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●ルーン文字(ルーンもじ)

2015-12-06 12:38:06 | 政治
●ルーン文字(ルーンもじ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%96%87%E5%AD%97
ゲルマン人がゲルマン諸語の表記に用いた古い文字体系であり、音素文字の一種である。成立時期は不明であるが、確認されている最初期のルーン銘文は2世紀あるいは3世紀頃のものである[1]。ラテン文字に取って代わられて使用されなくなったが、スカンディナヴィアでは中世後期まで用いられた。一部の地域ではルーンの知識は初期近代まで民間に残存していた[2]。

「ルーン(rune)」という名称の語源としては、「秘密」を意味するゴート語の runa が挙げられる(cf. 古英語: rūn, 古ノルド語: rún

◆ルーン文字は「呪術や儀式に用いられた神秘的な文字」と紹介されることもあるが、実際には日常の目的で使われており、ルーン文字で記された書簡や荷札なども多数残されている。呪術にも用いられていたが、それが盛んに行われるようになったのは、むしろラテン文字が普及しルーン文字が古めかしくいかにも神秘的に感じられるようになった時代に入ってからである。

1世紀頃に、ギリシャ文字やラテン文字、北イタリア文字などを参考に、ゲルマン語の発音体系に合うよう改変して成立したものと推測されている。ルーン文字の起源説としては、学者の間では北イタリア説が最も有力である。 世界最古のルーン文字は、北ドイツで出土した1世紀の遺物のブローチに彫られたものであるといわれている。その他にはブラクテアートと呼ばれる薄い黄金製の円盤にルーン文字を刻んだものが多数発見され、護符を兼ねた装飾品として扱われていた。

個々の文字をルーンと呼び、ルーン文字のアルファベットを、初めの6つのルーンから「フサルク」 (fuþark) と呼ぶ。このうち、第3ルーン (þ) はソーン (þorn, þotn) と呼ばれ、現代でもアイスランド語で使われている。

本来、木片などにナイフで刻みつけて表記していた。そのため、木目と紛れて読みにくくなりがちな横線が避けられ、縦の長い線と斜めの短い線とを組み合わせた字形になっている。

 
◆ゲルマン人(ゲルマンじん、ドイツ語:Germanen、漢語:日耳曼人)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E4%BA%BA
現在のドイツ北部・デンマーク・スカンディナヴィア南部地帯に居住していたインド・ヨーロッパ系を祖先としインド・ヨーロッパ語族 - ゲルマン語派その他に属する言語を話していたと推定される諸部族(≠民族)の事を指す。

古代時代に地中海世界の近隣勢力として認識され、中世にローマ人(ラテン人)の文化やキリスト教文化との混合によってヨーロッパ世界を形成した。現代においては、ドイツ、オーストリア、スイス、ルクセンブルク、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、イングランド、フランデレン、アルザス、南ティロルなどがこの集団の系譜を引いていると認識される事が多い。しかし欧州大陸の長い歴史の中では様々な文化集団の離合集散が繰り返されており、その連続性はあくまで限定的なものである。特定の国や民族を「ゲルマン系」ないし「ゲルマン人」などと考える事は、その国や民族の歴史を単純化する事に繋がりかねない。

こうした特定の民族集団を定義しない部分を踏まえて、「ゲルマニアの部族」(germanischen Stämme)と呼ぶ場合もある。

 
◆ゲルマン語派
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E8%AA%9E%E6%B4%BE
(ゲルマンごは、英: Germanic languages, 独: Germanische Sprachen, 瑞: Germanska språk)はインド・ヨーロッパ語族のうちの一語派。ドイツ語、オランダ語、英語などが含まれる。共通のゲルマン祖語から分化したとされる。
 
◆ルーン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B5#.E3.83.AB.E3.83.BC.E3.83.B3
ルーンクエストの名の通り、グローランサの諸力の源であるルーンの秘密を解き明かすことが、プレイヤー・キャラクターの究極の目的である。グローランサのルーンは史実上のルーン文字とは、デザインも意味も異なる。
神々は通常2から4個のルーンを持つ。2つ同じルーンを重ねて持つ神は、そのルーンの根源力を所持しているということである。
ルーンとはそのあらわす意味の力そのものである。たとえば地獄から“死”のルーンが発見されるまではグローランサに死という概念は存在しなかった(誰も死ななかった)。や、天空神の一員イェルマリオは神代、火のルーン(丸い光のルーンに中心の点、熱のルーンで構成される)から熱のルーンを奪われ、炎の力を失って光の神になったというエピソードがある。
人々は自分の信仰する神のルーンを持ち物や武器に彫り込んだりして身につける。

