ゴミ拾いに挑戦してて、休み中だったけど再開しました

いつの間にか浜がゴミの山に。自分自身の健康のためにもゴミ拾いを始めました。引っ越し先から戻ってきてゴミ拾い再開しました。

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研究所・・・・・

2011-09-11 22:01:03 | Weblog
「研究所」とつくと、私的には最近はマイナスのイメージなのです。
「○○研究所」とはっきりと何を研究しているのか明記している研究所なら
警戒心もないが、「地名+研究所」あるいは「会社名+研究所」の場合
何か隠しているのかも?と疑ってしまう。
疑り深い性格の悪さでしょうか?

川崎市多摩区の明治大学の構内に「登戸研究所」はあります。
(登戸研究所跡なのですが)
登戸研究所って、何よ?何の研究所?って思いますよね。
登戸は地名です。
これは意図的に研究の目的をぼかしているのです。
隠していると言った方が良いでしょうか?
時代劇で言えば「卑怯者め、名をなのれ!」と言ったところでしょうか。


正式名称「第九陸軍技術研究所」は現在の明治大学生田キャンパスの中に
その遺構が残されています。
ここは、登戸研究所が長野に移転した後、豊島師範学校へと変わり、
そして戦後にはその跡地は明治大学に買われました。
そして、登戸研究所の建物はそのまま明治大学の研究室として使われていたのだそうです。



2010年3月に、旧登戸研究所の研究施設だった建物を保存・活用して
明治大学平和教育登戸研究所資料館が設立されました。
その資料館に見学に行ってきました。





さて、登戸研究所なるものが、いったい何だったのか、さっぱり知らなかった私には
その内容はあまりに暗く恐ろしく、戦時中の日本の狂気を感じさせるものでした。

風船爆弾。
TV番組などで聞いたことはありましたが、これが1000個以上もアメリカ本土に届き
山火事がおきたり、幼い子供が死んでいた事を知りました。
また、この風船爆弾は何と和紙とコンニャク糊で作られており、それが太平洋を越えて
爆弾を運んだとは驚きました。
もっと驚いたと言うより恐ろしさに震えたのは、当初はこの風船で飛ばそうとしていたのは
何と生物兵器、ウイルスだったとの事です。

遅効性毒薬・青酸ニトリルの開発にも成功していたとのこと。
それが、帝銀事件にも関係しているらしいこと。
知らない事ばかりでした。

また、ここで、偽札が作られていた事も初めて知りました。
作られていたのは中国の紙幣で、「本物の偽札」だったのです。
本物の偽札とは何?
本物の版を中国から日本に持ってきて、こっそり勝手に作っていたからです。
国家をあげて偽札作ってたなんて、何だか今のどこかの国の様です・・。
偽札を作っていた建物は、つい最近まで残っていたそうですが取り壊されてしまいました。
その土台は重い輪転機を置くようにコンクリートのしっかりした物だった事が
取り壊したことによってわかったそうです。


私的には、古いおどろおどろしい感じの建物が見たかったですが。




今は当時のままの建物は無く
トレンディドラマ(古っ)に出てくるような素敵な大学キャンパス
今風の若者が歩いていました。
お掃除のおじさんが綺麗に通路を掃いています。
何と平和で贅沢な学生さんたち。
一挙に現代に引き戻されます。






