が共謀して管理人を潰すために統率された組織であることを証明しなくてはなりませんので、非常に面倒くさいことこの上ありません。



また、コメントスクラム状態を第三者が見れば皆が『ひく』ということについてですが、このような『祭り』となった事件については、必ずといって良いほど『まとめサイト』が作成されます。

当事者や当初の参加者とは関係のない人々がいきなり事件の現場を見ることは少なく、まず話を聞きつけてまとめサイトやリンク集などで事の経緯とあらましを確認してから来る事ができます。

また、『コメントなどが大量に書き込まれている』事は、事件が起きたときには極当り前のことで、コメントが大量に書き込まれているからといって即いじめが起きているなどと判断することはあまりないはずです。

Midnightpax氏のケースでもそうですが、まとめサイトも賛否両論で分かれていますので、通常の一般人はそれらの中から『これは悪質ないじめなのか? それとも管理人のほうに問題があるのか?』ということを分析しえるだけのメディアリテラシ能力があるはずですから、本来の問題から逸れて『大量のコメント』それ自体が問題だと主張してしまっては、問題のすり替えに取られかねない恐れもはらんでくるわけです。



最後に『思想集団』に関してですが、これは具体的にどのような集団なのでしょうか?

というのも、『特定の思想集団が……』という意見をよく目にするのですが、大抵の場合それは『2cher及び2chを根城にして活動する右翼勢力だ』という返答が返ってきます。

と、いうことは、と続くのですが、それは小倉さんからの返答があればということで……。
 
 
 
blogの公共性 (小倉)
2005-01-16 12:24:43
>まず改めて見直していただきたいのは、『インターネットの基本的な設計

>理念は”公共”である』ということであり、コメント開放という行為によ

>って公共の思想に賛同する以上、そこに更に、政治問題のような未だもっ

>て正解の得られていない問題についての線(削除対象か否か)を上書きす

>ることは、『批判を招いても致したかない』ということです。



 ただ、「インターネットの基本的な設計理念は"公共"である」といっても、そこでいう「公共性」には、自分の管理する領域を公衆の意見発表の場に解放しなければならないというほどの「公共性」は含まれていません。したがって、blogにおいて、コメントの投稿を許すシステムを採用したからといって、どのようなコメントを許容範囲外として削除の対象とするのかをblog主が恣意的に定めてはいけないということは、インターネットの基本的な設計理念からは出てきません。

 むしろ、blogというツールは、Web日記に端を発していることからも分かるとおり、電子掲示板のような「フォーラム」性は低いわけですから、電子掲示板の管理人以上に、広範なコメント編集権限が認められているというべきです。



>また、そういった観点に立つと、私人がそのようにリスクを冒してまでコ

>メントスクラムに立ち向かわなければならないよりかは、むしろ閲覧者の

>勝手な意見を規制し、同好の士や意見の交換相手として相応しい人間を募

>るにはより公の掲示板を利用するとか、メールにてやりとりするだけでよ

>く、全くリスクを背負わずに済むのだということも付け加えておきます。



 もちろん、自分の意に沿わない見解に対して非常に攻撃的に対処する方々が多い思想集団を刺激するような発言をBLOG等で開陳するとひどい目に遭う危険があるから控えた方がお利口だというのは全く間違いであるとはいいませんが、それは、「コメントスクラム」という一種の「暴力」(もちろん、象徴的な意味で使っており、不法に有形力が身体に加えられるという本来の意味で使っているわけではありません)に屈して「タブー」を設けるということでもあるわけで、必ずしもお勧めできるものではないように思います。

 

>ですので、本当に迷惑行為による荒らしが行われているのであるなら、コ

>メント欄の手動削除などという前時代的な対抗手段は行う必要すらなく、

>荒らしである旨を各ISPに通達すれば、担当責任者が現場を確認のうえ、警

>告な場合は即時に警告が相手側に通達されます。

>もっとも、大人数とのやりとりの場合、通達すべきISPも膨大な数にのぼり

>、非常に面倒くさいので、大人数を相手にしたくないのであれば、はじめ

>からコメント欄を禁止すればよいだけです。



 コメント欄の手動削除というのは、blogによっては相当簡単ですし、特定のIPアドレスや特定のハンドル名でのコメント投稿を規制できるシステムとしているところも少なからずありますから、必ずしも、コメント自体を包括的に禁止する必要はない場合が多いのではないかと思います。

 

