北京・胡同窯変

北京。胡同歩きが楽しい。このブログは胡同のあんな事こんな事を拙文と写真で気ままに綴る胡同お散歩日記です。本日も歩きます。

第112回 通州・頭条胡同(その二) 犬の話 ~「鼠退治」「陸機と黄耳」~

2016-10-10 10:08:05 | 通州・胡同散歩
春聯の貼られた家の前から胡同正面。



左側を見ると気になるお宅がありました。



例によってヘチマなどの蔓巻き用の棚。
「一見の価値あり」とばかりに、早速中に入って「写真を撮らせていただこうかな」と思っ
ていると・・・・



なにやら奥に生きものの気配。入るのをやめて、玄関前で待機していると奥から
やって来たのは手入れのよく行き届いた白い毛がふさふさの大きな犬。

日本スピッツのルーツといわれるジャーマン・スピッツ。



ワンちゃんたら、前々回ご紹介したワンコ先生と違い、私の姿を見ると顔をすぐにそらせて
しまいました。
この犬種は、明るくて活発、飼い主には従順だと言われているようですが、それ以外の人に
は警戒心が強いのだとか。

ワンちゃんと言えば、50年ほど前の文化大革命の時代には「ペットはインテリの暇つぶしだ」
「犬を飼うのは贅沢だ」などと言われていたこともあったのですが、今年に入ってから見た
ニュース(電子版)などでは今や中国における猫の飼育数5810万匹で世界第2位、犬はというと
2740万匹で世界第3位なんだそうで、「暇つぶしだ」「贅沢だ」などと白い目で見られていた
時代から比べるとイヌやネコ自身はもちろん、イヌやネコが大好きすぎて困っている人たちに
とってみれば現在はとても生きやすい時代。

胡同を歩いていてもこれは実感として伝わってきて、まさに今は「イヌも歩けば棒」ならぬ
「人も歩けばイヌに当たる」といった時代です。そこで、今回はイヌに関するお話を二つ
ご紹介させていただきます。

まずは、イヌが「鼠退治」用に飼われていたというもの。犬好きの方からはブーイングが
聞こえてきそうですが、どうかお許しを。

“周ではまた犬に鼠を捕らえさせていて、そのために、犬の能力を見分ける専門家さえ
 現れている。『周礼』に設けられた犬人の官もそれである。斉に犬の見分け方のうまい
 者がいて、隣人がたのんで良犬を買ってもらったが、数年たっても鼠を取らないので
 その理由をきくと、これは良犬であるために、鹿や猪に心が向いて鼠を取らないのだか
 ら、足を縛ればよろしいというので、後足を縛ると果して取ったという。”

これは前回もご紹介した尚秉和『歴代社会風俗事物考』(民国27年・1938年刊。引用は秋田成明
編訳『中国社会風俗史』)からの引用ですが、文中にある「犬人の官」とは、犬の養育・調教など
を司る役職で「犬人」とは官名。この「犬人」という役職名は、周王朝の周公丹が書き残したもの
とされながら、実際には前漢(B.C.202~A.D8)末から後漢(A.D.25~A.D.220)にかけての時代に
記されたのでは? と考えられている『周礼』という本に見られるものですが、その時代は不確か
ながら、今からすれば時代的にはかなり古い。やはり文中に見られる後ろ足を縛ったら鼠を取った
という良犬のお話も戦国時代(B.C403~B.C227)末期の『呂氏春秋』に見られ、これまた古い時代
のこと。
この本は犬によって鼠を捕えた例として他に「吾常に狗を相(み)る」(『荘子』徐無鬼)「狸と犬、
鼠を守る」(『参同契』)「犬既に能く獣を搏(う)ち鼠を殺す、何ぞ損ぜん」(『晋書』劉毅伝)など
を挙げています。

つぶやき・・・・ワンちゃんは人間がオオカミを改良して猟に使うようになって以来、人間にとつ
て良きパートナーだった訳で、好景気だから犬を飼い、不景気になれば山野に捨ててしまう、かつ
て日本で見られたような、そんな悪夢の二の舞を踏むことだけは人間の誇り、中国の方々のメンツ
にかけて演じないでいただければと思います、ワン。
そして、もう少しつぶやくならば、現在見られるペット愛好家の増加が、単に抑圧されていた過去
への反動に過ぎなかったり、盲目的な付和雷同による一時の流行に過ぎないものであるとすれば、
それはもう笑うに笑えぬ茶番を演じることと紙一重。一つ間違えれば山野に犬や猫が溢れるばかり
です、ニャー。犬や猫が好きですか、それとも茶番が好きですか???

もう一つは、『陸機とその飼い犬・黄耳の話』。

このお話は、唐の640年代成立と言われる晋王朝(A.D265~A.D.420)について書かれた歴史書『晋書』
に見られるもので、陸機(A.D.261~A.D303)は三国時代から西晋にかけての文学者、政治家、武人。
今回は、その『晋書』のものと唐代(A.D618~A.D.907)初期成立と言われる『藝文類聚』(巻九十四・
獣部の狗)に『述異記』(南朝梁の時代か)から引用された二つのお話をご紹介いたします。なお、この
お話は宋代成立と言われる『太平廣記』『太平御覧』などにも載っています。

ここに描かれていることは、動物の実用的価値などといった枠をはみ出しており、ましてや「忠犬」など
と言った凡庸な言葉では決して括りきれない、時代を超えて訴えかけてくるものがあるような気がして
なりません。奮発して迷訳を付けてみました。