 
◆ルーン文字の起源 - ルーン文字とヴァイキング
http://www.runsten.info/runes/german/origin.html
古代ヨーロッパにはルーン文字という角ばった24つの記号で構成された文字が存在した。
これらについては後の共通ゲルマンルーン文字で詳しく触れることになるのだが、これら24文字のセットはおおよそ初世紀頃に発祥し、いわゆるローマン=ゲルマン鉄器時代に活躍する。いろはという呼称のようにこの文字も前から6文字を取ってフサルク(fuþark)と呼ばれている。もちろんこれは後世に付けられた呼称である。

そしてこれを元にスカンジナビアで音声変化の結果と他ルーンによる代用で数を減らし16文字のスカンジナビアルーン文字となり中世にまで存在し、英国ではその数を増やし写本上での発見になるが、最高33文字にまで数を増やすのである。
 
◆ルーン、神秘、秘密

ルーン文字はここ最近、占いやお守り、ゲームのアイテムとしてよく目にすることができます。現代のルーンマスター達は特にそういったものに特化して使用しているために、この文字は神秘文字や魔法文字と理解されがちである。

実際は古代ゲルマン人、古代スカンジナビア人、古代アングロサクソン人が使用した呪術にも使用された実用的な文字であった。現代とは状況が異なり、昔は魔法や呪術や占いというものが実生活と密着して現実的なものであった。それゆえ「魔法」や「まじない」で使用された古代のルーン文字も「実用的な」文字であった。「実用的」という単語でさえ曖昧なものになってくるのではあるが、古代にはそれが普通であったと思われる。

rune という単語については今まで実にたくさんの議論がなされてきた。一般的に8世紀のものとされている古英語で記されたベーオウルフ(Beowulf)には アッシュヘレ(Æschere)は王のとして登場する。

A CONCISE ANGLO-SAXON DICTIONARY FOUTH EDITION でこの語を引くと、 : adviser, counsellor, wise man (助言者、賢者)とある。

そして という語を引くと、mystery, secrecy, secret, El,JnL : counsel, consultation, B,KC,Wa : (secret) council : runic character, letter, BH : writing, An,Da. ['roun'] (神秘、秘密、助言、ルーン文字)と記されいる。

つまり神秘や秘密が先行し、ルーン文字そのものの意味は後にくるのである。文字という実用的な役割以上に神秘や秘密に意識が置かれているのである。

ややわき道にそれるのだが、英国のキリスト教の歴史を見てみると563年にアイルランドからやって来た聖コルンバとその修道士達の努力によりブリテンの北に住んでいたピクト族、スコット族がキリスト教化され、アイルランド系のキリスト教は北部からその活動範囲を広めていった。この時代までにローマ帝国のブリテン島への支配があり、既に大陸系のキリスト教の布教は南部で始まっていたのだがあまり上手くは行っていなかった。そしてアイルランド系、ローマ系の衝突によりついに664年にウィットビー修道院の宗教会議(シノッド)でローマ・カトリックが正統となった。

修道院はラテン文字、ラテン語を必要としルーン文字を必要とはしなかったように思われるかもしれないがそうでもないのである。ウルフィラス(Wulfila)*1の用いたゴート文字もルーン文字を取り入れたといわれており、また英国では6世紀以後、ケルト式ローマ文字(補正されたラテン文字)を採用したのだが、古英語の þ (thorn)、 þ (wenまたはwyn(n)) はルーン文字から取り入れられたのである。そして修道院の研究により写本に残されるようになり、教会の関係する物にルーン文字が用いられたりと駆逐されることはなかった。

まずサイトで検索すると「ルーン文字はキリスト教によって廃れた」説がほとんど(というかそれしかないかも)。日本の古代宗教(まぁ、一般的に西洋では異教と称される部類の宗教)ファンはどうもキリスト教を敵にみがち。現在活躍されているルーン文字学者の本ではこの考え方はまずないです。というのは、それをいっちゃ矛盾が生じてしまうからです。アングロサクソンルーン文字の残された碑文、スカンジナビアルーン文字の残された碑文は記念碑で、これらはキリスト教文化の影響であり、後期(末期)ゲルマンルーン文字の残された碑文にもキリスト教の影響がある。イギリス、大陸に残されたルーン文字の書かれた写本はこれらの者達の手で残されている。より実用的な意味合い、日常、政治、外交的な理由からルーン文字は廃れるようになったとみなす方がより自然です。後世にこれほどまでに多くのルーン文字の遺物が残されたのはキリスト教のお陰といっても過言でない。もしルーン文字が一部の魔法使いだけに使用された魔法文字であったのであれば、師匠から弟子にのみ伝えられ、使用されたものは奥義を伏すために破壊され、ローマ人やギリシャ人らがゲルマン民族の地域をうろちょーろする商人や傭兵らから聞いた話として、文献に「こんな文字、蛮族つこてたでー」な一文で終わっていたかもしれない。