何の案内板もなく
学生会館前にポツンと残された当時の消火栓。





緑に囲まれた明治大学生田キャンパス正門
今は、ここがかつて陸軍の秘密の研究所があったとは思えません。


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10 コメント

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Unknown (つの)
2011-09-12 08:39:48
あわわわわ…。
現実にそんなことがあったなんて…。
やっぱり戦争って、恐ろしい。
ん?人間が恐ろしいのかな??
登戸研究所 (M YASUDA)
2011-09-12 09:42:52
「登戸研究所」を良く調べられましたね。
私も、悪名高き、そして闇に葬り去ろうとしている、知る人ぞ知る「登戸研究所」が今、どのようになっているのか、調べたかったのですが、ふるやのもりさんに調べて頂き、良く分かりました。
今では、草深い国有地くらいになって入いのかと思っていましたが、明治大学になっているとは驚きました。
「資料館」があるとのことですね。
そのうちに行ってみます。
有益な情報ありがとうございました。
追いつめられると・・・ (ふるやのもり)
2011-09-12 16:13:56
つのさん、初めまして、こんにちは。
ようこそ、いらしてくださいました。
人間って追いつめられると何をするかわかりませんね。
二度と同じ過ちをしないためにも
すべてを明らかにしてほしいです。
戦争は遠いものになってしまった様ですが
今もなお、心に大きな傷を負い秘密を背負ったまま生きてきた人たちもいて
それはそれで辛い人生だったのだろうと思いました。
一般公開しています (ふるやのもり)
2011-09-12 16:19:48
MYSUDAさん
明治大学の登戸研究所資料館は
水曜日~土曜日まで無料で一般公開しているようです。
私は川崎市の市民自主企画講座の団体さんで
見学してきました。
小さな資料館ですが、内容は重くズッシリ来るものがあります。
戦争という名の狂気を感じとても恐ろしかったです。
開館日 (M YASUDA)
2011-09-13 12:12:12
開館日のお知らせありがとうございます。
うっかり閉館日に行くところでした。
良かった (ふるやのもり)
2011-09-13 14:23:51
MYASUDAさん
そうですね、日月火と休みですもんね。
うっかり行って休みだったら
あの坂を無駄に登ることをになります~~~。
登戸研究所 (M YASUDA)
2011-09-13 15:21:47
登戸研究所は以前から、得体の知れないものへの興味がありましたので、この際、現地を見て、また資料を調べ、研究してみようと思います。
良いきっかけを与えてくださって、有難うご座います。
調べた結果は、ブログに書きます。

登戸研究所から、私が連想するものは・・・・
細菌兵器、人体実験、、中国大陸でに同様の実験、そして敗戦後米軍に資料を渡しすことで無罪放免、ミドリ十字設立、薬害エイズ・・・・
と現代まで続いていますが、
これが正しいかどうか、調べてみます。


731部隊ですよね・・・ (ふるやのもり)
2011-09-13 23:36:42
MYASUDAさん
おっしゃる通りです。
戦争の暗い秘密の部分を担っていた研究所みたいです。
米軍と取引をして裁判を逃れたなんて
信じられませんでした。
酷い話ですね。
新証言も出てきている様です。

それから新宿の陸軍病院跡地も、今調査中みたいですね。
以前にも人骨がたくさん出たようです。
真実が明らかになることを祈ります。
慶応義塾大学日吉校舎地下壕見学会 (M YASUDA)
2012-08-22 23:17:00
以前、ふるやのもりさんから、お話のあった、慶応義塾大学日吉校舎の旧帝国海軍の地下壕について、調べました。
現在周辺の住民で「日吉台地下壕保存会」を結成しており、慶応義塾大学の協力で、月一回見学会を開催していることがわかりました。
各会の定員は50名で、9月はすでにいっぱいで、10月は20日(土)に行われます。友人を誘い5名予約しました。
写真は自由に撮れるようですので、結果はブログでお知らせします。

とりあえず、ご報告まで・・・・
それは凄い~ (ふるやのもり)
2012-08-23 15:35:06
MYASUDAさん
見学会に参加できるのですか。
良かったですね!
今からブログのアップを楽しみにしています
あ、でも戦争遺跡だけに「楽しみ」と書くのは
ちょっと違うかもしれませんが
苦い衝撃含め期待して待ってます

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(196)登戸研究所? 明治大学平和教育登戸研究所資料館の概要 (M YASUDAのブログ)
(1)はじめに 明治大学生田キャンパス(川崎市多摩区)に「明治大学平和教育登戸研究所資料館」が、2010年3月29日開設されています。