『晋書』より

“初機有駿犬、名曰黄耳、甚愛之。既而羈寓京師、久無家問、笑語犬曰
 我家絶無書信、汝能齎書取消息不、犬揺尾作聲。
 機乃爲書以竹筩盛之而繋其頸、犬尋路南走、遂至其家、得報還洛。其後因以爲常。 ”

迷訳:陸機は飼っていた「黄耳」という名の名犬をとても大切にしていました。
  すでに都で仮住まいをしていて、長らく実家とのやり取りもありませんでしたから、
  犬に向かって「我が家から絶えて便りがないが、お前に手紙を頼んだなら返事を
  もらってくることが出来るだろうか」と笑っていうと、犬はシッポを振ってワンと
  応えました。
  陸機が手紙を書き、竹筒に入れ、首にかけてやると、犬は道を探して南に走り、つ
  いに実家にたどり着き、返事をもらって洛陽にもどってきました。その後は、いつ
  もこのようにしていました。


『藝文類聚』より

“述異記曰、陸機少時、頗好獵、在吳、豪客獻快犬、名曰黃耳、機後仕洛,常將自隨、
 此犬黠慧、能解人語、又嘗借人三百里外、犬識路自還、一日至家、機羇旅京師、久無家問、
 因戲語犬曰、我家絕無書信、汝能賚書馳取消息不、犬喜、搖尾作聲應之、
 機試為書、盛以竹筒、繫之犬頸、犬出驛路、走向吳、飢則入草、噬肉取飽、每經大水、
 輒依渡者、弭毛掉尾向之、其人憐愛、因呼上船、裁近岸、犬即騰上速去、
 先到機家口、銜筒作聲示之、機家開筒取書、看畢、犬又伺人作聲、如有所求、
 其家作答書、內筒、復繫犬頸、犬既得答、仍馳還洛、計人行程五旬、犬往還裁半月、
 後犬死、殯之、遣送還葬機村、去機家二百步、聚土為墳、村人呼為黃耳冢。”

迷訳:陸機は若い頃より猟を好み、呉で暮らしていた時、ある勢力家から素晴らしい犬を
  贈られました。その犬の名は「黄耳」といい、陸機が洛陽に赴いた時にはその犬も
  いつものように着いてきました。
  その犬はかしこく、人の言葉がわかり、かつて三百里も離れた人に貸した時などは、
  犬は道がわかり、自分ひとりでもどり、しかも一日でたどり着いたのでした。
  陸機は都で仮住まいをしていて、長らく実家との手紙のやり取りがありませんでした。
  犬に向かって「我が家からたえて便りがないが、お前に手紙を頼んだら返事をもらって
  来ることができるだろうか」と笑いながら言うと、犬は喜んでシッポを振りワンと応え
  ました。
  陸機が手紙を書き、竹筒に入れて犬の首にかけてやると、犬は街道に出て、呉に向かっ
  て走り、腹が減れば草中にはいり肉を食らい、大きな川があるとその川を舟で渡る人の
  ところに行き、毛が抜け落ちてしまうのではと思われるほどシッポを振りましたので、
  そんな犬を可愛らしく思った舟人は黄耳を船に乗せてあげるのでした。しかし、岸近く
  になると犬はたちまち陸に上がり、行ってしまいました。
  そして真っ先に陸機の実家の入り口にいたり、竹筒をくわえて鳴いてこれをしめすので、
  陸機の家の人は筒を開けて手紙を読みました。手紙を読み終わると、犬はまた家の人を
  見て鳴き、どうも返事を求めているようなので家の人は返事を書き、竹筒に入れ首にか
  けてやりました。
  黄耳は返事をもらえたので洛陽にもどりましたが、人が五十日かかるところを、半月で
  往復したのでした。
  その後、犬が死ぬと、「かりもがり」し、送り還えして陸機の村に葬り、陸機の家から
  二百歩行ったところに土を盛って墓をつくり、村の人たちはこれを「黄耳塚」とよびま
  した。
  



にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村



2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
始めまして、koh(こお)と申します (koh)
2016-10-16 17:11:35
読者登録をありがとうございました。
いーちんたんさんの所から、飛んで下さったのでしょうか?
お二人とも中国の歴史や街並みを紹介されているのですね。
どのブログも大作で凄いなあと思いました。
写真もきれいですね。
また、訪問させて頂きます。よろしくお願い致します<m(__)m>
返信する
こちらこそよろしくお願い致します。 (胡同窯変)
2016-10-17 02:33:24
何のお許しも得ずに読者登録させて頂いた上、ご丁寧にもご返事まで下さいまして、ありがとうございます。
お書きのようにkohさんのブログへはいーちんたんさんの所からです。
kohさんは、俳句がお好きなんですね。生活の中のちょっとしたことなのに、それに言葉は少ないのに豊かな世界が広がり、刺激的です。

 直線に縫ひし浴衣をたをやかに

まるで目に見えるようです。

kohさんのブログ、写真を丁寧に撮っていらっしゃって、しかもコメントと一体になっていて、説得力があるように感じています。私とはまるで違います(笑)
そう言えば、kohさんのブログのロゴは、龍安寺の庭だと思うのですが、写真に写っているのは石組みが三つ。俳句が五・七・五の三ブロックで出来上がっていて、大きな世界を想像させるのと同じなのには驚きました。
こちらこそ訪問させて頂きます。どうぞよろしくお願い致します。
返信する

コメントを投稿