ルーン文字は古代の言葉を留めている実用的な文字であり、歴史言語学にも重要な遺物である。決してキリスト教により駆逐された意味不明な魔法文字ではない。

*1
Wulfila = Ulfilas。311?~383年。ゴート族のキリスト教司祭、司教。
ウルフィラスはギリシャ語聖書をゴート語に聖書を翻訳したと言われ、27文字からなるゴート文字を作り出した。うち20文字はギリシャ文字から、5文字がローマ文字、2文字はルーン文字から取り入れて作り出した。このゴート語の聖書の断片、一般的にシルバーバイブルと呼ばれるものはウプサラ大の図書館で無料で展示室で誰でも見れます。

初期英語やそれに関連する言語では「秘密、神秘」を意味した。現代ドイツ語の raunen ([Runeと同系]《雅》ささやく、ひそひそと話す)は現代に神秘や秘密のその雰囲気を現代に残している。また rown や round は囁くという意味の「耳へ」で、これは17世紀まで普通に用いられた英語で作品で見受けられる単語であった。

そしてゲルマン語からケルト語に借入され、古アイルランド語やスコティッシュ・ゲール語では同じく「秘密」として伝わるのである。またフィンランド語には runo 「歌」として取り入れられたのである。しかし現代英語の rune はここから由来するのではなく、17世紀のラテン語の runa から由来し、同じく runic は runicus から由来するのである。

さてルーン文字のふるさとであるスカンジナビアではどうなのか。350年~400年頃のノルウェイの石碑の碑文にその語は登場する。

... dagastizrunofaihido (碑文は右から左の方向に書かれている)
... dagastiz runo faihido.
(我)、... ダガスティズ、このルーン(碑文)を塗った。
(ノルウェイ、オップランド、Einang石碑)

まさしくここでは本来の姿、ルーン文字として登場するのである。しかしここでふと気付かれるかもしれません。ではこの碑文における初めてのルーンという単語はどこから由来するのか?それがよくわからない。まさに謎、秘密なのである。

Elof Hellquist は「音を作る」を意味する ru を語根として発生したものとし、ルーン文字は「音を作る」記号であると推測した。そして「秘密」の意味は副であろうとしている。

 
◆ルーン文字のマトリクス
 カタカナは漢字を簡素化したもので、その由来はたどれるのであるが、大抵の古い文字というものはその起源、発祥がわからないのである。こういった様々な文字の由来を尋ねる学問がある。それが文字の学問、文字学である。ルーン文字学者は文字の学問の専門家でないためか、やや文字としての成り立ちや由来についての説明が弱いように思われるのだが、様々な方面からその試みが行われている。

現在までに知られている最古の碑文は西暦2世紀後半のものとされ、それが成熟した使用のされ方をしているためルーン文字の起源はそれよりも1世紀さかのぼり、おおよそ初世紀頃に発祥したものであろうとされている。サイトなどで検索をかけると「ルーン文字の起源は3世紀」説をぽつぽつ見ます。現在最古のものの一つとされている Øvre Stabu の槍の穂(ノルウェイ・オップランド)は学者によって時代付けは若干ぶれがあるのですが、西暦150~200年(175~400年にあてる説もある)とされており、軽くその説を超えるのである。これ以外にも200年ごろの刻文はいくつか存在するのである。

起源3世紀説は恐らく以下であろう。Ludvig Wimmer の1874年の Runeskriftens oprindelse og udvikling i Norden にライン河沿岸に住むローマ人の事例を参考にしてルーン文字が出来上がったと書かれている。これに先行するものとして1822年からの Jakob Bredsdorff の Om Runeskriftens Oprindelse と1864年からの Adolf Kirchhoff の Das gotische runenalphabet がある。Wimmer の時代には4世紀以前のルーン碑文は発見されていなかった。そしてその碑文が決まり文句だったのでこれより100年はその起源が遡れるとし、起源は3世紀初期で、2世紀末期より以前ではないとした。つまり19世紀の説である・・・。あー、そこの3世紀説を書かれいるサイトさん・・・情報が古すぎます・・・今や時代は梨すら超えております。今日でも毎年、各国で新しいルーン碑文が発見されております。