>ただ注意しなくてはならないのは、ISPが迷惑行為として受理する可能性が

>ほとんどない、ということです。

>小倉さんはコメントスクラム自体が迷惑行為だと判断されていますが、管

>理人が『Aだ』と述べたのに対して、多くの閲覧者が『それは違う、Bだ』

>と述べただけでは、意見の食い違いや議論の域を出ず、ISP各社の利用規約

>に定義されている禁止行為には該当できないからです。



 コメント削除をしているのに、同趣旨のコメントを執拗に投稿し続けること自体が「迷惑行為」ですね。



>なお、小倉さんはコメント欄に集まる人間が全て示し合わせ、陰謀によっ

>て集団で行動に移っているとお考えのようですが、その場合は各閲覧者が

>共謀して管理人を潰すために統率された組織であることを証明しなくては

>なりませんので、非常に面倒くさいことこの上ありません。



 「思想集団」についての意味は既にコメントしたとおりです。



>また、コメントスクラム状態を第三者が見れば皆が『ひく』ということに

>ついてですが、このような『祭り』となった事件については、必ずといっ

>て良いほど『まとめサイト』が作成されます。

>当事者や当初の参加者とは関係のない人々がいきなり事件の現場を見るこ

>とは少なく、まず話を聞きつけてまとめサイトやリンク集などで事の経緯

>とあらましを確認してから来る事ができます。

>また、『コメントなどが大量に書き込まれている』事は、事件が起きたと

>きには極当り前のことで、コメントが大量に書き込まれているからといっ

>て即いじめが起きているなどと判断することはあまりないはずです。



コメントの投稿数の異常さ、捨てハンドル系の投稿の多さ、blog主の人格に関するコメントの多さ、blog主のbackgroundに対する(特にネガティブな)言及の多さ、外部のメディア(特に2ちゃんねる)での膨大な攻撃的言及などの要素は、コメントスクラムをする側に異常性を感じ取る要素になろうかと思います。

 
 
 
Re:blogの公共性 (サルゴン)
2005-01-17 01:33:55
なるほど。

では一旦、この辺りで論点を箇条書にしてまとめてみますよ。

箇条書のため口調が変化していますが、ご容赦ください。



(+)大量にコメントを投稿するのは思想集団の犯行である。

(-)では、それに対抗する思想集団がないのはなぜか。



(+)管理人のブログにコメントする必要はない。自分のサイトでやってTBすればよいし、仮にTBが外されても意見が残ればいいのだから関係ない。

(-)厳密に言えば問題があるが、コメントを禁止する行為と同等であるとすれば、特にそれ自体に問題はない。



(-)インターネットという公共の場なのだから恣意的な削除はするべきではない。

(+)どのようなコメントを削除すればよいのか管理人は決めてよい。管理人にはコメントを削除する権利があり、書き込まれたコメントはどのように扱っても構わない。

(-)引かれてはならない削除ラインとは「政治的な内容」などの正解の得られていない問題についてである。

 そのサイトの維持に必要ならば構わない(投稿の品質の維持など)。しかし、対決する思想の議論において削除を敢行するのは

 議論をしたくないからに過ぎないのであり、議論禁止であるならば、はじめから議論の無い環境を構築するべきである。

(+)議論禁止という環境を作るのは思想集団のコメントスクラムという暴力行為に屈服する行為であるのでやってはならない。

(-)では議論をするべき。本来管理人が意見を発信したのは自らの意見を様々な他者の視点から増強するためであるはずで、

 意見を発信しておきながら自らの意見の増強をする気がないのであれば、議論をする必要はないため、予めそのようにしておかなければ、

 閲覧する側は管理人の指標を理解する術がなく、管理人の意図しない書き込みをしてしまう。その場合の責任は管理人にあるのではないか。



(+)削除されているのに執拗にコメントを投稿するのは迷惑行為。

(-)全ての投稿者が削除されつつ執拗にコメントを投稿しているとはいえない。ごく普通に意見だけを述べたコメントを迷惑行為として通報することはできないし、誤って通報する恐れがある。

 また、書かれたコメントにも一応の著作権は存在しているし、あらかじめ投稿内容に規制事項があるわけでもないのに、迷惑行為をしてもいない書き込みを削除するのは逆に迷惑行為である。