さて、ルーン文字がおおよそ初世紀ごろに発祥したとすれば、それはどの文字から分派したのかが問題になる。ルーン文字は特定の者によって作り上げられた、突然に出来上がった文字ではないというのがより一般的な見解である。それ以前にあった何かを参考に、もしくは刺激を受け仕上げられたものであるというのである。

文字が同属に入るかどうかを決定する手段は、形の類似性、音の類似性が重要視される。~ルーン文字と命名された文字がいくつかある。私自身が早引きに使っている辞書の一つ「世界の文字の図典・世界の文字研究会編・吉川弘文館」を参考に列挙すると、まずは古代ヨーロッパのルーネ文字(これはおそらくドイツの本からの言及だと思います。ドイツ系の研究者はルーン文字とは言わず、ルーネ文字と言います)があげられ、ハンガリー=ルーネ(古代ハンガリー文字)、トルコ=ルーネ(突厥文字)があげられている。 German rune をドイツ=ルーネと訳している処がいただけない、Franks Casket を「フランクの小箱」と訳しているのがいただけない(Sir Augustus Wollaston Franks 寄贈の小箱のためフランクスの小箱になる。ものによってはもっと誤解したフランク族の棺と訳しているものもある)、概論としてあまりにもまとめすぎてはいるのですが、おおむねいいものだとは思います。

著作権の都合上、そのページをお見せできないので図書館ででも利用してもらえばわかると思いますが、ハンガリー、トルコのそれは形状が非常に似ている。どちらもルーン文字よりも発祥は新しく、単純にルーン文字に形状が似ていたからこう命名された。これらが決定的にルーン文字とは異なると判るところは音価である。音価が決定的に異なるのである。

突厥文字、いわゆるトルキッシュルーンについて公開されている日本唯一(多分)があります。お仲間サイトで突厥に非常に詳しいので是非御覧下さい。どれ程、形状が似ているかお分かりいただけると思います。

突厥文字翻字表
http://homepage2.nifty.com/i-love-turk/tonyukuk/alfabe.htm

雪豹さんのサイト
突厥が好きっっっ!
http://homepage2.nifty.com/i-love-turk/
から。


文字の学問においてその形状はその使用状況に結び付けられることがある。たとえば楔形文字はニードルのようなもので粘土に彫り込むのに適した文字の形状であったというような事である。用いられる道具、文字が書かれるものの素材によってある程度の形状がわかるというものである。ルーン文字もこのように理解され、その角ばった形状、水平線の欠乏は木切れにナイフで用いられた文字だからだというものである。水平線は木目に混ざってわかりにくいため避けられたというのである。

一般的に次のように言われている。ルーン文字の角張った文字はナイフで木片に刻むことを最初の目的としたためで、木片というものはどこにでも落ちており、ナイフはいつでも腰にぶら下がっており、思いついた時に刻むことができた。そして刻み損ねたとしても間違い部分をこそげ落して正しい文字を刻む事ができ、役目を終えたルーン木片はマキとなり火にくべられたため後世に伝わっていないのである。現在発見されている碑文は、ブラクテアート(bracteate : 模様が浮き出た(打ち出し、キャストなど)コイン、メダル)も含めて約450個(ブラクテアートは約200個(Ikonographischer Katalogでは105個の型、182個のルーン碑文のある個体)が共通ゲルマンルーン文字の碑文のある品物と認められる。そのほとんどが金属、石などの朽ちないものに刻まれたものである。

普段に用いられた手段である木片にナイフで刻まれた碑文はこれらの形状の特質を証明するものであるのだが、それらは朽ちる性質のため後世にほとんど伝わっていないというのがその主張であろう。しかしゲルマンは元々「口伝え」の民族で「記録して残す」文化ではないということである。なぜ気軽に落ちている素材で常に腰にぶら下がっているナイフで文字を刻む必要があるのか?と疑問が湧いてはこないだろうか。

上記突厥文字も角ばっている。突厥、つまり馬主の国に木切れが頻繁に落ちているだろうか?現在残されているものは石に刻まれた文字である。突厥文字には確かに丸みを帯びた記号もある。しかしルーン文字のバリエーションには曲線で彫られたものもあり、水平のものもある。

果たして木片とナイフの特性がルーン文字の形状を決定付けたのか?と、いささか疑問が湧き上がってくるのである。単にルーン文字を創り出すにあたって参考にした、もしくは取り入れた先の文字が角ばっていたから、もしくはルーン文字を創り出し、使い出した者達が角ばったものを創り出す、もしくは使うセンスを持ちえていたという解釈もできるのではないか。

まぁ、まぁ、素人がなにをいっとんねんですが・・・。
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