(+)特定のIPアドレスを禁止することもできるし、ハンドル名での禁止もできるので、コメント禁止にする必要はない。

(-)現在、世界各地のProxyをいくらでも手にすることができる。ハンドル名はランダムなものにしたり、

 ハングルやキリル文字などラテン語以外も加えればいくらでも新しいハンドル名を作ることができる。

 従って、本当に迷惑行為を企てる人間は、いくらでもコメントを投稿することができるので、簡単な禁止ではあまり意味はない。



(+)コメントスクラムをする集団は異常性を多様に持ち合わせているので、第三者はコメントスクラム側に味方しない。

(-)第三者はそもそも”当初の問題”を見て、コメントスクラムをする人間にはあまり関らない。

 したがって、『コメントスクラムをする相手が異常性を持っているから管理人が正しい』ということにはならない。

 コメントが大量に書き込まれるのは本当によくあることで、無意味な暴走行為はスルーして当初の問題についてを見るのがもっとも通常の第三者のはずである。



(+)管理人は私人なので意見について批判されてはならない。

(-)取り扱う問題は私人についてではなく公の問題である。相手は本当に私人かどうかを確かめる術はない。



(-)コメント欄を開放するのであれば、予め、管理人が議論に対する基準を閲覧者側に示すべきではないか。

 例をあげるとすれば、

 『管理人の意図に反する意見は理由の如何を問わず削除する』、

 『コメントは自由にしてよいが、政治的な内容のエントリには許可のある者以外の書き込みを禁止する。』、

 などが挙げられる。



本当に長くなってきました。

古い記事にいつまでも書き込んでいると、コメントスクラム側のスパイのように思われるかもしれませんね。

それは全く心外なことですし、小倉さんもぼちぼち面倒になっているかと思われます。

インターネット上において議論で相手を納得させるのは本当に困難だといわれており、一度にいっぺんに片付けようとして

メタ議論にもつれ込んだりすると泥沼になってしまいます。

では、次のあたりでいったん切上げましょう。
 
 
 
コメント欄は誰のもの? (terutell)
2005-01-17 11:19:32
「ARTIFACT - 人口事実」さんでも、2004年8月に、「Weblogのコメント欄は誰のもの?」という議論が行われています。

コメント欄を公共の場所という人もいるが、管理者主体で考えるか、書き込み者主体で考えるか、でも違ってくるし、個人サイト併設の掲示板と一緒だという考え方や、2ちゃんねるなどの掲示板は公共の場所(つまり管理人主体ではなく、投稿者皆で作り上げるもの)だがブログのコメント欄は違うとか、いろいろな意見があります。



2004/08/17 Weblogのコメント欄は誰のもの?

http://artifact-jp.com/mt/archives/200408/weblogcomment.html

 
 
 
Re:コメント欄は誰のもの? (サルゴン)
2005-01-18 00:37:14
なるほど、これは参考になりますね。

『掲示板を設置した目的によって変わってくる』というのは確かに納得がいくと思います。

ただ、仮に問題が発生したときにややこしくならないように、予めコメントポリシーを制定しておくのが、利用者と管理者の双方にとって良い方法かもしれません。
 
 
 
Unknown (NN)
2005-02-04 18:37:40
こんにちは。コメントを書き込ませていただきます。



小倉さんページでもそうですが、NHK問題について大量のコメントが書き込まれているブログがいくつか見受けられますね。



コメントに丁寧に対応している人のところにコメントがますます増える傾向にあるようです。いくら丁寧に答えても、コメントする方が納得することは絶対にないので不毛なやりとりが延々とづづきます。真面目なブログ主が真摯に対応するばするほど、エネルギーを消耗してしまうような感じですね。他のエントリーを書く余裕が無くなってしまうこともあるでしょう。



面倒だから、しつこいコメントがたくさんつきそうなエントリーを書くのを躊躇してしまうこともあるかもしれません。



小倉さんのエントリーとコメント欄での議論は参考になると思うので多くの方の目に触れるといいですね。
 
 
 
Unknown (NN)
2005-02-04 18:50:55
付け加えさせていただきます。



対応が上手いので小倉さんのところは問題ないようですね。しかし、ブログ主が何人かのコメント投稿者たちと延々とやりとりしてるときに第三者の私のような人間はどうすべきなのでしょう?明らかに面倒そうに、しかし、真面目なのか一生懸命丁寧に応答している方もいます。



第三者がブログ主の側にたって参加(参戦?)すると、余計にそれまで以上のコメントが寄せられることがあります。そして結果的に一番迷惑するのはブログ主です。だから、責任を取れない第三者としてはどうすべきか?と悩みます。ブログ主がいろいろ経験して試行錯誤を繰り返し、慣れていくものなんでしょうか。真面目な方ほど苦労するのはどこの世界でも一緒といえはそうですが。
 
 
 
Unknown (経古参)
2005-02-12 22:02:27
対応が上手いので絶賛炎上中ですね。
 
 
 
jiji@126.com (エア)
2005-12-26 17:52:19
Hey bruce i recived your batteries in great working order thanks! !I like it !thank you very much!
 
 
 
ftft@124.com ()
2005-12-26 17:53:19
Oh, there is such a thing ! It is really too interesting. Heartily! I come to China, welcome to come to China to play, I will become your guide then
 
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